皆さん、こんにちは。
「表現者クライテリオン」編集部です。
本日は『表現者クライテリオン』11月号より書評をお届けします。
名馬の語りに見るノスタルジア
橋本 悠
石岡 学 著
『「地方」と「努力」の現代史
アイドルホースと戦後日本』
青土社/2020年6月刊
ハイセイコー、オグリキャップ、ハルウララ。いずれも社会的な競馬ブームを巻き起こした名馬である。この三頭には共通点がある。ハイセイコーは大井、オグリキャップは笠松でデビューした地方競馬出身の馬であり、後に中央競馬に移籍して勝ち星を重ね、ハルウララは同じく地方競馬である高知競馬で生涯の全てのレースを走った。
これらのアイドルホースにまつわる「地方」の言説を、教育歴史社会学が専門の著者が、当時の新聞や週刊誌の記事や投書、大川慶次郎、井崎脩五郎らといった競馬評論家の言葉を綿密に分析することを通して、戦後日本の「努力」や「立身出世」の価値観の真相を描き出す。
ハイセイコーとオグリキャップは地方から中央を制した立身出世物語の象徴のように語られ、特にハイセイコーは七〇年代に活躍したため、同時代の宰相であった田中角栄にたびたび擬される。しかし、現役時代の二頭について語りは全く違う様相を呈する。
ハイセイコーに関しては、圧倒的人気を背負って走ったダービーで三着に敗れて以降は、人気は背負うものの勝ち切れないレースが続いたことから、「狂乱物価」などの世知辛い世の中における、挫折する運命にある夢の象徴のように描かれ、実力よりも人気が先行する長嶋茂雄に擬せられる存在であった。
オグリキャップは、拝金主義的なバブルの風潮の中で酷使される可哀そうな馬という描かれ方をされ、そんな状況でもめげずに走り続けることに魅力が求められていた。「地方競馬出身」の肩書きが前景化するのは引退から時間が経過してからであり、「古き良き時代」としてノスタルジックに回収された結果が、「地方出身の雑草が中央のエリートを蹴散らす」という現在のサクセスストーリーである。
ハルウララのブームは、キャリアで一勝もあげていない馬を高知競馬が逆手にとってPRをして生まれた極めて異色のものである。その背景には当時の勝ち組への批判精神と、前述の二頭のサクセスストーリーを作り上げたノスタルジアが現在進行形で起こっていたと考察されている。
見田宗介が『まなざしの地獄』の中で、「東京」があって「上京」があるのではなく、まず「上京」があって「東京」があると述べたように、戦後の日本社会で生じた向都離村は、単なる地理的な移動として記述できる現象ではなく、人間の魂や精神の問題を避けて通れない。自分の魂が田舎にあるという感覚は、都会における享楽的な消費生活を過ごす日常とのギャップによって輪郭を描く。
このノスタルジアが故郷へと身体を動かすに至らないのは、地方の過疎化が止まらない現状を見れば、誰もが認めるところであろう。普段は文明生活に浸りきっているからこそ、好きな時に訪れる田舎が慰めと娯楽になるのである。そして、このギャップの感覚があるだけまだ救われていると思えるような将来が待っているのかもしれないと思ったら、激しい寒気を覚えてしまうのである。
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