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専門家と大きな素人

内丸公平(42歳、大学教員、大阪府)

 

 新しい学生たちを迎える季節となった。コロナ禍の只中で入学・進級・卒業する学生たちには「大きな素人たれ」という言葉をおくりたい。
 コロナ・パンデミックの発生以来、いわゆる「専門家」たちをメディアで目にしない日はない。彼らは魔術的なジャーゴンを濫用して「大衆」の恐怖心を煽り、 過剰な自粛を要求する同調圧力が日増しに高まっていった。彼らの神託は、自粛しない/できない人びとを口汚く誹謗中傷してもゆるされるのだという免罪符を与えてしまってさえいる。こうした、まことにおぞましい空気の瀰漫には断固として抗いたいが、しかし、ここで私はいわゆる「専門家」たちに悪態をつきたいわけでも、彼らに翻弄される「大衆」を教導しなければならないと思っているわけでもない。むしろ、これをきっかけとして「専門家」とは何者かという問題、より明確に言えば、かつてホセ・オルテガ・イ・ガセットが「『専門主義』の野蛮性」(『大衆の反逆』)と呼んだものとまじめに向き合い、それとどう対峙できるのかを考えたいのである。
 オルテガによれば、「専門家」とは「分別のある人間になるために知っておかなければならないすべてのことのうち、一つの特定科学だけしかしらず、しかもその科学のうちでも、自分が積極的に研究しているごく小さな部分しか知らない」人びとである。彼らの言説は、その専門性がゆえに「大衆」にとっては啓蒙的に聞こえるが、一方で彼らはその活動範囲の狭さこそを美徳としているために、「総合的知識(文化)」という大きな枠組みから人間の存在の仕方を意味づけることを最初から抛棄してしまっている「凡庸」で「野蛮」な—だが、自分たちの正しさだけは微塵も疑わない—人間たちなのである。このような「凡庸な人間」たちに私たちの存在の仕方を規定できるはずなどない、いや、させてはならないのである。
 こうした専門主義の野蛮性に対峙できるのが、冒頭で触れた「大きな素人」ではないか。実は、これは私の造語ではない。学問が分業化しはじめた1930年代に、英文学を専門としながらも、その専門主義的傾向を「近代文明が齎した最大の不幸の一つ」として指弾した中野好夫の言葉だ。「讀書と敎養」(1939年)という論文のなかで、中野はこう指摘する。 「それまで人間性によつて結合せられてゐた社會に分裂が惹起され…人間的なものの代りに、機構といひ、資本といひ、技術といひ、非人間的な支配が樣々の截線の方向に社會を分離」してしまった。そして、この「分化過程の進行」が「所謂専門家なるものに、かつて彼等が有つたことのなかつた特權を與へる結果」になったのだと。そして、狭い殻に閉じこもり、「われわれ自身の存在の仕方に對する知識を護ること」などに関心がない専門家たちを「社會にとつて危險な存在」であると痛罵した。というのも、そうした専門主義は「南洲翁の遺訓を讀みながら假名遣ひの間違ばかり數へてゐるやうな精神」(「直言する」(1942年))を蔓延させてしまうからだ。
 こうした専門主義による「非人間的な支配」に抗い、人間的な「存在の仕方に對する知識を護る」ために中野が必要だと感じたものこそ、「ただよき市民、或は大きな素人を作る敎育」だった。それは分野横断的な幅広い読書—「事実」よりも「意味」に重きをおいたもの—を通じた「教養」の形成であり、「社會の有機性の維持者」として「確かな、力ある信念」のもとに「大きな無用の用を果たす」日本人を育てる「人間教育」だったのである。それは同時に、人間教育の「精神を破壊」した「明治以後の實用主義敎育」への異議申立てでもあった。
 現下の状況に照らすと中野の言葉には強烈なアクチュアリティが宿っているだろう。 「素人が専門家の意見に口を出すな」という空気が支配している今だからこそ、「所謂専門家」の託宣に右往左往しない「力ある信念」をもつ「大きな素人」の分別、そしてそれを涵養する教育が求められている。