現代社会の 支配者の正体を 解き明かす
橋本 悠
[書評]マイケル・リンド 著 寺下滝郎 訳 『新しい階級闘争 大都市エリートから民主主義を守る』 東洋経済新報社/2022年11月刊
「新自由主義」が批判の対象となる潮流が見られる昨今であるが、本書ではそれに基づく政治がもたらした現代社会の対立構造が精密に分析されている。それはマルクス主義が主張する資本家と労働者の世界規模での対立ではなく、大都市に住む高学歴エリートの上流階級と、田舎に住む労働者階級との間のそれであり、この構造が欧米各国で同時多発しているものとして確認できると著者は主張する。新しい支配階級である大都市エリートとは、巨大な官僚機構の中で制度化された地位を占めている人々のことを指しており、俗に言う「エリートサラリーマン」のことである。大企業の中間管理職が勝ち組の典型的存在である、新自由主義によって形成された現代社会を著者は、「管理者(経営者)資本主義経済」と表現する。
製造業が中心として牽引した高度成長が終息した後に、知識や科学技術の価値が高まった「ニューエコノミー」が到来すると予見された中で形成されたのは、官僚組織の中で出世を果たし た俸給者が上流階級として君臨する社会であったというのは皮肉な話であり、著者も同様に、ニューエコノミーとはオールドエコノミーの焼き直しにすぎなかったと述べる。人類学者のD・グレーバーが現代資本主義社会を、「ブルシット・ジョブ」が蔓延る「全面的官僚制化」が民間企業で究極に進行していると痛烈に批判する視点との共通性が見られ、グレーバーはこのように生産領域の自律性が消滅している背景に、価値は「生産」ではなくて資本それ自体から生まれる、つまりは稼いだ資本をどのように使うかという「消費」の存在感が増したことを見る。本書ではそれについての言及はないが、新しい階級闘争が生まれた背景に、新自由主義と消費社会との関係性について検討する言説がこれから増えていくだろう。
著者は新自由主義によって破壊された、種々の中間団体によって支えられた「多元的民主主義」に高い評価を置くが、東アジアの国々は新自由主義によってそれがさほど破壊されておらず、欧米先進国がモデルとすべきであると述べているのは極めて興味深い点である。「開発主義」によって発展した日本や韓国、台湾は移民がほとんど流入しておらず、相対的に自国で製造業が守られ、ポピュリストの台頭も見られないとして評価しているが、これには大きな疑問を感じざるを得ない。開発主義によって短期間のうちに発展を遂げた国家の民衆ほど、消費者であることを自明に思い、「生産」に無関心である傾向が強いのではないだろうか。日本が欧米の新自由主義に追随していったことも、新自由主義が浸透しやすい土壌が、むしろ欧米先進国よりも強く形成されていたからこその現象であったと筆者は考える。国家主権による開発主義に基づいた飛躍的な経済発展は、消費者としての「大衆化」を民衆に強力にもたらし、「上からの新自由主義革命」が社会を破壊した欧米先進国よりも転換に苦難を余儀なくされるのではないだろうか。
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