いつもお世話になっております。『表現者クライテリオン』事務局です。
本日は、今月発売の最新号、
『表現者クライテリオン 3月号 「中国の限界」は幻か?ーその強さの裏にある“歪み”』より、巻頭コラムの「鳥兜」を公開いたします。
彼我の圧倒的な歴史的・文明的差異を直視すること。そこからしか、真の外交的・人間的附き合いは始まらない。
中国のことを考える時、必ず思い出す言葉がある。日本人と結婚し、日本で働く上海出身の中国人女性の言葉である。日本の印象を尋ねた私に向かって、彼女はこう言ったのだ、「日本は、どこも箱庭の中に作った玩具の街みたいですね」と。たしかに、日本の二十六倍ある中国から見れば、島国でしかない「小日本(シアオリーベン)」は、木と紙でできた張り子細工のように見えるのかもしれない。
かつて、民俗学者・比較文明学者の梅棹忠夫は、『文明の生態史観』のなかで、「アジア対ヨーロッパ」の二項対立イメージを否定して、むしろ「中国対日本」のリアリティを強調していた。「遊牧民その他のメチャクチャな暴力」(干ばつとそれに伴う民族移動)に晒され続けてきた中国は、それゆえに遊牧民と農耕民とのあいだの相克=戦争=帝国の興亡によって特徴づけられる荒々しい地域であるのに対して、極東の辺境にあって、民族移動も絶滅戦争も経験しなかった日本は、領主と領民による封建制と国民国家によって特徴づけられる穏和な地域だと言うのである。「暴力の源泉からとおく、破壊からまもられて、中緯度温帯の好条件のなかに、温室そだちのように、ぬくぬくと成長」した日本は、「自分の内部からの成長によって、何度かの脱皮をくりかえし、現在にいた」った土地なのだと。
そして、この違いについてはまた、中国文学者で作家の武田泰淳も指摘していた。戦後、中国戦線から引き揚げてきた泰淳は、「滅亡について」のなかで次のように書くだろう。『阿部一族』の滅亡を描いた森鷗外、日本的美意識の滅亡を描いた谷崎潤一郎、あるいは、平家の滅亡を詠嘆した琵琶法師、「彼らは滅亡に対してはまだ処女であった。処女でないにしても、家庭内においての性交だけの経験に守られていたのである。これにひきくらべ中国は、滅亡に対して、はるかに全的経験が深かったようである。中国は数回の離縁、数回の奸淫によって、複雑な成熟した情欲を育まれた女体のように見える」と。
なるほど、日本人はよく日本軍による南京大虐殺を三〇万人と過大に見積もる中国を批判する(その批判自体は妥当だが)。だが、現代中国建国の父=毛沢東による犠牲者の数は、大躍進政策だけでも約一五〇〇万~四五〇〇万人(二五〇万人の拷問死を含める)、文化大革命では約四〇万~二〇〇〇万人と言われているのである。やはり、中国人の「全的滅亡」は、「日本人に理解できないほど」(泰淳)に過大だと言うべきだろうか。
しかし、それなら、日本人の中国人に対する思い込みのなかで一番危険なのは、もしかすると「同じアジア人だ」という先入見なのかもしれない。同じ肌の色、同じ黒い瞳、同じ黒い髪を持ち、同じ漢字文化圏で暮らしながら、さらには律令制も仏教も儒教も中国から学んだと思い込んでいる日本人は、しかし、そこで受容してきたものが、中国人という肉体を持った「他者」ではなく、その「文物」でしかなかったことを忘れがちなのだろう。「同じ」だと思うから安易に近づき、近づけば近づくほどに「違う」から反発をする。親中にしても嫌中にしても、その好悪の感情が、自分勝手な「中国幻想」から来ているものではないのかと、日本人は一度立ち止まって考えておく必要があるのかもしれない。
要するに、中国とは、「日本人に理解できないほど」に「複雑な成熟した情欲を育まれた女体」なのだと覚悟しておくことである。個人の附き合いだろうが、国同士の附き合いだろうが、その距離を見誤った時に怪我をするというのは、それこそ、だいたいどこの世界でも「同じ」人間的な真理なのだから。
【特集座談会】
【特集論考】
【文学座談会】
日本の論壇では長らく「中国崩壊論」が消費されてきた。しかし、かの国はこの間に経済・軍事面で飛躍的な進歩を遂げ、米国一強の世界秩序に楔を打つ存在にまで成長した。欧米の一部では「中華未来主義」なる言葉さえ囁かれ、「権威主義」はリベラル体制の閉塞感を打ち破る甘い誘惑の響きさえ持ち始めている。
一方で、二桁を誇った名目成長率は四%程度にまで下落。国力源泉たる人口は減少に転じ、不動産バブルも崩壊した。若年失業率は二割に迫り、消費も低迷するなど、いよいよ「限界」の兆候を見せ始めているように見える。果たして此度の「中国の限界」論は、現実に即したものなのか。
トランプ復活で国際環境が激変し、日本の自立的外交が問われる今、我々に真に求められるのは、単なる「嫌中」「媚中」や安易な「願望」としての限界論を排し、冷徹な現実を見つめるリアリズムの知性である。
こうした認識の下、本特集では、中国の「強さ」とその背後に潜む経済・社会・地政学・思想・文明的な「限界」の実相を見極めんと、徹底的かつ多面的に論ずることとした。
表現者クライテリオン編集長 藤井 聡
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