【鳥兜】もう一つの「パワーシフト」

啓文社(編集用)

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本日は10月16日発売、『表現者クライテリオン2024年11月号 [特集]反欧米論「アジアの新世紀に向けて」』より、巻頭コラム「鳥兜」の一部をお送りいたします。

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 欧米からアジアへのパワーシフトと同時に注意深い観察を要するのは、国家から民間企業へのパワーシフトである。特に、社会のデジタル化やオンライン化が進むにつれて国境や法律の意味が希薄化
し、「ビッグ・テック」と呼ばれるアメリカの大手IT企業などが、民主的な決定からも権威主義的な統制からも自由に活動できる領域が着実に拡大しているのだ。
 今年の八月に、ブラジルの最高裁が同国内でのX(旧ツイッター)の使用を禁止し、通信会社に対してXへのアクセスをブロックするよう命じたことがニュースになった。ブラジルの裁判所は昨年も、テレグラム(LINEに似たメッセージアプリ)をブロックする命令を出している。いずれのケースも、「フェイク情報の拡散に加担している」などの理由でブラジル政府が問題視するアカウントの削除要請に、Xやテレグラム側が応じなかったことが理由である。
 インターネットも、基幹的なインフラは海底ケーブルを含む有線のネットワークなので、物理的に「国境」を設けて規制すること自体は可能である。ただ今回の措置には抜け道も多く、全ての通信会社が命令に従っているわけではないし、VPNという技術を使えば容易にブロックを回避することができる。ちなみに中国政府は「グレート・ファイアウォール(金盾)」という検閲網を張り巡らすことで、従来からグーグルやフェイスブックなどアメリカの有力サービスを排除しようとしてきたが、VPNを利用してそれらのサービスにアクセスしている国民は少なくない。
 さらに今回のブラジルの措置に対しては、Xのオーナーであるイーロン・マスクが人工衛星を経由した通信を提供することで、物理回線ベースの規制を原理的に回避できるようにしてしまった。ちなみに今のところ、国境をまたぐ通信の九九%は海底ケーブルが担っているが、そのほとんどが民間企業によって所有されている。これまでは(政府系企業を含む)通信会社が敷設するケースが多かったものの、最近は海底ケーブルへの大規模投資を主導しているのはグーグル、アマゾン、フェイスブックといったビッグ・テックである。金融機関の取引などもこれらのインフラに依存しているわけで、その支配力が我々の主権を脅かすことになる可能性も考えておかなくてはならない。
 もちろん、民間企業が活動するためには登記や納税などの手続きが必要で、決済には中央銀行が発行する通貨が用いられるし、データセンターを設けるのにも土地と建物が不可欠である。だからビッグ・テックと言えども概ね法的なコントロールに服しているのが現状ではある。ただ、有効に規制するためには各国政府が協調した行動をとる必要があり、当局の知識が新技術の登場に追いつかない面もあって、統治が及びにくいグレーゾーンは増える一方である。そしてそれはとりも直さず、国家から企業への相対的な「パワーシフト」を意味するのだ。
 ヨーロッパの政治家の中には、ビッグ・テックへの依存が進むことで「国家主権」や「法の支配」や「民主主義」が脅かされると警鐘をならす人々がいる。中国やロシアやブラジルの政府は、成功しているかはともかくとして、言論の自由を犠牲にしてでも規制の網をかけようと奮闘している。また今後はアメリカ企業だけでなく、アリババやテンセントなど中国企業の影響力も考慮に入れる必要がある。一方日本では、今年の通常国会でビッグ・テックの寡占抑制を企図した新法が成立したものの、聞かれるのは「競争を促進することで利用料が下がる」というような矮小な話ばかりである。事は国家と国民の「主権」に関わるのだということを、政治家も国民も肝に銘じるべきだ。


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