【橋本由美】『カッサンドラの日記』62  米中対立—勢力圏と資源の収奪 「俺のシマに手を出すな」

橋本 由美

橋本 由美

カリブ海と南シナ海

 

 昨年の上演も過激な見せ場の連続で注目を集めたが、今年もトランプ劇場は派手に幕を開けた。年末の12月4日に公表されたNSS (National Security Strategy 国家安全保障戦略) の予告通り、アメリカは西半球を重視したドンロー主義(ドナルド版モンロー主義)に舵を切り、新年の挨拶代わりにベネズエラに軍事作戦を行ってマドゥロ大統領を「拉致」した。理由には国内政治の混乱や麻薬密売などいくつもの罪状を挙げていて、中国が投資している油田の利権だということも認めている。ベネズエラの石油は世界一の埋蔵量を誇るが、粘度の高い超・重質油で質が悪く、精錬に手間がかかるため、アメリカはシェールガスを産出するようになってから手を引いていた。そこに再びインフラ投資をしてアメリカ企業を送り込むという。

 中国の国内産業で使われているエネルギー資源のうち、石油が占める割合は2割にも満たない。輸入先は、ロシア・サウジアラビア・マレーシア・イランなど多くの国に分散していて、ベネズエラの石油が中国の「エネルギー需要全体」に占める割合は僅か0.53%に過ぎない(遠藤誉の計算による)。トランプに奪われても影響はほとんどない。しかし、ベネズエラにとっては中国が最大の石油輸出先だった。中国としては、採掘権を通して国家への影響力を持つことに意味があった。

 アメリカの地図を見ると、カリブ海に面するベネズエラの海岸線は長い。コロンビアとメキシコのカリブ海沿岸とパナマ運河は、カリブ海をアメリカの完全な内海にするトランプ・コロラリー構想に必然だろう。ソ連がキューバを狙い、中国がパナマ運河やベネズエラに足掛かりを作ろうとしたのも、そこに楔を打ち込むためだ。アメリカにとってカリブ海は、中国にとっての南シナ海である。

 太平洋から見ているとカリブ海の価値がよくわからないが、ヨーロッパからは違って見える。もともと大航海時代から地政学的に重要な海域に石油が出た。重質油であってもグリコのおまけよりは価値がある。今回のNSSの構想は、トランプ第一次政権のときから練られていたのかもしれない——アメリカのコロラリーであるべきベネズエラから、中国・ロシア・イランのエネルギーネットワークを締め出さなくてはならない…。

 「西半球」とは、500年前のイスパニアとポルトガルの教皇境界線を思い出させるが、太平洋側の境界線は日本列島の上を通っていて、九州は東半球(ポルトガル領)だったが、本州は西半球になっていた。いまの日本は「西半球」のものと言えなくもない……。

 

ハイテクも気候変動もレアアース頼み

 

 ハイテク産業の興隆がレアアースを急激に武器化させている。高度な科学技術のイノベーションでスマートな社会を提供するという文化的で進歩的な幻想は、当の技術の高度化に不可欠な鉱物資源の争奪戦によって負の側面を露呈した。泥臭い人間の社会は、知性だけで解決する問題ばかりではない。何もないところから富は生まれない。人間は生物であって、有限の物質環境である地球という「お釈迦さまの掌の上」でしか活動できない。

 先進国での技術開発競争の陰には、原料産出国での肉体労働と暴力の争いがある。この十年余りで改めてクローズアップされたのは、資源は戦略物資で、その獲得のための戦略もまた力づくだということである。「理性的な」解決を目指す国際機関は、変動期には役に立たない。

 レアアースは「希土」というくらいで、産地も埋蔵量も限られている。中国はレアアースの埋蔵量や鉱石生産量で、世界で圧倒的なシェアを持つ。中国の鉱石生産量は世界の7割で、埋蔵量は世界の約半分を占める。いまや、スマートフォン、家電製品、医療機器、電気自動車、航空機、宇宙開発、AI、そして何よりも軍事技術にレアアースは欠かせない。日常生活用品からハイテク機器に至るまで殆どのものにレアアースが使われていて、埋蔵量を誇る中国の独壇場だ。トランプ関税への対抗措置にも、高市総理の「存立危機事態」発言への報復にも、中国はレアアースという切り札をチラつかせるだけでいい。

 気候変動対策としての、太陽光パネルや風力発電機などのグリーンエネルギー、電気自動車の世界的な奨励も、中国のレアアース戦略を利する結果になっている。中国国内で使われるエネルギーは、石炭が約半分で石油が約2割である。エコに励む先進諸国にグリーンエネルギーに必要なレアアースを輸出したり脅したりしながら、中国は国内で化石燃料をふんだんに使っている。

 産業が発達し人口が増えれば、エネルギー資源の価値はどんどん高まる。しかしヨーロッパは気候変動対策のためにエネルギー資源を軽視してしまった。ドイツに至っては、化石燃料も原発も拒否したために、ノルドストリームを破壊されて冬を越すにも産業を活性化させるのにも青息吐息である。ダニエル・ヤーギンは「これほど多くの国がカーボンニュートラルというきわめて根本的で、きわめて困難なことを自発的に受け入れているという事実自体が、驚くべきことだ」と言っている。皮肉なことにグリーンエネルギーのためのレアアース採掘の激増で二酸化炭素の排出量が増えている。

 

中国のレアアース武器化戦略

 

 埋蔵量が豊富でも、レアアースはそのままでは使えない。採掘後の精錬の9割以上を握っていることが、中国の決定的な強みとなっている。もともとレアアースの精製技術を持たなかった中国は、レアアース鉱石を先進国に安値で買い叩かれていた。嘗て精製技術は先進国の「機密」扱いで、日本国内でも精錬や加工を行っていた。しかし、レアアースの精錬過程では放射性物質の人体への影響や環境汚染の問題が生じる。それらを抑えるための規制には大きなコストがかかり、日本では70年代から生産を海外に委託するようになった。

 90年代初めから、中国は自国での精製技術の開発に力を入れるようになった。人権意識や環境意識の低い中国では、労働者の放射能汚染からの保護対策や環境規制が先進国に比べてはるかに緩いために、低コストで精製品を供給するようになる。その結果、他国の精製工場は価格競争に負けて、中国独占の状況が続いている。精製技術の開発に号令を掛け、レアアースを武器化したのは、その重要性を見抜いていた鄧小平の長期戦略である(92年の南巡講話)。背負った文明の違いだろうか。鄧小平は自分を自国の長い歴史の通過点と見做したが、トランプは個人の一生で歴史を完結させようとしている。

 中国の長期的戦略は「一帯一路」やAIIB(アジアインフラ投資銀行)で着々と実行されてきた。これらは2013年のAPEC首脳会議で習近平によって提唱されたものだが、2017年に北京で「一帯一路国際協力サミットフォーラム」が開催されて本格的に始動した。このとき以降、中央アジアからアフリカに至る地域で、中国はバキューム吸引をするように資源を漁っている。「一帯一路」の提唱によって、中国の覇権への明確な意思を読み取ったアメリカは、この年を境に警戒感を強めて世界戦略をアジアにシフトしたように見える。

 

世界中の資源を漁る中国

 

 アフリカのコンゴ民主共和国には、現在、欧米や中国の採掘企業が集まっている。とくに中国の投資は大きく、中国企業は現地人労働者を奴隷のように扱って採掘をしている。採掘のための水の需要の増大が農地を潰し、鉱物や廃棄物による土地の汚染、生物多様性などの環境破壊を伴いながら、労働環境の悪い現場で低賃金の労働者の健康被害をもたらしている。2023年に出版された『COBALT RED』(邦訳:『ブラッド・コバルト』)は、死と隣り合わせの凄惨なコバルト採掘現場の実態をレポートしている。危険な労働環境で過酷な奴隷労働に使われる子供たちのありさまはページを繰るのが辛くなるほどだ。落盤現場は、土砂の下に倒れて積み重なった労働者たちを飲み込んだまま放置されている。

 コンゴは不幸な国だ。16世紀からヨーロッパ人に知られていたが、19世紀にはパーム油やゴムや銅の鉱床に目をつけられ、ベルギー国王レオポルド2世の私領となった。レオポルド2世は天然ゴムの採取のために、人口の半分を虐殺したことで知られる。コンゴの鉱物資源は豊富で、亜鉛、スズ、ニッケル、マンガン、タングステン、ゲルマニウム、ウラン、リチウム、金、銀、等々、そして世界の埋蔵量の半分を有するコバルトがある。コバルトもテック産業に欠かせない。

 アフリカの国内紛争には、影響力のあるロシアと中国の武器が使われている。コンゴではヒズボラや武装集団が資金洗浄にコバルトを使う。政権は腐敗している。コンゴは独立したあとも、鉱物資源に恵まれているがゆえに、国民が貧困状態にあるという矛盾に苦しんでいる。資源は収奪されるだけで現地に恩恵は乏しい。

 トランプ政権は、コンゴ民主共和国から中国を排除したい。12月4日にトランプ大統領がコンゴとルワンダの和平合意を仲介したのは、アメリカ企業が採掘事業を行うためである。大統領就任早々から、彼は「資源」への意欲を隠さない。グリーランドの資源を中国のものにしてはいけないという危機感がある。ウクライナ戦争の停戦合意でウクライナの資源を取引材料にするのも、建前抜きで、実に堂々とした資源の要求である。ブラジルのアマゾン川河口に埋蔵する石油、地中海東岸のガザ沖の油田、ロシアの北極海沿岸での液化天然ガスのプロジェクト、世界各地の資源埋蔵地域で地元国家と大国との欲の絡んだ協力や対立が生々しく演じられている。

 

他国の利益は自国の不利益

 

 いままでのアメリカは、ふたつの大洋に挟まれてユーラシアの戦争から守られていた。けれども、いまは、アメリカを凌駕しそうな力を持つ中国という大国が太平洋から迫ろうとしている。西半球というシマを守るには、軍事的・地政学的に重要なカリブ海から、今のうちに中国やロシアの影響を排除しなければならない。ロシアは覇権的ではないが、中国は覇権的である。大西洋はアメリカにとって危険ではないが、太平洋は危険になった。

 国家は生物と同じで自己保存のために行動するとミアシャイマーは言う。生存競争においては、往々にして、他者の利益は自分の不利益になる。自国で世界の7割のレアアースを占有している中国が、以前から南鳥島のあたりに出没しているのは、単に「強欲」というのではない。初期探査のために「ちきゅう」が出港したばかりで、世界でも前例のない深海の作業は高度な技術を必要として成功するかどうかもまだわからないのに、中国の艦艇が南鳥島の海域にやって来てうろつくのは、日本の利益が中国にとって不利益になるからである。中国は、西太平洋を自国の勢力圏だと考えている。日本の「軍備増強」「核保有」をヒステリックに牽制し続けるのも、それが中国にとって不利益だからである。

 高市総理の「存立危機事態」発言に対する過剰なまでの反発も同様だろう。日本国内で発言に批判的な意見もあるが、「存立危機事態」を明確にしたこと自体が、結果的に抑止力として働いた可能性がある。抑止力というのは、相手に認識させなければ意味がない。中国の過剰反応は、それが現時点でのアキレス腱であることを証明している。

 レアアースがここまで日常の生活用品にまで浸透してしまうと、経済や軍事に関わるだけに、この流れを止めることはできないだろう。国家が生き残るために、ますます資源の武器化や獲得競争は過熱する。2010年の尖閣での海上保安庁巡視船衝突事件では、レアアースが切り札になることを知らしめた。2025年に中国は、トランプ関税や半導体関係で何度もアメリカにカードを切っている。中国にこれ以上資源収奪をさせては危険だという緊急性がアメリカのNSSに反映し、ベネズエラ、コンゴ、グリーランドなどへの介入を急がせたように見える。

 インドのモディ首相の「グローバルサプライチェーンはコストだけにもとづくべきではない。信頼にもとづくべきだ」という言葉が、中国によって「レアアースの武器化」の現状があからさまになったいま、各国で重みをもって受け止められている。サプライチェーンの多角化だけでなく、国内での精錬・精製・加工技術の継承や、レアアースフリー技術の開発によって中国依存を減らす必要がある。相当に困難な挑戦であっても、日本の製造業も高市政権も、すでにその必要性を理解しているはずだ。技術を手放してはいけない。技術や戦略に文明の違いがあるとすれば、日本の製造業はまだ潜在力を失っていない…と、信じる。

 

午年は荒れそうだ

 

 富を持つ者は、自分より多くの富を持つ者を見る。トランプ政権は「他国に自国の富が奪われている」と思っている。他国が享受している富を、本来自国が得るべきものだと考えている。この発想そのものがルサンチマンであり、アメリカの衰退の表れだろう。「富が収奪されている」とアメリカに意識させたのは、中国の覇権獲得への意思の強さである。プーチンも習近平もトランプもみんな年金受給開始年齢を超えている。トランプは今年6月に80歳の誕生日を迎える。彼らの持ち時間は少ない。

 

https://grici.or.jp/7052  「トランプのベネズエラ攻撃で習近平が困るのか? 中国エネルギー源全体のベネズエラ石油依存度は0.53%」遠藤誉

『新しい世界の資源地図』ダニエル・ヤーギン著  黒輪篤嗣 訳 /東洋経済新報社 2022

『ブラッド・コバルト』シッダルダ・カラ著 夏目大訳 /大和書房 2025

『週刊東洋経済』 2025.11.15号(特集:レアアースショック)

日本経済新聞  2026.1.6 掲載 The Economist「米、コンゴ民主で鉱物開発の野望」

 

橋本由美


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