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【書評】過去を歴史ならしめる学問――篠崎奏平

啓文社(編集用)

啓文社(編集用)

皆さん、こんにちは。
「表現者クライテリオン」編集部です。

本日は『表現者クライテリオン』11月号より書評をお届けします。

過去を歴史ならしめる学問
篠崎奏平

 

新谷尚紀 著
『遠野物語と柳田國男
日本人のルーツをさぐる』
吉川弘文館/2022年8月刊

 

 遠野物語は民俗学における大家・柳田國男の代表作として名高い。しかしそれは民話集のようなものであり、学術書の体裁をとっていない。三島由紀夫の言葉を借りれば遠野物語とは「民俗学の原料集積所」なのであり、読み手の解釈を受け付けない厄介な著作でもある。

 新谷はそうした遠野物語に記された民話をもとにして、その後柳田をはじめとした民俗学者らがどのように学術を発展させていったのかを主題ごとにまとめている。例えば「河童」の章では、河童とは水の神の下落した姿であると論ぜられ、河童に悪戯をされたり、また何かをもらい受けたりする民話は、元来日本人が川や水とどのように付き合ってきたのかを想起させるような物語であることが明かされることになる。「山人」章では野蛮な山の民が描写された民話から出発し、渡来民・平地人に対する原住民・山人が実際に存在していたことを確認しながら、日本人とは文化的渡来民と野蛮な原住民とのわずかな混淆である可能性が示唆される。こうした叙述は遠野物語の読み手に対し解釈の余地を与えることになる。前近代の記憶を忘却してしまったかにみえる現代人がそれでも遠野物語に向き合おうとする時、本書は案内人としての役割を担ってくれるのだ。

 柳田の学術的態度は、まずは目の前に伝わる伝承から全てを始め、読み解きながら全体へと迫ろうとするものだった。だから原料集積所としての遠野物語が上梓されることとなったのだろう。だが何故そうして彼は民俗学に生涯を捧げたのだろうか。そのヒントは『明治大正史世相篇』に記されている。そこで柳田は日本人の「公民としての貧しさ」を嘆いていたのだった。日本が国民国家として真っ当に国家を運営するためには、国民が政治の担い手としてその力を遺憾なく発揮しなければならない。しかし残念ながら日本国民はその水準には達していなかった。そこに足りないものを柳田は「学問」と見たのである。民俗学は「日本民族」を積極的に定義する学問ではない。そうではなく、民俗学とは過去に人々がどのように世界と付き合ってきたのかを知り、我々がどのような歴史の上に生きているのかを知るための学問なのである。歴史を自覚することで人は自分の存在様態を把握し、自らの存在様態を自覚することで何を守るべきかを知る。そのようにして政治を担いうる水準まで日本国民の全体を引き上げることこそが、柳田民俗学の目指した理想なのであった。

 現在においても、柳田が目指した国民国家のあり方が実現されたとは言えまい。歴史の流れを知ることが公民を作るのだとすれば、遠野物語は今なお我々に対して重要な気づきを与えてくれるのかもしれない。はたして我々はこの民話の世界の情景との連続性をどこまで感じ取れるのだろうか。いずれにせよ、この世界にひとたび興味を持った人にとって、本書は遠野物語を良く読む上での適切な道筋を示してくれることだろう。

新谷尚紀 著『遠野物語と柳田國男 日本人のルーツをさぐる』

 

 

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