2023.01.18
こんにちは。京都大学の藤井聡です。
昨今の「インフレ」が訪れる様になってから、「MMTは間違っていた」「MMTは役に立たない」等のMMT批判が目立つようになりました。例えば、
https://www.youtube.com/watch?v=qIQQlfCVZws
https://www.youtube.com/watch?v=2SQF-hYX_6c
https://www.youtube.com/watch?v=P8vfZIhexuo
等がその典型ですが、これらの指摘は全てMMTについての「浅薄な理解」や単なる「誤解」に基づく不当で稚拙な批判に過ぎません。
そもそも当方はこれまで、学者の一人としてMMT=現代貨幣理論(Modern Monetary Theory)を紹介する書籍を出したり、海外からMMTの研究者の教授達を招集してセミナーを開催したり動画配信をしたりして参りました。そんな中でケルトン教授を招聘した折りには、MMTがプチブームの様になったりして参りました。
しかし今やその〝ブーム〟も落ち着いてきているわけですが、ここ最近、またぞろ「MMT」の文字を、「批判的」な文脈で目にする様になったわけです。ただし先に紹介した動画での批判は、全くもって浅薄な理解に基づく稚拙なものですが、例えば、(筆者が編集長を務める雑誌・表現者クライテリオンへの寄稿をしばしば依頼している)哲学者の仲正氏の『コロナとウクライナ、2つの危機で露呈した「MMTの弱点」』(https://diamond.jp/articles/-/315280)という記事は、MMTについての一定の理解に基づく批判となっておりますので、ここで改めて再反論をいたしておきたいと思います。
仲正氏は、上記論文にておおよそ次の様な指摘をしています。
1)コロナで需要不足になり「デフレ基調」=「経済衰退基調」になり、各国はMMTが主張する様に「政府支出拡大」を行い、「需要」を徹底した。
2)それで一定各国の成長率は持ち直したが、丁度その頃にウクライナ戦争が起こり、エネルギーと食糧の「供給不足」が生じ、今度は「インフレ基調」となり、各国経済は苦しい状況になった。このインフレ〝不況〟を抑え込むためには、MMTならば、「増税」などの緊縮財政が必要となるが、それをすれば、コロナ禍から回復しきっていない経済に更なるダメージを与えることになり、それはできない。つまり、この状況に対してMMTは回答を提供することができない。
以上が、仲正氏の議論です。
この仲正氏の議論は概ね正しいのですが、一点、MMTについての誤解があります。
それは、MMTならば、今のインフレ対策のために「増税」などの緊縮財政が必要となるという、仲正氏のご認識です。なぜならMMTは、この状況では「増税等の緊縮財政をすべきだ」等とは絶対に主張しないからです。
では、MMTを活用すれば、この状況において、欧米はどういう対策を図るべきだという回答を導き出すことができるのでしょうか……?
その点を考えるため、基本に立ち返ってじっくり考えて見ましょう。
そもそもMMTの基本的な理論的前提は、次の様なものです。
(主張1)政府は自国通貨建国債で破綻することは、原則的にあり得ない。
(主張2)需要は、政府支出の拡大で拡大する。
(主張3)国内における「需要と供給のバランス」、ならびに、賃金とは無関係の「各種コストの変動」で、当該国家の物価水準が決まる(ここに言う各種コストとは、輸入価格、エネルギー価格、物流コスト、消費税・物品税など)。すなわち、需要が供給を上回れば物価上昇圧力がかかると同時に、輸入価格が高騰すれば物価が上昇圧力がかかる。前者に牽引されるインフレは賃金上昇を伴うインフレであるため「良性インフレ」と呼ばれる一方、後者に牽引されるインフレは賃金上昇を伴わないインフレであるため「悪性インフレ」と呼ばれる。
以上がMMTの理論の構成です。
(ですからもし、学者や評論家達が「MMTが間違っている」等と主張したり議論したいと思うのなら(例えば、https://www.youtube.com/watch?v=qIQQlfCVZws)以上の1)~3)の主張がどのように間違っているか否かの議論をすべきだ、という事になります。が、そういう批判は、少なくとも昨今国内で言われている批判の中には見いだせないのが実情です。
ちなみに、上記の中の(主張3)はMMTの主張としてはあまりメジャーなものではないようですが、コロナがやってくる〝前〟に出版した拙著『MMTによる令和「新」経済論』の第三章の『悪性インフレ対策 ~エネルギー·物流コストを縮減するインフラ整備と消費減税~』の節に詳述していますので、ご関心の方は是非、そちらを御参照ください。
https://www.amazon.co.jp/dp/4794971583
さて……以上のMMTの3つの主張に基づいて、今、各国がなすべき対策は何になるのかを考えて見ると……次の様になります。
――――【MMTによる現状の『各国のインフレ退治』アプローチ】――――――
(a)まず、今のインフレはウクライナ戦争による供給力の縮小に伴う食料品やエネルギーの価格の高騰に伴うインフレであることから、明確に((主張3)で指摘した)「悪性インフレ」の側面が強い。
(b)したがって、我が国を含めた各国のインフレは、そのインフレ上昇分の全てが賃金上昇に結び付いているわけではない。しかも、需要が不足している我が国においては賃金は「下落」していく状況であるため、むしろスタグフレーション(賃金下落下での物価高騰)の状況に陥っている。結果、「実質賃金」が激しく下落する事になるため、国民の貧困化が激しく加速している。
(c)したがって、MMTに基づく状況認識に基づけば、この「悪性インフレ」を〝退治〟すべきだ、という帰結が浮かび上がる。
(d)そのために必要なのは、当該インフレを導いている(賃金には還元されない各種の)「コスト」の引き下げである。ここに言う「コスト」とは、上記(主張3)で指摘した様に、
·輸入価格
·エネルギー価格
·物流コスト
·消費税·物品税
等であるが、現状の世界は、これらの内の「輸入価格」「エネルギー価格」という「コスト」が上昇しているのが現状だ。
(e)したがって、MMTに基づけば、この悪性インフレを〝退治〟するためには、
「輸入価格」を引き下げる政策を打つ
「エネルギー価格」を引き下げる政策を打つ
「物流コスト」を引き下げる政策を打つ
「消費税·物品税」を引き下げる政策を打つ
という対策を政府が行えば良い、という事になる。そしてこれらを行う具体的な対策としてあげられるのが、
(A)消費税の減税
(B)ガソリン税の減税(等の物品税の減税)
(C)物流コスト引き下げのために、政府が徴収する高速道路・港湾利用料等を引き下げる。
(D)エネルギーの価格引き下げのための補助金の支出
(E)輸入品価格引き下げのための補助金の支出
等である。これらを行えば、(賃金に影響しない各種の)「コスト」が引き下げり、「悪性インフレ」が沈静化され、〝退治〟される。
(f)具体的に言うなら、石油やガス、食料品などの輸入価格が上がったことで「悪性インフレ」になっている日本の様な国では、この状況下で(A)消費税(B)ガソリン税を減税したり、(C)政府が徴収する高速道路・港湾利用料等を引き下げたり、そして、(D)エネルギーや(E)輸入品の価格を引き下げるための補助金を政府が出せば、
「食料品·エネルギー価格が高騰して増えた各世帯·核企業の総出費が、減少する」
という事になり、インフレが各経済主体に与えるダメージを回避することが可能となる。したがって、(A)~(E)の対策を、インフレ率が適正な水準に引き下げるまで続ければ、それで現在の「悪性インフレを完全に退治」することができる。
(g)しかも、これらの対策を行ったところで、(表面的なインフレ率が引き下がる事にはなるものの、それによって)人々の賃金や収益が〝下落〟することはない。なぜなら、この(A)~(E)の対策で引き下げられるのは、「賃金には直接関わりのないコスト」だからである。
(h)もちろん、これら(A)~(E)の対策によって財政収支は悪くなるが、MMTの(主張1)にて主張されているように、それによって財政破綻リスクが高まることを懸念する必要はないのであり、したがって、インフレ率が適正な水準になるまで(政府支出を拡大し、政府収入を縮小する)(A)~(E)の対策を継続すればよい。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
……以上が、MMTからの三つの主張に基づいて検討した上で導かれる「政策論」です。
要するに、エネルギーと食料品などの輸入品の価格が上がり、日本人の財布から「外国」に流出するマネーが増えて日本人が貧困化している状況なのだから、日本人の財布から「政府」に流出するマネーを(減税したり補助金出したりして)減らせば、日本人の貧困化は止まる、ということが、MMTから演繹されるわけです。
以上が、MMTの現状の処方箋についての政策論の骨子、ですが以上の議論は、次の様な重要な政策的含意を持っています。それは、
「悪性インフレ退治のためには、世界各国が行っている『金利の引き上げ』『金融引き締め』という対策は必要ではない。むしろ、今の過剰な金融引き締めは、経済状況をさらに悪化させ、不況を導き、挙げ句に今、日本が陥っているスタグフレーションという悪夢の状況にたたき起こす単なる愚策に過ぎない。』
というものです!
そもそも金融引き締め・金利引き上げによって縮小するのは「需要」です。したがって、金利の引き上げは「良性インフレ率の引き下げ」をもたらすものなのです。
だから、上記の(A)~(E)の悪性インフレ退治対策(消費減税や輸入品価格を引き下げる補助金対策など)を行わないまま、ひたすらに金利を上昇させ続けたときに起こるのは、
「悪性インフレ圧力によって上昇したインフレ率を、
良性インフレを下落させることで抑え込む」
という〝最悪の帰結〟です。
まず、ウクライナ戦争で供給力が不測している世界状況の中で、世界各国が伝統的な尺度であるCPI等のインフレ率を見ながら、それが沈静化されるまで金利を上げ続ければ、消費減税等の(A)~(E)のコスト下落対策を取らなくても早晩、CPI等のインフレ率は抑え込まれることになるでしょう。
これこそ、欧米各国が必死になってやっていることですが、もしもホントにそんな事になってしまった場合には、インフレ率が、各国政府が満足できる水準に引き下がった頃には、
■金利引き上げによる需要抑制に伴う良性インフレが下落し、デフレ基調となり、賃金が伸びない、あるいは、下落する局面になる。
■そんな中で、一定程度のインフレ率が確保されている
という状況になります。
これは最悪の状況です。なぜならこれは、「スタグフレーション」に苦しむ今の我が国日本の姿そのものです!
つまり、今、世界各国は、彼らが「伝統的な経済理論」に基づいて、「インフレ退治ならば金利引き上げなのダ~」というパブロフの犬の様に何も考えずに金利を引き上げまくったせいで、それぞれの国に、経済政策論の中で最悪と言われている各国経済の「Japanification(日本化)」をもたらしてしまうのです!
言い換えるなら、今の世界中の国々がやっている過剰な金利引き上げは、〝馬鹿丸出し〟の対策なわけです。
なぜ、そんな〝馬鹿丸出し〟の対策を続けているのかと言えばそれは、彼らがMMTを勉強せず、伝統的な主流派経済理論ばかりを勉強しているからなのです。
だからこそ、勉強せず、中途半端な理解、というか、全く誤解したままでMMT批判ばかりを続けて、自分達が教科書で勉強した〝間違った〟主流派経済学だけに基づいて経済政策を続けることで、欧米各国は確実に〝没落〟していく事になるのです。
そしてその結果、主流派経済学に基づく国家運営を行わない中国やロシアなどの権威主義国家の相対的地位がさらに向上する事になっていくのです……。
最悪ですね……。
要するに、ウクライナ戦争によって誘発された「インフレ不況」を乗り切ることができるか否かは、やはりMMTを真に理解しているか否かという一点にかかっている、わけです。
……以上が、一学者としての当方の見解です。この当方の見解が正しいか否かは、近い将来、歴史が明らかにしてくれるものと思いますが、とにかく、各国政府には、
「悪性インフレが起こっているのに、消費減税等の悪性インフレ対策をやらないままに、本来良性インフレ対策である金利引き上げばかりを続ける愚」
は一刻も早く辞めてもらいたいと思います。
そして、
「悪性インフレが起こってるんだから、消費税減税等の悪性インフレ対策を徹底すること」
をやってもらいたいと思います。
もちろん、それをいの一番にやってもらいたいと願っている政府は、日本政府、ですが……岸田さんは、絶対にやらないと断定していますから、日本のスタグフレーションは終わらないでしょうね……。
なかなか厳しい世界状況であり、日本の政治状況ですが……まずはこの記事をお読みの皆様だけでも、当方の主張を過不足無く、ご理解いただきたいと思います。
追伸1:
この記事の議論の詳細にご関心の方は、以上の議論で引用為た拙著
『MMTによる令和「新」経済論』https://www.amazon.co.jp/dp/4794971583
をご一読下さい。
追伸2:
以上の記事は、当方のメルマガ『藤井聡·表現者クライテリオン編集長日記』で配信した複数の記事を改めて調整しつつ、一本に編集しなおしたものです。この〝日記〟にご関心の方は是非、下記を御参照下さい。
なお、当該メルマガでは、下記の様な記事を配信しています。
現在、短期的には輸入価格の高騰伴うインフレが起きているが、長期的には賃金下落を導くデフレ状況。この両者の問題を一気に解決する最善策は、「消費減税」しかない。
https://foomii.com/00178/20230112191557104288
財務省が、マスメディア·政治家にどれだけ強大な影響を持ち、情報を歪めて来たのかについての客観的な〝学術研究〟をご紹介します。
https://foomii.com/00178/20230110105636104195
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