プライバシーとは、いったい何だったのだろう……と、過去形で言いたくなるくらい「プライバシーの権利」などという言葉は、もはや風前の灯火になってしまった。プライバシーの概念は、もともと「私生活をべらべら言いふらさないでほしい」「自分の領域に勝手に入ってきて詮索しないでほしい」という「気持ち」が、コモン·ローで個人の自由に関わる問題だと考えられていたことによる。「世間から騒がれずに静かに暮らしたい」という自然な欲求である。法理論としてのプライバシーは、1890年にアメリカの弁護士サミュエル・D・ウォーレンとルイ・ブランダイスが「ハーバード・ロー・レビュー」という法学研究誌に寄稿した論文に掲載された主張が最初の資料だと言われている。ウォーレン自身が名家一族の有名人で、当時のイエローペーパーに追いかけられ私生活の詮索やゴシップに悩まされていたらしい。彼らはプライバシーを「the right to be let alone」、つまり「ひとりでいさせてもらえる権利」と定義した。「ほっといてくれ」と言いたかったのだろう。その後、プライバシーは、1903年にニューヨーク州で法制化される。更に議論が重ねられカテゴライズされ、各国で法整備が進んだ。一般には、「自分の情報の開示を自分でコントロールできる権利」というのが、だいたいの共通認識になっている。
サミュエル・D・ウォーレン(1852〜1910)
1970年代になると、それまでのマスメディアによって興味本位で私生活を暴露されるのを阻止するというためだけでなく、国家権力から個人情報を守るという意味が加わった。これは、行政のコンピュータ管理が始まったことにより、国家によるマス・サーベイランスに不安を覚える人々の抵抗感が強まったからである。特に自由主義圏での警戒感は強く、「マイナンバーカード」や「マイナカード」がなかなか浸透しないことの背景でもある。ヨーロッパではナチスや共産党の国家による監視、日本では過去の軍部の強権に懲りた経験からチェック機能を重視したが、アメリカでは自国の進んだ情報処理技術を積極的に商業利用する方向に進んだと言う。
さて、そんなプライバシーの議論もいまでは殆ど空洞化してしまったようだ。今世紀になって急激にIT化が進み、各自が端末を持ち、それなしでは生活できないようなデジタル社会が到来すると、利便性や効率が何よりも優先されるようになった。利便性を提供しているIT企業のプラットフォーマーは「ステルス権力」で、利用者は管理されていることすら意識しないまま端末を利用することで心地よく自分の情報を開示し続けている。ソーシャルメディアにアップされた写真は、個人情報や位置情報だけでなく、一緒に写っている仲間たちの情報も提供している。SNSで繋がって、仲間や仕事など人間同士の「関係性」という情報も提供している。関係性がわかれば、他人の情報から簡単に個人の特定ができ、自分の情報を自己コントロールしようとしても効果に限界がある。検索や閲覧履歴、書き込みや画像や映像のアップ、行動履歴、カードの支払いや銀行口座、病歴、職歴、クラウド保存されたデータ、人間関係までが、すべて「個人のプライバシー」などお構いなく、IT企業に吸い上げられている。機能やアプリを使いこなす上級スキル保有者は、AIに学習させるための情報提供者として、最高のカモである。
一時代前までは、情報を得るにはマーケティング調査に経費がかかった。例えば、メーカーは自社製品の反応を調べるのにどんなことをしていたのだろうか。アンケートの設問を考え、応募はがきを用意して印刷し、商品のパッケージに入れて、キャンペーンを張る。「お答え頂いた方の中から抽選で○○名様にプレゼントが当たる!」と言って、餌としての景品を用意し、住所氏名年齢を書かせ、通信費を払い、集まったアンケート結果を集計して分析する。計画立案から回答の回収締め切り日まで何カ月もかかる。調査結果の分析にも時間と人件費や、場合によっては交通費も必要だった。自社製品に関心を向けさせるために、多くの時間と経費をかけていたのである。いまではネット販売やキャッシュレスで、そんな手間は一切不要になった。端末を使って、検索し、閲覧し、キャッシュレスで支払いをすれば、こちらの個人情報はすべてあちらに届く。QRコードの利用で必要な作業を利用者にやらせているのだが、移動しなくて済む利用者からは、商品や値段の比較もできて便利だと喜ばれ、すぐに届くと評判がいい。あんなにプライバシーを心配していた人たちも、こんなにお手軽に楽しくお買い物をさせてくれるなら、もう個人情報の保護なんて無駄な抵抗は放棄してしまう。
有名人のゴシップやスキャンダルは相変わらず社会の関心を集めるが、IT企業が集めるのは、普通の人たちの情報である。かれらは「どの地域のどんな年代のどんな職業でどのくらいの収入の人たちが、何に関心を持っているか」というデータを蓄積している。端末を操作する人々は、IT企業が囲い込んだ「領地」でせっせと働きながら自らアノテーションしているのと同じことである。しかも、ただ働きだ。SNSに書き込み、写真や映像をアップし、買い物をしてゲームをして、いろいろなサービスを利用することが、実は無報酬の労働なのである。エンクロージャーの「領主」は、そのデータを使い道によってコンピュータ処理してクライアントに提供する。クライアントは自分たち企業の製品開発や販売促進のために、「領主」から複製されたデータを買い取り(オリジナルデータは売主が保存しているから何度でも使いまわして商品になる)、料金を払って効果的に広告を掲載してもらう。誰がどんなことに関心をもっているかの情報の量と独占が最強の武器になった。端末の画面上で勤労奉仕をしている私たちの個人情報などは、もう「一山いくら」の陳腐なコモディティになっているが、それを利用した「領主」がクライアントに売るのは、加工処理され新たな価値を生み出した高級特産品である。データを独占している彼らは強い。
労働者が無報酬で楽しく働いている間に、世の中はその情報で学習した生成AIが進化しているから、いつか有償で働く場を失うかもしれない。デジタライゼーションは進化中だから、いくらリスキリングしても、すぐに新しい学び直しが必要になり、追いつかないかもしれない。要求されるスキルが刻々と更新されれば、労働力の流動性は頼まれなくても加速される。そのたびに職を失う労働者が生まれる。その一方で、ただ働きで「楽しく」搾取された労働が生み出す「タグ付けされた情報」が、極めて少数の企業によって付加価値をつけて高値でクライアントに「販売」されるのだから、労働者と資本家の格差は信じがたいほど拡大した。ただで仕入れたものを独占して付加価値をつけて高値で売れば儲かるのは当然である。彼らの「富」はこれからも増大するだろう。
ところで、プラットフォーマーたちが生み出す利益が「経済成長」になるのだろうか。庶民の幸福感や安定感は分配がうまくいっているときに生じる。経済成長が分配を増大させると期待するから、成長はいいことだと思っている。しかし、少数の巨大企業だけが儲けている状態でも、彼らの収益増加を「成長」と言うのなら、搾取によって成長すればするほど分配の格差は広がってしまうことにならないか。全体の「富」が増大しても、所得の中央値が下がり続ければ、それは富の一極集中であって、ほとんどの人たちが貧しくなっていることになる。
何故、こんなことになってしまったのだろうか。素人の私には答えが出せない。ただ、漠然と感じるのは、個人情報が商品化されたということに関係がありそうな気がする。それは、個人の基本情報だけでなく、嗜好や興味や関心や夢や希望といった、個人の「心」の商品化である。「心」は昔から利用されていて、いまさら問題にすることではないかもしれない。政治でも戦争でも商売でも、大昔から相手の心理を読んで優位に立とうとしてきた。しかし、ネット上でプラットフォーマーが収集しているのは不特定多数の膨大な「心」で、収集と同時にゲノム解読する対象であり、しかもそれらを商品として金銭化している。クライアントはゲノム解析された「心」の情報を買って、如何に自社の提供するものに関心を持たせるかを競う。全体主義国家は国家権力のために心を支配するが、巨大企業は利益を生み出すために、心を操る。国家権力のマス・サーベイランスに対しては警戒心が強かった人々も、ドーパミンやエンドルフィンを操作する脳科学を利用した商業主義の甘い誘惑には、気づかぬうちに心地よく操られてデジタルドラッグの中毒に陥ってしまう。ステルス権力は政治的影響力を高め、国家を凌ぐ勢いである。
けれども、個人の尊厳や公共の利益として扱うべきものなど、人間の社会には、商品にできないもの、してはいけないものがあるのではないだろうか。欲望は地球を食い尽くして、「心」という禁忌の領域までを利益獲得のためのフロンティアにしてしまった。あらゆるものを独占して利益の対象に結びつけてしまう歪んだ社会を、このままAIに引き継がせることになるのだろうか。日本が一国では逆立ちしても彼らに勝てそうにはないが、地球の将来を危惧する気候変動の国際議論の場があるように、人類の未来を真剣に議論する場があってもいい。最近は国際会議など、およそ役に立たないことが多いが、問題点を明確にして認識を共有するだけでも違うだろう。確かに国家による国民の監視も怖い。しかし、プラットフォーマーの富の独占に対抗できるのは、いまのところ、透明性や情報公開などプライバシーの保護措置を機能させようと努める意思のある「国家たち」の協力しかなさそうである。そのような国家の意思を作るのは私たち国民だ。領土を持たない営利企業は、国家が担ってきた国民への責任と保障を与えることはできないのだから。
〈編集部より〉
10月16日発売、最新号『表現者クライテリオン2023年11月号』の特集タイトルは、
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