【柴山桂太】水道民営化の罠

柴山桂太

柴山桂太 (京都大学大学院准教授)

水道法改正案が国会で可決される見通しと報じられています。平成改革はいよいよ「水」という国民生活の根幹部分に達することになりました。

中身を見てみると、水道事業の広域化を進めるとしている部分はいいとしても、懸念されるのはやはり「民営化」に関わる部分です。

(所有権は公共団体に残して運営権のみを企業に売却する方式なので、厳密には「民営化」ではないという指摘もありますが、ここでは広義の「民営化」と捉えます。)

水道事業の「民営化」は、安倍政権の産業競争力会議や未来投資会議で盛んに提唱されてきたものです。日本の水道事業の料金収入は2兆7千億円(2014年度)と巨額ですので、「民営化」が認められればたくさんの民間企業、特に水メジャーと呼ばれる外資が参入してくるでしょう。

日本の水道事業が老朽化や設備更新費用の不足などの問題を抱えているのは確かです。災害によるインフラ断絶リスクも、他所に比べて高い。こうした問題が「民営化」によって解決に向かうのか。諸外国の事例を見る限り、とてもそうは思えません。

先行する欧州では、水道「民営化」の失敗事例が相次いでいます。水道料金の値上げや水質の悪化、財務の不透明化への市民の反発が高まり、再公営化に切り替えているところも増えています。

特に批判が集中しているのが、「民営化」されると経営がブラックボックス化してしまうという点です。水道料金が値上げされる場合でも、なぜ値上げが必要なのかが不透明になる。しかもいったん民間委託されると契約は長期に及ぶので、途中の変化に柔軟に対応できなくなるおそれがあります。

そのため再公営化に切り替える事例もあとを立たないわけですが、驚くべきことに政府の答弁では、再公営化の事例をわずか3件しか調べていないとのこと。あまりに楽観的な見通しと言わざるを得ないでしょう。
http://urx3.nu/OaMi

では「民営化」を再公営化に切り替えた事例はどれくらいあるのか。下記の記事によると、水道再公営化の事例は235件。いろいろ調べると、もっと多い数字も出てきます。
http://urx3.nu/OaLB

先行事例の教訓として重要なのは、いったん民営化してしまうと、元に戻すのは容易ではないということです。委託を受けた民間事業者から、逸失利益の補償をもとめて訴訟を起こされるケースもあり、例えばアメリカ・インディアナポリスでは20年の契約を10年早く解消するために、フランスのヴェオリア社に2900万ドルを支払わなければなりませんでした。

しかも最近の投資協定にはISDSなど「投資家の権利保護」をうたった条項が含まれているという点にも注意しなければなりません。民営化された水道事業を再公営化した場合、事業を委託されていた外国企業は、日本の司法を飛び越えて提訴できるわけです。

外資が一概に悪いとは言えません。しかし、諸外国にたくさんの失敗事例があり、そのほとんどに巨大水企業が絡んでいるという事実がある以上、国民から警戒の声があがるのは当然のことと言わなければなりません。

「民営化」の本家本元の英国では、最近、公共サービスの運営に民間資本を導入するPFI(プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)を見直す機運が高まっています。民間資本を導入すると短期的には財政が助かるが、長期的に見ると費用がかさんでしまうため、かえって財政に負担が掛かるという批判が続出しているのです。

もちろん国によって事情が違うため、英国の事例をそのまま日本に当てはめることはできないのは言うまでもないことです。ただ、「民営化」が必ずしも経済を効率化せず、民間資本の導入が(予期せぬ費用を増やして)結果的に財政負担を大きくする事例があるということは、これからPFI方式を導入しようと意気込んでいる日本にとっても、無視できないものであるはずです。

諸外国にお手本を探すというなら、むしろ再公営化によって事業を立て直した事例に注目した方がよいように思えます。例えば以下の報告書では、「民営化」された公共サービスを再び公共の管理下において事業再生した事例が豊富に紹介されています。
http://qq1q.biz/OaRz

興味深いのは、「民営化」と「再公営化」の対立が、かつての右派と左派の対立軸では説明できないという指摘です。欧州の場合、緊縮財政による支出カットという上からの方針に対して、地方の側が左右の党派を超えて連携し、再公営化しようとする動きが強まっている。同様の動きはこれから他の地域でも見られることになるでしょう。

勢い込んで「民営化」を進めても、いずれ必ず反発が起きて再公営化に戻ろうとする圧力が強まるというのが、世界の趨勢です。そうであるなら、最初から「民営化」を選ばず、公営を維持したまま事態に対処する道を探した方が、よほど「費用」が少なくて済むのではないでしょうか。

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