藤井▼今回は「『過剰医療』の構造──病院文明のニヒリズム」という特集の巻頭座談会ということで、お二人のお医者様にお越しいただいて、過剰医療、そして病院文明の問題についていろいろとお話を伺っていきたいと思います。
お一人目は医師でジャーナリストの森田洋之先生です。森田先生には『クライテリオン』で何度もご執筆、ご登壇いただいております。よろしくお願いします。そしてもう一方が大脇幸志郎先生です。大脇先生は東京大学医学部をご卒業になってからフリーターを二年ほどやられており、それから医師になられたのですね。
大脇▼フリーターの後にも長年いろいろとやっていたので、卒業から医師になるまで十年近くブランクがあります。
藤井▼森田先生のツイッターのアカウント名は「『医療』から暮らしを守る医師」、そして大脇先生のご著書のタイトルは『「健康」から生活をまもる』でして、医師がそんなことを言っているのは非常に面白いですね(笑)。
まずは森田先生から、過剰医療の構造に関する全体的な問題をお話しいただければと思います。
森田▼過剰医療に関しては、僕自身は夕張の体験が非常に大きかったんです。十五年くらい前に夕張市が財政破綻したことで、市内に一つしかなかった総合病院が倒産してしまい、一七一床の病院が一九床にまで減らされました。ある意味、医療崩壊ですよね。僕はそこで医療を実際に提供していたわけですが、行く前の予想としては、医療難民があふれている阿鼻叫喚の状態なのではないかと覚悟していました。しかし、実際に行ってみたら医療難民は全然いないし、他の地域とほとんど変わらない状態でした。データを取ってみても、救急車が半分に減るなどの変化はありましたが、健康被害は全くなかった。そもそも、人口一万人の小さな町に一七一床の総合病院があるのは過剰医療ですよね。
藤井▼その一七一床の病床占有率は高かったのでしょうか。
森田▼満床近くにはなっていたようです。これには理由があって、夕張はものすごい豪雪地帯で、江戸時代はアイヌ人も住んでいなかったぐらい基本的には人が住めないところなんです。なので「越冬入院」というものがありました。つまり、高齢でなかなか買い物とかにも行けなくなるから入院するという「社会的入院」の典型みたいなものですね。
藤井▼治療目的でなくて、宿泊施設のように使っていたということですか。
森田▼よく言えば介護です。
藤井▼越冬入院でも、患者が一割払ったら九割は国が負担するわけですよね。
森田▼そうです。需要と供給の原理で、供給側の利益ばかり追求しても需要がないのではとイメージされると思います。でも、越冬入院に代表されるように、病気ではないのに病名を付けて入院させることができる。つまり、需要をいくらでも作れるわけです。
医療には急性期医療と慢性期医療があって、急性期医療で需要を作り出すことは基本的にできません。ですが、慢性期医療は違います。日本はもうほとんど慢性期医療になっているんです。
藤井▼なるほど。圧倒的な権力を持っている医師がこうだと判断すれば入院しないといけなくなるわけですね。しかも、患者は一割負担だけで九割は全部国が払ってくれて、そして医者は儲かる。苦しむのは行政の財政だけ、というわけですね。
森田▼そうです。当時の夕張の事例では、もともと過剰医療だったところが適正化されたのです。病床は大幅に減ったのですが、その代わりに、在宅医療のような地域医療が展開されるようになったのでちゃんと機能していました。この夕張の事例を経験することで僕は、過剰医療が日本には蔓延していて、しかもこの問題は市場原理では決して解決できないことを感じ取りました。市場の失敗が日本の医療で起きているということです。
藤井▼しかも、介護施設がないからとにかく入院したいと思う高齢者もいるし、医者としてはいわゆる「お客さん」がたくさんいて病床が埋まって、患者は一部負担で国がたくさん払ってくれるから儲かると。何となくウィンウィンに見えるけれど、実はそれによって不要な医療が行われて無駄なお金が使われていると同時に、健康も害されているということすらあり得るわけですよね。
森田▼そういうことです。入院はいろいろな制限がかかりますし、コロナのせいでいまだに病院では患者の面会も外出も制限されています。ですので、入院すること自体がリスクになりがちなんです。
日本は人口当たりの病床数が世界一で、アメリカやイギリスの約五倍もあります。だから、決して夕張を笑えません。数字だけ見れば、日本全体で過剰医療が蔓延していると言っても過言ではないと思います。
藤井▼ここに医者の拝金主義や病院の過剰な商業主義が入っていたり、その背後には日本人の生命至上主義の問題があったり、あるいは大脇先生が書いておられるようにミシェル・フーコーの言う「生権力」や「生政治」に関する現代思想的病理の問題もあったりするわけで、現代医療というのは現代の社会的病理のデパートみたいになっていますよね。
森田▼そうですね。でも、誰も問題視していません。
藤井▼森田先生はこの前お会いした時に「僕はちょっと変わった人間なんだ」と話されていましたよね(笑)。医師なのに医師にとって都合の悪い過剰医療で巨額の利益を上げているという実態を散々に批判されているからだと。それで今回この特集を組むにあたり、「森田先生のような“面白い方”をご紹介いただけないですか」とご相談したところ、大脇先生をご紹介いただいたという次第です。ついてはまずは森田先生から大脇先生をご紹介いただいてから、大脇先生にもぜひお話をお伺いできればと思います。
森田▼大脇先生は東大医学部を出られていますが、医師になるまで十年ぐらいフラフラしていて、ストレートに医師になっていないので一味も二味も違いますよ。噛めば噛むほど味が出る。だって、東大医学部に入って医者にならないなんて頭おかしいじゃないですか(笑)。医師国家試験を受けろよって思いますよね。
大脇▼医師国家試験に一度落ちて、そこでやる気がなくなってフラフラしていたんです。
藤井▼でも、そのフラフラしている時にいろいろな本を読まれて、幅広い角度から医療問題を考えるようになったわけですよね。「生権力」や「生政治」、フーコーを知っている医者なんてほとんどおられないんじゃないでしょうか。ぜひ、どこからでも結構ですのでお話しいただければと思います。
大脇▼実はフラフラすることは大事だなと思っています。医者の世界はすごくクローズドで、身内の論理ばかりになってしまいがちだからです。ほかの世界を見ている人が医療社会に改革を起こすケースは結構あります。たとえば「エビデンスに基づく医学」という言葉を考えたカナダのゴードン・ガイアットという人は、もともと心理学出身でした。ある時思い立って医者になろうとしたのですが、そんな変なキャリアの人間を取ってくれる医学部がなかなかなく、運良く入れたマクマスター大学が革新的な気風のある学校だったので、そういった新しい概念を打ち出すことができたんです。
私はほかの世界を見てきていますが、そういう医者がもっと出てきてほしいと思っていますし、あるいは医師免許を持ってほかの仕事をしているような人に活躍してほしいと思っています。
大脇▼過剰医療の話のとっかかりとして、簡単なデータをまとめてきました。図1は年間の社会保障費の内訳です。年金が六〇兆円、医療が四〇兆円、福祉その他で三〇兆円となっています。この内訳を切り替える小細工みたいなことはやろうと思えばできて、最近では介護保険の例があります。二〇〇〇年に介護保険ができた時、国民医療費から介護保険の費用に移行した分は一見医療費が安くなったように見えました。一緒にしてみたら世界水準並みになります。
藤井▼ということは、介護の費用も入れた本来的な医療費というのは四〇兆以上になる、ということですね…?
大脇▼介護は四〇兆円と別に一三兆円と書かれていますね。社会保障給付費の合計一三四兆円というのはものすごい金額ですが、「医療費」と呼んでいるのはその三分の一ぐらいなので、医療費を減らせば国が助かるのかというと限定的です。それよりも年金の重みの方が大きいんです。これが意味することは深刻で、医療費は医療の無駄を削れば減るかもしれませんが、年金はなかなか減らせません。
年金は高齢化が進むほど増えていくので、社会保障費を減らしたいと本当に思うのであれば高齢者の人数を減らすしかなくなります。これはまさにナチズムそのものです。社会に貢献しない人間は死ねということですから。そういうわけにはいかないので、どの国も似たようなことで苦しんでいるんです。社会保障費が多くて困るというのは、高齢化の問題とほぼイコールであり、世界共通の問題であるということは押さえておきたいと思います。
図2は先ほどの表を縦にしたものです。最近二十年ぐらいは医療費も確かに伸びていますが、それよりも激しい勢いで年金が伸びているように見えます。
図3が国ごとの比較です。枠で囲っているのが日本ですが、そんなに突出しているわけではありません。医療のセクションを見るとアメリカが一四・一で、他の国よりも突出して多い数字です。それに比べれば日本の九・六はまだマシに見えてきます。
アメリカと対極にあるのがイギリスです。イギリスの医療費の部分には七・九とあります。イギリスは医療にケチなことで有名なのですが、とはいえ七・九は使っているわけです。日本では、もっと市場原理を働かせていけば医療の無駄が減らせるんじゃないかという議論が一部にありますが、楽観的すぎると思います。市場原理の資本主義医療をやっているアメリカでは、医療費はむしろ多いわけです。一方、イギリスの医療は全額税金で賄われていて、窓口負担はゼロです。
藤井▼この医療費には公費と社会保険料どちらも入っていて、民間資金は入っていないということですね。
大脇▼そうです。ですので、アメリカは民間でカバーしている分を足すともっと多いのかもしれません。アメリカとイギリスそれぞれに問題はあって、結局どんな体制でも人は文句を言います。アメリカでは、自由主義でやっていたら無保険者がいて困るのでオバマケアを導入しましたし、あるいは医者の裁量が強すぎるために過剰医療をやる医者がいるという理由で、保険会社が「マネージドケア」というルールを作って医者の行動に縛りをかけました。これらは一種の全体主義的なルールと言えます。するとそれが過剰に機能して、結局マネージドケアに縛られてまともな医療ができなくなるという事態が一部で起こっています。マネージドケアの縛り過ぎが嫌な人はもっと保険料の高い保険に入り、選択肢を広げます。
結局、金のある人は高い保険に入って質の高い医療を受け、金のない人は安い保険に入っているので、まともな医療を受けられないことになりました。これは困ったことですが、見方を変えると医療はいい商売になるんです。だからアメリカでは、病院や保険、製薬が主要産業として成長していて、それがこの一四・一という数字に表れている。つまり国民の健康を犠牲にして金を回しているとも言えます。市場原理に振り切るとこうなります。
イギリスでは、全体主義的な医療をやっているので医者が非常に厳しく縛られますし、待ち時間も長くなる。そこで、市場原理を入れればもう少しうまくいくと考えた人たちがいて、内部市場というルールを作り、病院が独立会計でお金を借りたりできるようにしました。すると、借金をして病院を作る動きは盛んになったのですが、結局病院を建てるコンサルタントや土建屋が儲かっただけで、むしろ管理費は上がりました。だから結局、全体主義的医療と市場原理の医療は両立しなくて、その中間をやろうとすると必ず失敗するんです。日本は中間をやって失敗しているケースだと思います。
森田▼どちらもいい面もあれば悪い面もあるということですね。
大脇▼そうです。アメリカは金がなければ医療を受けられないひどい国ですが、薬の値段を上げたことによってアメリカの製薬企業に世界中の金が集まってくるわけです。ただ、その方向を目指したいのかという問題はあります。
恐るべきことに、国ごとの医療費、社会保障費は結構違いますが、どの国でも平均寿命は似たようなもので、だいたい八十代ぐらいです。そのことがまさに、高度な医療があろうとなかろうとそれほど寿命には影響しないことを意味しています。すなわち、今の医療がすでに過剰であることを全世界が証明しているのだと思います。
森田▼アメリカが一四・一という突出した数字を出しているということは、市場に任せれば過剰医療が爆発的に増えて、製薬会社が暴走するということですね。
大脇▼そういうことです。
藤井▼過剰医療問題は、医者や病院の問題と、製薬会社の問題の二つが合わさっているということですね。
大脇▼もう一つ、保険会社もあります。
藤井▼なるほど、保険はその二つからは独立のマーケットですものね。病院、製薬、保険の三つの業界にビジネス主義、拝金主義が入ってきて、人間の命、健康をダシにした巨大マーケットが作られているのがアメリカの実情で、日本もそれにどんどん近づいている、ということですね。ホントおぞましい……。
大脇▼先ほど高齢化の問題に触れましたが、今のところはまだマシだということが図4から読み取れます。社会科の教科書によく出てくる人口ピラミッドですが、高齢者の黒い部分が多くなっています。未来にどうなっていくか見ていくと、今五十歳ぐらいのベビーブーム世代が持ち上がって高齢者になっていくわけです。つまり、支える側の主力が支えられる側に回ります。そしてその時代に、今の七十五歳ぐらいの山が九十歳前後になりますが、長寿の時代ですからまだ生きている方が多いはずです。つまり高齢者の山が二つあるのに、さらに細っている今〇歳から四十歳くらいの人たちが支えないといけない時代がこの先やってくるわけです。
それに比べれば、今はまだ大きい山でもう一つの大きい山を支えることができています。でも、これからはそうはいかないので、社会保障をどうするかは本当に火急の課題だと思います。高齢者の数を減らせというわけにはいかないので、削れる予算から削っていくという妥当な線を探らないといけないわけですが、この事実は前提として押さえるべきだと思います。
では医療費を削りたいとして、どこから考えるべきか。表1を見ると、全体の医療費の中で入院に使っているのが四割ぐらいです。入院医療費のうち、病院が三七・二%で一般診療所が〇・九%です。次に外来で、病院の外来が一四・七%と書いてありますが、だいたい二割だと思ってください。診療所もだいたい二割くらい。薬局調剤医療費が一七・八%とありますが、これは薬代です。だから医療費の内訳を大まかに捉えると、入院四割、病院の外来二割、町医者二割、薬二割です。なので、町医者よりも病院の方が三倍ぐらい責任が重いということになると思います。二〇一六年頃にオプジーボというがん治療薬の値段が高いと話題になりましたが、薬代は実は全体の二割でしかないのであって、病院をどうするかをその三倍ぐらい考えないといけないはずです。ですが実態は、むしろコロナのために病床を確保・拡大しろという話になっている。それはバランスの悪い議論だと思います。
森田▼コロナ前は皆「病床を減らせ」と言っていたのに、全くなかったことになりましたよね。
大脇▼なくなりましたね。それぞれのセクターに無駄が多い部分がいろいろとあります。病床に関してよく言われるのが精神科の長期閉じ込め入院ですね。人権侵害だとして国際的に日本が非難されるほどです。
森田▼精神科の病床数は世界で断トツのトップですよね。オーストラリアの若い男性が日本の精神病院で身体拘束されて亡くなった事件もありましたし。 …
(本誌に続く)
◯座談会参加者紹介
森田 洋之(もりた・ひろゆき)
71年横浜生まれ。一橋大学経済学部卒業後、医師に。北海道夕張市立診療所所長を経て、鹿児島県南九州市川辺町でひらやまのクリニックを開業。南日本ヘルスリサーチラボ代表、日本内科学会認定内科医、日本プライマリ・ケア連合学会指導医。前鹿児島県参与。15年、『破綻からの奇蹟いま夕張市民から学ぶこと』を出版(日本医学ジャーナリスト協会優秀賞受賞)。著書に『日本の医療の不都合な真実 コロナ禍で見えた「世界最高レベルの医療」の裏側』『うらやましい孤独死 自分はどう死ぬ? 家族をどう看取る?』『人は家畜になっても生き残る道を選ぶのか?』など。
大脇 幸志郎(おおわき・こうしろう)
医師・翻訳者。83年大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。出版社勤務、医療情報サイトのニュース編集長を経て医師に。首都圏のクリニックで高齢者の訪問診療業務に携わる。著書に『「健康」から生活をまもる 最新医学と12の迷信』『医者にまかせてはいけない』『運動・減塩はいますぐやめるに限る!』、訳書に『健康禍 人間的医学の終焉と強制的健康主義の台頭』(ペトル・シュクラバーネク著)『悪いがん治療 誤った政策とエビデンスがどのようにがん患者を痛めつけるか』(ヴィナイヤク・プラサード著)『ホノルル ペストの火 一九〇〇年チャイナタウン炎上事件』(ジェイムズ・C・モア著)。
〈編集部より〉
座談会の続きは本誌最新号『表現者クライテリオン2023年11月号』
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「生権力」の問題、アガンベンとジャン・リュック・ナンシーの論争、エビデンスベースを薬剤会社が逆に利用してきた問題、そして最後にはこの状況を解決する方法について論じています。
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