サイバー犯罪拠点・KKパーク
タイ国境のミャンマーにあるKKパークと呼ばれる「団地」で大規模なサイバー詐欺犯罪が行われていて、そこで強制労働させられていた日本人の高校生が保護されたことが報道された。各種報道で知るところでは、KKパークは中国の複数の犯罪組織の拠点となっていて、解放された外国人約一万人の殆どが人身売買の被害者ではないかと言われる。被害額が十兆円を超えるのではないかと言われるほどの規模の巨大さだけでなく、人身売買・強制労働・暴力・誘拐・サイバー詐欺という複合犯罪の基地が、何年も前から知られていながら撲滅できないということが背景の難しさを示している。今回の摘発は、中国政府の圧力でタイ政府が電力供給を停止して可能になった。しかし、摘発されたのは犯罪集団の一角に過ぎず、東南アジアには他にも同じような拠点があって、犯行に携わる人数は十万人以上ではないかと言われている。
人身売買や強制労働という古くからある犯罪をここまで大規模に行うことができたのは、現代のサイバー空間の存在があったからであり、テクノロジーによる犯罪の遠隔操作である。中国での取り締まりを逃れて海外に拠点を移した犯罪組織が、中国人の「拉致労働者」を集めて監禁し、中国国内の「カモ」に詐欺の電話を掛けさせていた。最も多い被害者は中国人だというが、サイバー空間ならば、中国国内に限らず世界中で詐欺ビジネスが行える。「団地」内には何十か国もの国籍の拘束者がいて、被害は日本にもヨーロッパにもアフリカにも広がっていた。これだけの人口を収容する施設とその運営には、地元当局や武装組織などの関与がなければ不可能で、国家も黙認している。
今回の「救出作戦」を主導したカレン国境警備隊(BGF)や民主カレン慈善軍(DKBA)は、拠点のあった一帯を支配しているミャンマーの少数民族の武装組織であり、詐欺組織からの上納金を資金源にしているという。救出劇は、全人代を控えた中国が、国内問題になっている詐欺被害の撲滅を国民向けにアピールするために、最近中国依存を強めているタイ政府に執拗に圧力をかけた結果で、タイ政府がそれまで無視していたのは、何万人という「強制労働者」が解放されてタイ国内に雪崩れ込むのを恐れているからだともいわれる。ミャンマー側の対岸から押し寄せる大量の「解放者」を収容し、出身国に送還させる経費を負担させられるのはタイで、財政的な痛手となる迷惑な話である。
今回解放されたのが、約一万人もの外国人だったというのに驚いたが、「その程度の労働力」が失われても、武装民族組織の支配地域にはいくつもの犯罪組織があって、常に「労働力」を補給しているので、根本的な解決にはならないそうだ。犯罪組織と依存関係にある国も自治体も現地の民族組織も、彼らを撲滅させるつもりはない。ミャンマーはタイの西側国境にあるが、東側のカンボジアにもタイとの国境地帯に大規模犯罪拠点があり、国の資金源となっているのだというから絶句してしまう。そこでも何十万という強制労働者が詐欺ビジネスに使われているのだろう。破綻国家の「優良犯罪産業」といえる。東南アジアには、このような犯罪拠点がいくつもあるらしい。
この2月の救出作戦で解放された中国人は、中国が用意した何機もの航空機で自国に送還された。解放された者の中には、犯罪組織の者も含まれている可能性があり、彼らの持っている情報を引き出す目的もあるという。監視国家としては、詐欺ビジネスに関わる犯罪者情報や、彼らが把握して狙っている「対象」の個人情報などを収集できる。
産業化された「詐欺ビジネス」
国際的な「詐欺ビジネス」の利点は、組織首謀者にとってハイリターンなのに、自分たちが捕まるリスクが低いことだ。労働者を拉致・拘束して施設に入れるまでの荒仕事は最終段階だけで、地元住民の無関心、武装勢力の協力、最低でも黙認によって手際よく行える。拉致者の監禁も、依存関係にある武装組織の存在そのものが保険になっている。リクルートはネット上で行われ、騙されて釣り上げられた獲物は自腹を切って自分からやって来る。嘗て、黒人奴隷をアメリカに運ぶのにかかった経費や手間を考えたら、実に効率がいい。詐欺ビジネスは、遠くオフショアされた土地で実行される。グローバル企業がアウトソーシングやオフショアリングで経費を節減し、経営者に利益を集中させたのと同じ構造が、犯罪組織を「稼げる産業」にしている。
詐欺という古典的な犯罪が、最先端のテクノロジーによって世界規模の犯罪組織として荒稼ぎできるようになった。何よりも、この組織は、「正規従業員」よりもバラバラに「派遣」されて来た奴隷労働者で占められる。リクルートは、SNSやオンラインゲームやオンラインカジノを通して行われることが多い。偽の投資話や、ゲームの課金・カジノの掛け金などだけでなく、実生活上の借金や貧困で困窮している「弱者」も、高額収入のアルバイト広告でリクルートする。どこから見ても弁護の余地のない「非道」な犯罪なのに、無法地帯に拠点を構えることで、国境を無視した強制労働によるサイバー犯罪組織は繁盛している。
グローバリゼーションを最大限「悪用」したのが「サイバー詐欺ビジネス」である。グローバリゼーションには情報や利益の伝達がスムーズに行えるシステムが必要で、それは「悪」の業界にも有効であるということだ。実際の犯行にデジタルツールを活用するだけでなく、情報テクノロジー社会の「負の社会現象」を積極的に利用している。労働者から力を奪うという点でも、グローバル企業とサイバー詐欺犯罪組織は類似している。利益増加のための経費節減は、ほとんどのケースで人件費が狙われ、先進国の労働者は事業の外部委託や海外移転で賃金が低下した。情報テクノロジーもまた、自動化や通信技術で末端の労働者の賃金を抑える結果をもたらし、低収入・解雇・失業で貧困に陥る人々が増加した。収入を求めている彼らは、犯罪組織のターゲットになった。
貧困による生活弱者や借金を抱えた者、階級が固定化された社会で孤立を深める者たちでも、SNSで見知らぬ相手と会話ができ、手軽な時間つぶしになる端末さえあれば、ゲームやカジノに熱中して現実を忘れることができる。無一文の者に借金を背負わせる課金や掛け金、相手の同情を引き寄せるロマンス詐欺、家族の愛情につけこんだオレオレ詐欺、有名人を騙る投資話、警察や公共機関からの問い合わせ、料金未納、還付金、等々、シナリオライターは心理学を熟知している。
デジタル社会で既にアトム化された個人は、騙しやすく、頼る仲間や友人がなく、簡単に移動してくれる。国際規模の組織に限らず、国内でも類似のケースが次々に報道されている。所謂「匿名・流動型犯罪」は、闇バイトで募った実行者による窃盗・強盗事件で、同様な構造だ。被害者だけでなく、実行者も「騙された者」が多く、過去にはなかった犯罪である。日本が安全な国だと言われるのは、窃盗や暴力、殺人事件が少ないためで、実際に日常生活で危険を感じることは少ない。けれども、最近では誰もが一日に何件もの怪しい着信を受けるようになっている。一般市民をターゲットにした「いつ、騙されるかわからない」という緊張感が必要になれば、「安全な国」とは言えなくなる。
ソドムに近づいていく企業や国家
労働者を人間として見ていないという点で、サイバー詐欺組織は、グローバル産業だけでなく、テクノロジー企業とも似ている。拘束されて詐欺の電話を掛けていた「労働者」は、被害者からの振り込み額の成果が上がるまで何時間も働かされたという。彼らは監視下に置かれ、金銭に数値化されている。被害者も個人情報を知られて、金銭に数値化されている。
テクノロジー企業は、検索機能でもSNSでも、広告収入と結びつくことで利益の最大化を目的としたアルゴリズムを採用した。ターゲッティング広告に必要な利用者の情報を本人が知らないうちに蓄積し、利用者は監視下に置かれたようなものである。ユーザーのエンゲージメントの増加が広告収入に関係するため、プラットフォームに出来るだけ長く留めようとする。承認欲求を利用した「いいね」の採用も、長時間のエンゲージメントを引き出すからであり、激しい情動や羨望や強い刺激の内容・画像に誘導するのもエンゲージメントの増大に効果がある。利益のために利用者を弄ぶのは、詐欺行為とたいして変わらない。人間は、金銭価値に置き換えられた「対象物」で、プラットフォームは利益を最大化させるためのアルゴリズムによって運営されている。人間がアルゴリズムを作る。アルゴリズムには目的がある。彼らのプラットフォームに居る限り、アルゴリズムから抜け出せない。利益の増加しか考えない投資家が、そのようなアルゴリズムを促進させる。
監視国家にとってデジタル社会は都合がいいが、民主国家でも企業でもデジタル化でデータ収集が進み、監視国家に近づいている。人手不足解消のためのテクノロジーは、人件費削減のテクノロジーとして利用できる。働き手が不足する場合でも、賃金を低いままに抑えるために、テクノロジーに代替させることで解決しようとする。無人化の技術は人間に報酬を払いたくないという企業姿勢でもある。労働者の人生や家族や生活には無関心になっている。今後、AIの導入がその方向を進めそうだ。AIは、人間にできないことや不得手なことを補佐するために活用すべきで、人間が得意とする分野を敢えて機械にやらせることはない。ヒューマンパリティの追求はサイエンスの進歩であっても、それを社会に適用しようとすると、人間を不要にすることに繋がってしまう。
技術そのものに善悪はない。技術は自然法則を利用した処理の手段に過ぎない。その手段を何のために使うのかという目的によって、人間の世界はガラッと変わってしまう。戦争が飛躍させた技術は数多いが、同じ技術を営利追究のためにも生活のためにも、そして犯罪のためにも利用できる。いまのテクノロジーは、国家や企業がそれぞれ、データ収集や監視や利益や人件費削減などの目的に利用し、それは犯罪組織にも最適なツールになっている。組織にとっての経済性や利便性が増す一方で、人間は寧ろ、アトム化され孤立して、低賃金、依存症、メンタルの不調など「負」の影響を被っているような気がする。技術は人間のために利用するのであって、技術のために人間が存在するのではない。人間性を無視した利益追求の世界はソドム化して、ミャンマーの犯罪団地と変わらなくなる。
<編集部よりお知らせ>
日時:3月30日14時~
第1部 14時00分〜15時00分
ポスト2025の世界と沖縄—第二次トランプ政権がもたらす試練
第2部 15時10分〜16時30分(質疑・応答含)
戦後80年の検証 ー 沖縄に見る対米関係の実像
懇親会 17時00分〜19時30分
会場:沖縄県市町村自治会館
(那覇空港から車で10分、バスターミナルから徒歩3分、旭橋駅から通路直通、徒歩5分)
会費:一般、3000円、塾生・サポーター:2000円
懇親会:5000円
表現者塾は『表現者クライテリオン』の編集委員や執筆者、各分野の研究者などを講師に迎え、物事を考え、行動する際の「クライテリオン=(規準)」をより一層深く探求する塾(セミナー)です。
◯毎月第2土曜日 17時から約2時間の講義
◯場所:新宿駅から徒歩圏内
◯期間:2025年4月〜2026年3月
◯毎回先生方を囲んでの懇親会あり
◯ライブ配信、アーカイブ視聴あり
最新刊、『表現者クライテリオン2025年3月号 [特集]トランプは”危機”か”好機”か?』、好評発売中!
よりお得な年間購読(クライテリオン・サポーターズ)のお申し込みはこちらから!サポーターズに入ると毎号発売日までにお届けし、お得な特典も付いてきます!。
サポーターズPremiumにお入りいただくと毎週、「今週の雑談」をお届け。
居酒屋で隣の席に居合わせたかのように、ゆったりとした雰囲気ながら、本質的で高度な会話をお聞きいただけます。
CATEGORY :
NEW
2025.03.27
NEW
2025.03.27
NEW
2025.03.26
NEW
2025.03.24
2025.03.21
2025.03.21
2025.03.26
2024.08.11
2025.03.27
2025.03.21
2024.12.13
2025.03.20
2025.03.24
2025.03.27
2025.03.21
2020.01.22