【書評】「ぼんやり」に輪郭を与える批評の手つき――小立 廉

啓文社(編集用)

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皆さん、こんにちは。
「表現者クライテリオン」編集部です。

本日は『表現者クライテリオン』11月号より書評をお届けします。

「ぼんやり」に輪郭を与える批評の手つき
小立 廉

 

浜崎洋介 著

『ぼんやりとした不安の近代日本――大東亜戦争の本当の理由』
ビジネス社/2022年8月刊

 

 ある一端から他の一端への往復運動として歴史を捉えてみる。文学史でいえば、バロックから古典主義、ロマン主義から自然主義、そして象徴主義へ――と、これは粗雑に過ぎるが、もっと緻密に議論をすれば教科書的なパッケージ化が可能であるし、政治史や思想史でもよく見かける図式ではないだろうか。

 

 本書もまた、一見その穏当な図式に則っているかのようだが、「整理された近代日本史」としての役割は本書の価値の片面しか示していない。文学や思想に偏らず政治史にも目配りが利いているし、歴史的事件についての叙述ではイデオロギーから注意深く距離を取っている。しかし、その抑制的な書きぶりの中に、教科書的な記述から逃れ出るそこはかとない居心地の悪さが感じられるだろう。

その正体こそが本書のタイトルの一部にもなっている「ぼんやり」、すなわち、本書が一貫して主題とする「不安」や「喪失」といった「不在の感覚」であり、そこから醸成される「空気」である。本書で扱われる大正教養主義やマルクス主義、国体論はそうした不在にするりと入り込んだ意匠でしかなく、著者があとがきで批判的に触れているように「『ああすればこうなる』式の指導理論」、つまりはお題目に過ぎないのだ。

 

 とはいえ著者は、自己喪失に陥り意匠に縋った近代日本人を直ちには断罪せず、明治から戦前の時代思潮とその背景を丹念に追い、彼らの葛藤を私達の眼前に呼び出してみせる。

たとえば、昭和初期を扱った第四章「『ぼんやりとした不安』が導いたもの」において、小林秀雄に、現実との不協和に耐えきれず死に向かった「『近代日本』の象徴」たる芥川を弔わせ、さらに著者は、「日本への回帰」を果たした萩原朔太郎「猫町」の猫たちに、近代日本の基層をなす大衆の姿を幻視している。ここに至り、西洋近代の模倣から解放された地に足の着いた批評の誕生を予感させるのだが、時代は彼らの苦闘と単純な復古主義を併せ呑み、濁流となって戦争へと流れ込んでゆく。

 

 その後の悲劇の詳述は本書に譲るとして、もう一点指摘しておきたいのは、著者が山本七平を引きながら繰り返し描写する、危機の時代にあって日本人が陥る「『何をしていいのか一切わからない』という状態」である。著者がこれでもかと描いてきた、空気の暴走に任せて走り出してしまう我々日本人の行動は今や、大衆であれインテリであれ容易く陥りかねない「自己喪失」の輪郭を持ち、嫌味なまでのリアリティを伴って迫る。

 

 自己喪失や空気の支配に抗して時代と対峙することは、著者の、いや、日本に生を享け、あまつさえ文学などに心惹かれてしまった人間が背負ってしまった業とも言えるのではないか。その業といかに付き合ってゆくか、本書の末尾で示された処方箋は大いに参考になるだろう。

 

 福田恆存から出発し内外の近代文学を経て三島由紀夫、小林秀雄に取り組んできた著者の文業、そしてここ一、二年の時代の風潮を眺めてみて、今書かれなければならなかった一冊であると改めて思う。

 

浜崎洋介著『ぼんやりとした不安の近代日本――大東亜戦争の本当の理由――』

 

 

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