チョウやミツバチが来ない!、「沈黙の春」の再来か

吉見満雄(85歳・鹿児島県・NPO法人役員)

 

▼嘗て日本の高度成長期に話題となった「沈黙の春」というベストセラーの本がある。子供の頃、頭から振り掛けられたDDTが小さな野生生物から生体濃縮を繰り返し自然界に広く環境破壊を齎したことの報告書だ。アメリカでの調査結果での報告だが、その時に似た出来事が今我が庭でも起きて居る。地方都市の団地の片隅の小さな庭で梅が静かに満開となり、その下には菜の花も満開となる。生垣のハマヒサカキや茶樹、山桃に囲まれた庭は家庭から出る全ての有機廃棄物が腐植土に代わり小さな昆虫類の棲み家となっている。屋久島在住時に覚えた生物日誌の習慣を鹿児島市内に移住してからも五十年に亘り続けているので毎年の庭の変化がよく判る。地球全体を対象とする生態系の中の我が庭はそのミニミニ版だ。

 

▼昔は羽音が煩いくらいたくさんのミツバチが飛び交いモンシロ蝶が舞っていた。今は殆ど見掛けない。十年数年前にアメリカ北半球から大量のミツバチが消えカリフォルニアのアーモンド農家が大被害を受けたことがあった。その頃から我が家でも激減し始めている。そのせいか梅の結実も減り梅干しを買うハメになった。それまで毎年十キロ以上の収穫が有った。庭で生まれる蝶、トカゲ、タマムシ、カマキリ、トンボ、ミミズ、アシナガバチ、セミ等も明らかに減ってきた。

 

▼あらゆる自然物や現象を神々として崇め生活の中心に置いて来た日本民族。その伝統は「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪冴えて冷しかりけり」(道元)のように自然を愛でる精神文化にまで昇華され、茶道・華道・武道・香道などの世界に誇れる高みに達した。日々の生活でも「勿体ない」や「少欲知足」を基本とする態度を維持した。この誇りを再び取り戻したい。そして大きな生態系の一部であるミニミニ版の庭を眺め乍ら全ての命が地球上で「縁(えにし)で結ばれて共にある」ことに想いを致したい。

 

▼どんな生命体も「成長」し続けることは出来ない。何れ成熟を経て衰退し死亡する。その命を幾らかでも永らえるには質を高める熟成を願う「持続」に転換させねばならない。DDTのような化学物質での環境汚染や生態系破壊は無くなってきた。それに代わって人類のエネルギー多消費という生活様式の変化がCO2排出増による温暖化となって生態系破壊になっている。便利な生活を求める人類の欲望で自らの環境を棲み辛くしつつある。私達世代が預かったこの地球を幾らかでも棲み良くして孫子の代に引き継ぐのが今生きて在る世代の責任だ。

 

▼私自身は細やかな努力をしながら、日本民族が長い間培った自然を敬う精神文化こそ世界に貢献できる原動力になると思っている。「杓底の一残水 流を汲む千億人」という永平寺山門の言葉は今の世界にも通用する卓越した理念と思う。この理念で世代交代を繰り返しながら我が身・家庭・地域・社会・国家・地球の調和を保ちながらそれぞれの命の春を全うしたい。