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『表現者クライテリオン2025年7月号 [特集]トランプ時代の核武装論ー「核の傘が無くなる。どうする日本?」』から特集論考をお送りします。
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小幡▼本日はよろしくお願いします。早速本題に入りたいと思いますが、戦後の日本では左派は平和、平和の一本鎗である一方、右派はいわゆる親米保守、言い換えれば対米従属路線が主流を占めてきました。一見対立しているように見えますが、両者ともにアメリカの核の傘、つまりアメリカの庇護を前提にプロレスをしてきたのではないかとも考えられます。伊藤先生は各所で「核の傘は幻想に過ぎない」とご指摘されてきましたが、これが単なるフェイクだということを今一度ご解説いただけますか。
伊藤▼日本のマスコミや国会で行われてきた核抑止に関する議論は、非常に浅い議論でした。正直に言って、不真面目な議論でした。左翼の議論が浅薄で不真面目なのは当たり前のことですが、親米 (=拝米) 保守の人たちの議論も、びっくりするほど浅くて無責任なのです。拝米保守の人たちは、「アメリカ政府の要人や識者たちが“核の傘があるから大丈夫だ”と言ってくれているから問題ない」と述べていますが、そういう人たちに僕は二つの質問をします。一つは「あなたは核戦略理論をきちんと自分自身で勉強していますか?」というもの、もう一つは「あなたはアメリカの核の傘があるから大丈夫だとおっしゃいますが、アメリカ政府の核戦略担当官、もしくはアジア政策担当の要人と、一対一で核の傘の有効性に関して真剣な議論をしたことがありますか?」というものです。この二つを聞くと全員、「していない」と言うんです。驚くべきことに外務省・防衛省の事務次官・審議官・局長、そして陸海空自衛隊のトップの人たちも、一対一で深い議論をしていないのです。
防衛省局長、防衛研究所所長を歴任し、首相官邸に六年間も勤務した柳澤協二さんは、二〇一一年三月の産経新聞インタビューで以下のように述べています。
「アメリカがその核を日本防衛のために使うかどうか、日本自身は何も考えていなかった。核のことを考えないのは当然だという認識が、官僚機構の中で共有されてきた。(……)我々政府の人間は、アメリカが日本を守ってくれるかどうかについての疑問を持ったことはない。 (……)防衛研究所の所長時代、核保有について議論た場合、アメリカが核報復するかどうかというと、なかなか難しいだろうという感じはある。どうなったら核報復するのか、日米間で協議は一切していない。全く議論はなかった。どういう時に日本は核を使えとアメリカに言うのか、その点で日本の政治家も官僚も悩んでいない。思考停止だ」 (太字引用者)
官邸で六年も仕事をして、防衛研究所所長まで務めていた人が、「核の傘の有効性に関して、議論したことはない」と明言しているのです。それにもかかわらず日本の拝米保守派は、「アメリカが核の傘を提供してくれると言っているから大丈夫だ」と言って満足しているのです。 (ちなみに僕は十年ほど前、ワシントンの外交政策シンポジウムにおいて柳澤さんと丸二日間、議論したことがあります。柳澤さんは温和で気さくでフレンドリーな紳士です。善良な人物です。)
ワシントンに住んでいる僕から見ると、日本は本当に無責任な国です。現在、北朝鮮と中国はものすごい勢いで核ミサイルを増産している。それにもかかわらず日本政府の高官たちは、真面目に考えてない。僕自身は「核の傘が本当に機能するのか」に関して、十一人のアメリカ人と一対一で議論したことがあります。たった一人の例外を除き、全員が「いざとなったら、核の傘は機能しない。日本やドイツが核恫喝もしくは核攻撃されても、それを理由にアメリカがロシアや中国と核ミサイルの撃ち合いをするわけがない」と言っていました。そのように言ったのは、ペンタゴン・CIA・国務省の日本部長や中国部長レベルの人、アジア政策担当の次官補や次官補代理、ワシントンの国防大学とアナポリス (海軍士官学校) やウエストポイントの教授、海空軍の少将・中将レベルの人たちです。そこで僕が「じゃあ日本はどうなるんですか?」と聞くと、彼らは「核攻撃を受けた同盟国は、見捨てられる」と言っていました。
ウクライナ戦争が始まった二〇二二年の秋から冬にかけて、ウクライナの軍事拠点、もしくはウクライナへの軍事援助のベースとなっているポーランドやルーマニアの軍事基地に対して、ロシアが戦術核兵器を使用するという情報が流れました。僕は当時、米海軍少将やアナポリス教授と話し合う機会があったので、それぞれ一対一で議論したのですが、彼らはこう言っていました。「たとえロシアがNATO同盟国の軍事基地に核ミサイルを撃ち込んでも、我々はロシアと核ミサイルの撃ち合いなんかやらない。同盟国は見捨てられる。キッシンジャーが一九七九年に述べたように、核の傘の保証を本気で実行するということは、アメリカ文明にとって滅亡を意味する。アメリカが、自国の文明を壊滅させるような戦争をするわけがない」。
アイゼンハワー政権のハーター国務長官、ケネディ・ジョンソン両政権で安全保障補佐官を務めたマクジョージ・バンディ (元ハーバードの学長) 、同じく両政権で国防長官を務めたロバート・マクナマラ、ニクソン・フォード両政権で国務長官を務めたキッシンジャー、カーター政権でCIA長官を務め、その前は米海軍第二艦隊の総司令官だったスタンスフィールド・ターナー、ケネディ政権・カーター政権でホワイトハウス国家安全保障会議の高官を務め、その後ハーバードの教授になったサミュエル・ハンティントン等も、「核の傘なんかない。我々はヨーロッパを守るために、ロシアと核戦争するつもりはない。ましてやアジアの同盟国のために、核戦争するわけがない」と述べていました。
彼らのように国務長官・国防長官・CIA長官を経験した人たちは、在任中は同盟国に対して「核の傘があるから大丈夫だ」と言います。しかし仕事を辞めて数年経つと、本当のこと(=アメリカは同盟国のため、核戦争するわけがない)を言うんです。キッシンジャーは一九七七年の一月まで、「核の傘があるから大丈夫だ」と言っていた。しかし退官して二年後の七九年になると、「核の傘なんて、アメリカにとって自殺行為だ。核の傘を保証するようなことをやるわけがない」と述べています。
伊藤▼日本の拝米保守と国粋主義者たちは「朝日」、「毎日」、NHK等の悪口を言って、自分たちが「責任感ある正論」を述べたつもりになっている。しかし日本の本当の問題は、拝米保守や国粋右翼の連中が、「核の傘の保証は本物なのか」という問題から逃げ続けていることです。日本の保守派はすぐに左翼の悪口を言う。安易な悪口をまくし立てて、自己満足している。しかし日本で本当に批判されるべきなのは保守陣営、特に自分のことを「エリート」とか「エスタブリッシュメント」とか思っている連中です。外務省・防衛省・自衛隊の役人と議論すると、彼らの核戦略理論の理解が乏しいことが分かります。日本は左翼だけでなく保守派と体制派も、浅薄で無責任なのです。
日本の保守陣営が「核の傘は本当にあるのか」ということを議論したがらない最大の理由は、それを持ち出すと「お前は反米だ」というレッテルを貼られるからです。外務省・防衛省・自衛隊の内部で「あいつは反米だ」とレッテルを貼られると、昇進できなくなる。だから皆、「親米ごっこ」をやりたがる。僕の友達に自衛隊のかなり高い立場にいる人がいるのですが、彼に言わせると、自衛隊の中で「日本は核を持つべきだ」と言うと、キャリアが終わってしまうそうです。外務省の友人も、「自主的核抑止力の必要性の問題を持ち出すと、周りに受け入れてもらえなくなる」と言っていました。だから外務省の官僚同士で、「核の傘は本当に有効なのか」ということを真剣に議論していない。敗戦前も敗戦後も、日本は「一億総無責任」体制なんです。
ドイツでは最近、AfD(ドイツのための選択肢)が世論調査でトップになりましたね。この前の選挙では二番目だったけれど、最近の世論調査ではAfD支持が三割を超えてトップの政党になっている。AfDの幹部には「核の傘なんか信用できない」と考えている人が多く、「独自の核を持つべきか否か」という議論を真剣にしている。ドイツ国民の支持率ナンバーワンの政党が、過去八十年間の対米隷属構造から離脱することを本気で議論し始めた。ところが中朝露の核ミサイルに包囲されて危機的な状況にある日本では、そのような議論がありません。同じ敗戦国民でも、ドイツ人のほうが知的に真剣です。
以前、毎日新聞の岸俊光という「核問題の専門家」ということになっている記者が、『核武装と知識人』という本を書きました。一九六四年に中国が核実験をやり、当時の佐藤栄作首相が「日本にも核が必要だ」と言い出した。そこでアメリカ政府が、日本の核保有案を潰した時期の事情を描いた本です。僕は、佐藤栄作の「ブレーン」と称する人たちが核の傘の問題に関してどういう議論をしたのか気になったので、岸俊光の本を読んでみました。そこで分かったのは、佐藤の「ブレーン」たちは、ものすごく表面的で安易な議論しかやっていなかったことです。半世紀前も現在も、日本の総理大臣に対して核政策をアドバイスする人たちは、「薄っぺらい議論しかできない、知的レベルの低い人たちだな」と感じました。
現在でも、外務省・防衛省・自衛隊を引退して大学教授になったり、シンクタンクのアドバイザーになったりする人たちの大部分は、長期的なグランドストラテジーを構想する能力を持たない薄っぺらくて小心な保身主義者たちです。繰り返しになりますが、今の日本で「エリート」と呼ばれる人たちは、核戦略について本気で勉強したとは思えないし、アメリカの要人たちと一対一で議論したとも思えない。外務省・防衛省・自衛隊のトップ、そして東大や京大の国際政治学者たちがそういう無責任な態度なのだから、日本国内で真剣な核戦略に関する議論がいつまで経っても出てこないのは当然のことです。日本の「エリート」は駄目ですね。日本では、マスコミ人と政治屋が駄目なだけではなく、「東大卒の秀才エリート」も駄目なんです。
小幡▼伊藤先生のお話を各方面で伺っていると、これまでお話しいただいたようなことは疑い得ない事実のようにしか思えません。にもかかわらず、こうした認識は必ずしも日本に広く受け入れられているとは言えないのが現状です。伊藤先生は日本に帰ってこられると政府当事者とお話しする機会があるそうですが、彼らからある程度の根拠に基づいた反論がなされることはあるのでしょうか。
伊藤▼そもそも僕と仲が良い自衛隊の幹部や外務省の幹部は、僕と意見が合う人たちなんですよ。ところが、彼らが僕と議論した内容を自衛隊や外務省に帰って正直に言うかというと、言ってないと思います。彼らに言わせると、「そういうことが議論できる雰囲気じゃない」そうです。
小幡さんもご存知だと思いますが、「あなたは日本が他の国に攻撃された場合、自国の防衛に参加しますか?」、「自衛隊と一緒に戦いますか?」という質問に対して、「戦う」と答える日本人はたった十三%しかいない。世界最低です。他の諸国では、少なくとも三十数%から七十数%の人たちが「戦う」と答えている。日本の男はブラジル・アマゾンの原住民やアフリカのホッテントットよりも臆病なのです。過去三千年間、世界のどの民族にも、「自分たちの女子供を守るため、男は戦う」という最低限の道徳があった。しかし今の日本には十三%しかいない。日本の男は世界一の臆病者です。
日本の男がこれだけ臆病で卑怯である時、日本を包囲する中国・ロシア・北朝鮮は核弾頭をどんどん増産している。アメリカ政府は本音では、日本を守るために中朝露と核ミサイルの撃ち合いをやるつもりはない。日本が滅びる時期が、着々と近づいてきています。二〇三〇年代の中国は、少なくとも一五〇〇発、たぶん二〇〇〇発以上の核弾頭を持つことになるでしょう。北朝鮮もすでに八〇発か一〇〇発の戦略核弾頭を持っており、しかもすごい勢いで戦術核弾頭も増産している。今回のウクライナ戦争で明らかになったように、「通常戦力レベルの戦争で不利な立場に立たされたら、戦術核を使って反撃する」というオプションを顕示しておくと、それだけで米軍は尻込みして出てこなくなるのです。北朝鮮政府はすでに、「通常戦力での戦闘で不利になったら、我々は戦術核兵器を先制使用する」という軍事ドクトリンを発表しています。さすがキム・ジョンウン! 日本の外務省・防衛省の「エリート」よりも賢いです。
バイデン政権の安全保障補佐官だったジェイク・サリバンは、ロシアが「我々は戦術核を使う用意がある」と言った時、一回だけ「もしロシアが戦術核を使ったら、我々はNATOの通常戦力で大規模な反撃をする」と言いました。すると二〇〇〇発の戦術核を持つロシアは、「NATOの通常戦力が出てくるのなら、我々はそのNATO軍に対して何十発でも何百発でも、必要なだけ戦術核をブチ込む」と言い返した。そしたらサリバンはシュンとなって、黙ってしまった。二度と「NATO通常戦力による大反撃」と言わなくなった(苦笑) 。この例を見ても分かるように、アメリカと敵対する国が戦術核と戦略核を使う意志と能力を持つ場合、アメリカは戦争に出てこないのです。アメリカは同盟国を守るため、本気で戦わない。現在の日本は、こういう状況に置かれているのです。
二〇三〇年代には中国も、一〇〇〇~二〇〇〇発の戦略核を持つようになります。中国の核戦略専門家の中には、「もしアメリカが我々に核ミサイルを撃つなら、我々はローンチ・オン・ウォーニング (launch on warning:警報情報に即応するミサイル反撃体制) で対抗する」と述べている者がいます。「こちらにアメリカの核ミサイルが届くという警告情報が来たら、アメリカの核ミサイルが着弾する前に、中国の戦略核ミサイルをアメリカに撃ち込む」ということです。アメリカはロシアであれ中国であれ、ローンチ・オン・ウォーニング体制を採用する国とは絶対に戦争しません。そんな戦争をやるのは自殺行為だからです。
数年後、ウクライナ戦争の片がついたタイミングで、中国はロシアに「借りを返してくれ」と言ってくると思います。ロシアにとって今回のウクライナ戦争は、中国からの経済支援と軍事部品支援がなかったら絶対にできなかった戦争です。ロシアは中国に対して、巨大な借りができた。ウクライナ戦争を終了した後、中露の大艦隊が粛々と北方から降りてきて台湾を包囲・封鎖したら、米海軍は出てくるでしょうか? 出てこないと思います。現在の中露同盟の武器弾薬生産能力は、アメリカをはるかに凌駕しています。中露両国が使用できる核弾頭数も、アメリカの一・五倍です。そんな中露同盟を敵に回して、アメリカが戦争するわけがない。
その時、中国は「日本の自衛隊が出てきたら、日本に核ミサイルを撃ち込むぞ」と核恫喝するでしょうね。僕は以前、CIAの中国部長をやっていた人に、「もし日本の軍隊と中国の軍隊が衝突して、中国が『日本が中国に敵対するのなら、日本に核ミサイルを撃ち込む用意がある』と核恫喝をかけてきたら、アメリカはどうするのですか?」と聞いたことがあります。そうしたら彼はクールな態度で、”That will be the end of Japan” (そうなったら、日本は終わりだ)と言ってました。正直に言ってくれたので、嬉しかったですね (笑) 。アメリカには結構親切な人がいて、仲良くなって一対一で話すと本当のことを教えてくれるんです。僕の親友だった故ボブ・バーネット国務次官補代理も、「米中戦争になったら、アメリカの核の傘は機能しないだろう。アメリカは日本を守るため、核戦争するつもりはないからだ」と教えてくれました。日本の外務省・防衛省・自衛隊の高官たちも、米政府高官と正直に議論できる仲になったら、彼らは「アメリカは、日本のために核戦争なんかやらないよ」と教えてくれると思います。
小幡▼そうなると、日本が生き残るためには自主的な核抑止力を持つしかないと考えるのが自然ですが、アメリカはそれでもやはり日本に核を持たせたくないのでしょうか。
伊藤▼核武装した中朝露・三独裁国に包囲された日本は、、、続きは本誌にて…
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