『カッサンドラの日記』64 高学歴化が生む不道徳社会

橋本 由美

橋本 由美

「万国の富裕層よ、堕落せよ!」

 アメリカ震源のスキャンダルが明るみに出て、各国のエスタブリッシュメントたちが動揺している。エプスタイン・ファイルの一部公開である。黒塗りの多い不完全な開示であるにも拘わらず、「運悪く」そこに出てしまった名前だけでも世界的富裕層の著名人ばかりで、世界中の人々を呆れさせている。登場人物は、歴代大統領、各国首脳を始めとする政治家たち、財界人、企業経営者、高級官僚、芸能関係者、さらには王室のメンバーに至るまで、巨大資産や世界的影響力をもつ人々のオンパレードである。いつ自分の名前が暴露されるか不安で落ち着かない日々を送っている仲間たちがまだまだたくさん控えていることだろう。

 当時の日本ではまだそれほど話題になっていなかったが、2016年のトランプが選出された大統領選挙で、エプスタインに関わるスキャンダルは既に大きな問題のひとつだった。エプスタインは2019年7月6日に逮捕され、ひと月後に収監中の独房で自殺とみられる遺体となって発見された。アメリカの人々は、誰も「自殺」だとは考えていないようだ。彼に関わった人々の名前やメールや画像が記録されたエプスタイン・ファイルは、押収されたまま公開されていなかったが、2024年の大統領選挙で、トランプはファイルの公開を公約にした。そして、ファイルの一部がこの1月に「しぶしぶ」開示された。

 エプスタイン・ファイルが暴いたのは、そこに載っていた個人名だけでなく、世界的にネットワークをもつ超富裕層社会の「著しい堕落」である。多額の金銭のタカリ、酒池肉林のパーティーや未成年の人身売買、国家機密の漏洩、公的資金の利己的な悪用、背徳行為の証拠を押さえた恐喝……その他、数々の性と欲にまみれた犯罪行為が、スパイ映画や陰謀小説がママゴトに思えるほど大規模に繰り広げられていた。しかも関係者がやりとりしたメールの文章には「罪悪感」のかけらもない。

 エプスタイン事件に比べれば些末な事件に感じられてしまうのが恐ろしいが、最近、日本でも似たような犯罪が摘発された。東大医学部教授の産学連携の研究を介した贈収賄事件である。高額な飲食接待だけでなく、学会のトップに君臨する権力者が風俗店接待に興じるというのは、学術界の末期的症状を見せつけた。彼らのメール記録にも罪悪感は見られない。この事件以外にも医学部と業者との癒着が次々に明るみに出て、東大総長が陳謝する事態になっている。

エリートって誰だろう?

 世界はいったいどうなってしまったのだろう? 世界史上、このような事態が社会崩壊のプロセスに繰り返し現れる現象であることに注目し、アメリカ社会の崩壊を冷ややかに予見していたのが、数学者で複雑系を専門にするピーター・ターチンである。彼は、社会構造と人口動態の関係に着目し、社会の崩壊が内因的な力学作用によるものだということを数学的アプローチで解明しようと試みた。(彼は、その手法を「クリオダイナミクス」と名付けている。直訳すれば「歴史動力学」)彼の得た結論は、エリートの過剰生産が、その社会そのものを崩壊させてしまうということだった。

 エリートを定義するのは、意外に難しい。会社の社長や国家官僚がすべてエリートというわけではないし、優秀な学生や学者、勤勉なビジネスマン、才能豊かな芸術活動をしている人々のすべてがエリートと呼ばれているわけでもない。「エリート」という名札をつけている人はいないのだ。エリートとは、言い換えれば「権力の保持者」である。時代や社会の在り方によって、異なる権力者が出現する。宗教社会では宗教指導者が権力を持ち、軍事国家では軍人が力を持つ。その場合、地位の高い神職者たちや将校たちがエリートである。それでは、現代社会、特に先進諸国でのエリートはどのような人々だろう?

 いま、私たちが権力をもっている人たちだと思い浮かべるのは、政治家や高級官僚、企業経営者や幹部社員などではないだろうか。政治家と言っても市会議員レベルは含まれない。国家公務員でも中央官庁の上級職の(高位の)肩書のついた役人に限られる。要は、どの業界であっても「利益の配分」を支配する者は強い。(財務省の権力基盤である。)

 エリートはどのようにして「生産」されるのだろうか。ほとんど例外なく、彼らは四年制大学を卒業している。そして、その大部分が難関と言われるごく限られた有名校の出身である。最近では学部卒では満足せず、修士や博士の学位を狙うようになっている。彼らは、学歴競争を勝ち抜いた者たちなのだ。メリトクラシーを登り詰めた者たちである。

 アメリカの要人たちの出身校はハーバードやアイビー・リーグなどの限られた大学で、しかもハーバードやイエールなどのロースクール出身者である。ひとたび彼らのネットワークのメンバーになれば、チャンスは次々と訪れる。しかし、それらの大学の授業料は、とてつもなく高い。入学試験を突破する学力をつけるために、親は子供に高額な教育投資をして入学後も高額な授業料を払う。それができる家庭はエリートの家庭である。それ以外の学生は、奨学金を得られなければ、生涯を通して返済しなくてはならないようなローンを抱える。貧困家庭には、手の届かない世界である。

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椅子取りゲームで生まれるカウンターエリート

 この現象は世界的なもので、日本でも子供たちは小さいころから「塾」に投げ込まれ、受験をひとつひとつ乗り越えていくことを要求されている。日本以上に中国や韓国の競争は厳しい。欧州でもロシアでもエリートのルートが作られている。どこの国でも、親の経済的負担は大きい。それでも、多くがこの競争に参入していくのは、その後の人生にあまりにも大きい差が生じるためである。

 ターチンは、エリートを目指して競い合うことを「椅子取りゲーム」に例える。用意された椅子が10脚のとき、椅子に座りたい人間が11人いたならば、誰かひとりは座れない。志願者が増えれば、座れない者の人数が増えていく。参加者が椅子の数より1人多いときは、座れない者は1人であるが、参加者が椅子の数の2倍3倍に増えれば、落伍者は10倍20倍と増加していく。

 椅子をエリートのための「雇用ポスト」だとすれば、座れた者だけがエリートで、座れなかった挫折者は「カウンターエリート(対抗者・対抗エリート)」となる。問題は、椅子の数は決まっていて、増えないということである。いくら志願者の数が増えても、社会や組織が必要としている人数は変わらず、簡単に増えることはない。まず、組織に入るために競争がある。組織内のポストの数も増えない。それぞれの課に課長さんは一人いればいい。ポストの数は一定なのに、学歴社会ではチャンスを求めて志願者が増えていくので、争いや混乱が激しくなる。

 現実社会で起こる混乱は、不正行為やルールを破る者の増殖になって現れる。試験のカンニングや裏口入学や贈収賄など、舞台の裏側で卑劣な行為や汚い争いが生じるようになってしまう。最近では、AIがもたらしているホワイトカラーの仕事の自動化がエリート層の雇用ポストを減少させていることも、競争社会の不安材料として追加された。

 こうして、エリート層の間で「掟破り」が横行し、道徳心が崩れていくとどうなるだろうか。社会の規範となるべき指導層の精神的堕落は、エプスタイン・ファイルの人々の道徳心の欠如と金銭欲の強さに現れている。当たり前のように利益を独占する、いまのアメリカのエリート社会を映していないだろうか。イギリスでは、エプスタインと王室や議会の関りが明るみに出て、国民の間で立憲君主制への懐疑論まで囁かれるようになったという話も聞いた。そこまでいけば、英国社会の本当の崩壊である。

構造的圧力が招く脆弱で不安定な社会

 エリート層の増加による構造的圧力は、人口ピラミッドの上部からの力が増すということで、日本の少子高齢化で見られる年齢構造のピラミッドに似た形になる。高齢者が必要とする社会保障費の増加に対して、生産労働人口は減少していて、社会が負担しきれなくなっていることを思い出せばよくわかる。人口ピラミッドの上位が貴族だったら、増加する貴族の生活を支えるための資金は、領地の農民の負担増加になる。エリート階級の増加も同様で、彼らの高額な報酬は実質的な生産から生じるのではない。エリートが携わるのは、弁護士や政治家、官僚といった非生産的な職業である。実質労働に携わる者が彼らの生活を支えることになるが、頭でっかちの人口ピラミッドは構造的に脆弱で不安定になる。

 日本でもアメリカの真似をして1990年代に大学院の学生数を大幅に増やした。法科大学院を作ったり、学位をPh.D に変更したりして、それ以前よりも「博士号」を取りやすくした。しかし、学位保持者が増えても受け皿は変わらず、むしろ大学側は助成金の減少で正規の教員を減らさざるをえない状況になっていたために、博士の増産はポスドクや失業者を増やしただけだった。彼らもカウンターエリートになってしまった。

 カウンターエリートの増加がもたらす社会の脆弱性は、他にもある。社会の二極化である。ターチンは、南北戦争に突入するきっかけとなったリンカーン大統領や、中国の太平天国の乱を起こした洪秀全、そしてトランプ大統領もエリート過剰社会による社会の混乱によって出現したと見ている。リンカーンの出身は貧しく、本来ならばエリートになれる身分ではなかった。JDヴァンスの生い立ちによく似ている。彼らを押し上げたのは社会の分断だった。

 ターチンは「革命を成功させるのは、貧困化したプロレタリアではない。ほんとうに危険な革命家とは、挫折したエリート志望者であり、特権、知識、コネクションを持つ彼らは大きな影響力を行使することができる。」と言っている。エリートコースの雇用競争から脱落したと言っても、彼らは優秀な頭脳の持ち主である。挫折感から急進的な行動で政治を動かそうとするようになり、やがて、不満を持つ大衆の扇動者となる。ロベス・ピエールはパリ大学、クロムウェルはケンブリッジ大学、レーニンはサンクトペテルブルグ大学の出身であった。

 トランプ自身が、カウンターエリートだった。親から受け継いだ有り余るほどの資産を持つ富裕層だが、アメリカ政治の主流にはいなかった。彼はエリートのバイデンを目の敵にしている。トランプの選挙参謀だったスティーブン・バノンもハーバードのMBAを持つカウンターエリートである。暗殺されたチャーリー・カークは右派の扇動者で、ニューヨーク市長になったマムダニは左派の扇動者である。太平天国の乱の首謀者で、清王朝を滅亡に導いた洪秀全は科挙試験に何度も挑戦しては失敗した落伍者であった。カウンターエリートの原動力の種火は復讐心かもしれない。

搾取するエリートと大衆の貧困化

 ニューディール政策の成果であった、企業・労働者・国家間の社会的協力関係は労働者階級にウェルビーイングをもたらした。この間、富裕層の所得税率は高かった。労働者の賃金が一人当たりGDPの成長を上回る速さで上昇し、彼らは家と家族を持ち、ささやかなレジャーを楽しむ余裕があった。(但し、白人労働者に限られていたが。)

 1980年代のレーガン時代に、この流れが反転した。70年代から加速していた高学歴化で学位保持者が増加していた。ベビーブーマーが就労年齢になり、女性の社会進出が進み、移民が急増して労働力の需要と供給のバランスが崩れた。その一方で、国家の緊縮財政、企業のアウトソーシングや業界の規制緩和による労使関係の亀裂、企業のグローバル化や生産の自動化・ロボット化も進み、労働賃金に下方圧力がかかるようになった。とくに低学歴のスキルのない労働者は、移民や自動化やオフショアリングという敵との熾烈な戦いを迫られるようになり、貧困化していく。

 2014年以来、アメリカの人口の上位1%の純資産はアメリカの総資産額の30%を上回っていて、2025年には31.7%と過去最高を記録した。上位10%では全体の68%強を保有しているという。これに対して下位50%の持つ純資産は全体で2.5%にしかならない。1970年代から労働者の実質賃金の伸びは止まり、経済そのものは成長していても、労働者の相対賃金は下がり続けている。パンデミック以降、実質賃金の中央値は上昇したというが、インフレがそれを相殺しているのは、日本と同じである。

 資産は利息を生み、それまで中の上クラスにいた高額所得者のなかから富裕層の仲間入りをする者が出てきて、富裕層人口も増える。国全体の稼ぎのほとんどを富裕層エリートたちが吸い上げている。労働者たちの稼ぎを強奪しているようなものである。自分たちの貪欲さに恥じることなく、ドラッグやアルコールや自殺で絶望死に追いやられる白人男性たちを「嘆かわしい人々(basket of deplorable)」と呼んで見下したのはヒラリー・クリントンだった。そこには、「頭が悪くて怠け者の労働者が貧しいのは当たり前だ」という能力主義の驕りがある。勿論、クリントン夫妻はエプスタインの不道徳なお友達だった。

 主流派から外れたたカウンターエリートは、不満の溜まった大衆を扇動して政治的二極化を図り、社会を分断させる。エリートと大衆の分断、エリートの内部での分断、移民による文化の分断、ジェンダーや性的マイノリティなどの政治的に作られたアイデンティティの多様化。どこから見ても社会的協調性は失われている。社会の協調は、大衆のウェルビーイングが保証されなければ生まれない。

 大学進学率が高くなることは、国民が勉強して賢くなることとは違うようだ。実際は、大学が傲慢で利己主義で不道徳な分断社会への入り口に利用されている。それは、能力主義社会が、大学を知的追及の場ではなく、エリートとカウンターエリートを製造する場にしてしまったからだ。ターチンの分析結果を今の日本社会に照らし合わせて、現在地をよく考えてみる必要がありそうだ。

おまけ

 江戸時代が長期に亘る比較的安定した時代になった理由のひとつは、エリートの増加を抑制する社会構造にあったのかもしれない。武士階級の人口は1割程度で、身分が固定化されていたためにその割合は維持された。それだけなら、西洋の封建制と同じだが、日本のイエ制度もまた、エリートの数を増やさない仕組みになっていたようだ。イエ制度は資産の拡散を防ぐ相続の制度である。次世代の権力は、男系長子相続によって拡散されずに保たれる。兄弟間の不平等は、社会全体のエリートの増加を食い止める装置になっていた。兄弟姉妹が平等に扱われる西洋よりも安定していたかもしれない。不平等を受け入れるには、ある程度のウェルビーイングが必要である。江戸時代の実情に疎いため確かなことは言えないが、おそらく社会に感情的な分断が起こるほどの対立はなかったのだろう。

 流動の少ない階級の維持は長期の安定した社会を実現したが、それは変化や飛躍がないということでもあって、革新的な経済発展は起こらなかった。江戸時代の終焉と維新を主導したのは、士族階級にありながら主流にはいなかったカウンターエリートたちである。明治政府への転換が比較的「穏やかな革命」だったのは、主な原因が外圧に在り、大衆内部での不満が小さかったからかもしれない。

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