「GOアプリのせいで、老人の目の前をタクシーが素通りしているの滑稽だな。」表現者クライテリオン執筆者の平坂純一氏のXでの発信だ。ほんの一瞬の一コマに、日本の実態がよく表れているように思う。
夏に上京した際、帰りは羽田空港までホテル発のリムジンバスを利用した。交通系ICカードで乗車できるものと思っていたら、オンラインで決済まで行う必要があるのだという。
うんざりしつつ無事予約できたものの、スマホを使えない私の母などは一人だと利用できないのかと思うとやるせなくなった。足が悪い母にとってドアトゥドアのリムジンバスは非常に助かるものだが、最新の決済手段を扱えないせいで利用できないのだ。
ちょうど同じ日、予約システムのアプリを使えず病院の受診に難儀していたというお婆さんの話がネットで話題になっていた。
「社会の変化についていけず困っている人たちを「情弱」と片づけないでほしい」というツイートがYahoo!ニュースに取り上げられていたが、そのツイートに同意する。
「コロナからお年寄りを守ろう」「寿命だなどと言ってご老人を見捨てるのは選民思想、優生思想に繋がる」
思いやりワクチン、思いやりマスク。はいはい、わかったわかった。臍で沸いた茶が吹き零れそうだ。年寄りのことなど知ったこっちゃない。これがこの国の本音なのだろう。人の本音は端っこに現れる。
このニュースを取り上げた掲示板には変化に戸惑うご老人を思いやる声が多数ではあったが、「努力しろ」の声も相当数あった。なんと冷たい声だろうか。けれども無理もないとも思う。核家族化で老いるという現象を知らない人が多いのだろう。
それに政府の無策(いや、そこに巣食う策士どもと言うべきか)によって見捨てられながら年貢だけはしっかり持っていかれる。努力しても努力しても社会が実りをもたらす土壌になっていない。枯れた土壌は30年も放置されてきた。その上「思いやり」の美名のもと、コロナ騒ぎでは仕事、学ぶ機会、出会いや交流、様々な掛け替えのないものを奪われたのだ。
「努力しろ」と冷たく見放す言葉が出てくるまでにはどういう人生があったのか。
コロナ騒ぎに持っていかれた3年の間に印象に残っている出来事に森元総理の「女性が入る会議は長い」発言が発端となったオリンピック組織委員会会長辞任の顛末がある。私はこの発言には特に引っ掛からなかった。男性の方こそ云々…女の私にだって言い分があるし、目の前で言われれば「爺さんやかましい」と非礼な態度で応戦したかもしれないが騒ぐほどの発言とは思えない。漫才のネタにでもして笑い飛ばす程度で十分だったんじゃないか。聞けば内容は女性を褒めている部分もあって腐すようなものでもないという。会社勤めをしていた頃は「それでも女か」「男のくせに」等々軽く痴話喧嘩するくらいの方が活気があって仕事も進んだ記憶があるのだが、窮屈な社会になってしまったものだ。
日本の恥、老害、時代錯誤等々。思いやりに溢れているはずの世間から出てきた言葉である。
新しい時代に合わせてアップデートできない老人は害なのだそうだ。老人を生かしたいのか殺したいのかどっちなんだ。アップデートできない者は老害、努力が足りないと言われながら生きながらえるくらいなら、流行病でさっさと死んでしまう方が上等だ。
戦後の焼け野原を懸命に生きて育て上げた子や孫にアップデートを迫られる。アップデートされた価値観に矯正して、新しい価値観の邪魔にならないよう無難に過ごす。そうすればその場に置いててもらえる。表面上だけでも恭しく扱ってもらえる。体裁は保つことができる。なんと悲しい姿か。
しかしこれも戦後日本の1つの帰結なのだろう。
今まさに「老害」扱いされる戦後第一世代が作り上げてきたものの仕上がりがこの欺瞞だらけの冷酷な社会だとも言える。それまで受け継がれてきた国柄、同胞の辛苦をあっさり忘れて、身内を焼き殺した、昨日まで敵だった相手の価値観に自らをアップデートし、子らをアメリカ色に染めてきたのだ。
恐らくその価値観を本気で受け入れているーー善きものと思っているわけではない。
単に都合が良かったのだ。真珠湾攻撃に湧き、一億総玉砕と言いながら、陛下のご聖断とはいえ前言を撤回し、欲と弱さに溺れていく後ろめたさを隠すのにアメリカ的な自由主義や個人主義はお誂え向きだったのだろう。
後ろめたさには不安がつきまとう。子はその不安を感じとるだろうが親は向き合わない。怖くて向き合えないのだ。隠れた本音ーー独立をかけて戦った重みとそこに殉じたものたちの後を継ぐ約束を反故にした罪に耐えられない。
陛下のご聖断に従って戦いをやめるのであれば、せめて「終結の詔書」を胸に刻み、従い全うするべきではないか。
前言撤回をした上に陛下の言葉まで忘れ、今だけ金だけ自分だけ。嘗ての敵だのみの有り様を疑問とも思わない(フリをしている)。
今邪険にされている老人たちは自分が蒔いた種、育てた果実を受け取っているに過ぎないという見方をすることもできる。
真珠湾攻撃で指揮官を務めた淵田美津雄は、占領政策に尾を振る国民に対して次のように述べている。
いま私を白眼視する事大便乗のアプレゲール(戦後派)日本人が憎くてならない。人を憎むものではないと、頭では分かっていたのだけれど、心ではどうにもならないのであった。ただ敗戦という厳粛な事実に対し、やっぱり軍人として働きが悪かったとの責任を感ずるが故に、私は歯をくいしばって耐えていた。(略)私を軍閥の走狗として釜に入れたのは占領軍であっても、いま釜の下を焚いて煮ているのは同胞の日本人である。このように混乱する世相を、私もまた白眼視しながら、営々として汗に明け暮れて、生活設計と取り組んでいた。(講談社文庫 真珠湾攻撃総隊長の回想 淵田美津男自叙伝/中田整一編 P351)
自分達の熱狂を忘れ掌返しをした国民によって見捨てられた淵田は、追放令で頼む金もないからと大工仕事を覚えながら農業生活に入る。土に親しむうちに生命や宇宙の神秘、神の存在を信じるようになり、後にキリスト教に回心し伝道のため渡米するが、「万世の為に太平を開かむ」ーー残りの生涯をこの御言葉に従う決意があった。
同書で淵田は「日本が、大東亜解放という大義名分をかざしたのはよい。しかし、自分こそ最優秀の天孫民族で、大東亜の盟主であると思い上がったところに、傲慢と人種的優越感とが存在しなかったか。」と述べていることも記しておきたい。「日本はアジアを解放したのだ!」と得意顔に陥るのは氏にとって不本意なことではないかと思う。長くなるから今後の投稿で改めたいと思うが、「日本はアジアを解放したのだ!」と誇る陰にも戦前戦中と今の我々との断絶、我々の責任放棄を見てしまう。
浜崎先生が茂木誠氏の動画に出演された際、茂木氏が「真珠湾攻撃は仮面を外した、発狂だった」とおっしゃっていたが、「発狂」という言葉はとてもしっくりきた。78回も反省を繰り返してきたというのに、肝心の「狂うほどのもの」は殆ど顧みられず、右からも左からも見捨てられている。
自分にとって切っても切れない人が発狂したらどうするだろうか。じっと黙って耳を傾けるのではないか。何がそうさせたのか知ろうとするんじゃないか。発狂の所以は顧みられず、ただただ酷いことをしたと詰られ、あるいは、やたらと持ち上げられる。持ち上げるくせに当時の相手に媚びへつらい発狂を踏み躙る。見捨てられた発狂はーー。また発狂する時がくるのだろうか。もう黙って息絶えてしまうだろうか。
あの時の発狂に虚心坦懐に耳を傾けると、初めて聞こえてくる声が無数にあるのではないか。声を聞いて湧き上がるものを発狂に問うてみる。そうやって対話を続けることで発狂は形を変えた発露となり真っ当な国家への道筋を示してくれるのではないだろうか。また、対話を繰り返し、切断された血潮を結び直すことで本当の思いやりをそこかしこに見つけることができるようになるのではないかと思う。
前田一樹(信州支部、39歳、公務員)
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奥野健三(大阪府)
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たか(千葉県、41歳、イラストレーター)
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長瀬仁之介(16歳・学生・京都府)
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北澤孝典(信州支部、50歳、農家)
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前田 健太郎(49歳・東京都)
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浅見和幸(東京都、54歳、システムエンジニア)
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柏﨑孝夫(東京都、38歳、自営業)
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北澤孝典(農業・信州支部)
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清水一雄(教員・東京支部)
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