【大場一央】本来の「中道」の意味とは

表現者クライテリオン事務局 (規準社)

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「中道」とは単なる「真ん中」ではない?

「中道改革連合」の分裂・消滅が話題になるなど、昨今「中道」という言葉を耳にする機会が増えました。しかし、本来の「中道」とはどのような意味なのでしょうか。

今回、大場一央先生をお招きし、「中道」や「中庸」という言葉の歴史的意味、そして現代人が陥りがちな「言葉の誤解」と「学問の基礎」について語っていただきました。

「中道」の誤解と、私たちが古典に学ぶべき理由

1. 世間の「中道」と、本来の「道に中する」生き方

現代の政治や社会で「中道」と言うと、右と左の意見のどちらにも偏らず「足して2で割る」ような立ち位置や、リベラルに近い概念として使われがちです。しかし、こうした「左右の真ん中を取っておけばうまくいく」という姿勢では、人間や国家の普遍的な本質へアプローチする視点が失われてしまいます。

この言葉が最も古く現れるとされる『論語』では、「中道にして廃す」すなわち「道の途中で諦めてしまう」という途上を意味する言葉でした。これが『孟子』の時代になると、思想的な深みを持つようになります。「道に中(あ)たる」における「中」とは、「的中」のような動詞の意味になります。

人間が社会で生きていく中で、他者と協力し良好な人間関係(人倫)を築いて最も良い生き方を目指すとき、そこには自然と「最適で合理的なルート(道)」が存在します。その「道」にぴったりと適合し、自分に与えられた立場と役割を果たして生き切ることこそが、本来の「中道(道に中する)」の意味なのです。

2. 「中庸」とは、己の「偏り(バイアス)」を自覚する態度

また、「中道」と混同されやすい「中庸」という言葉ですが、「中」は偏らないこと、「庸」は普遍的(常)であることを意味します。

私たちは誰もが、生まれ育った環境や時代から無意識に影響(バイアス)を受けています。そして、その偏った見方を「これが私の意見だ」「これが私のアイデンティティだ」と信じ込んでしまいがちです。

「中庸」とは、単に無難な真ん中を選ぶことではありません。「自分の見方には必ず偏りがある」と自覚した上で、時代や環境を超えた普遍的な「物事の本質」を探求し続ける心の姿勢・態度のことなのです。

3. 言葉の「勝手なイメージ」が対話を拒絶する

大場先生は、現代社会において「言葉がまったく通じ合わない状態」が増えていることに強い危機感を呈されています。

たとえば、「人間関係における倫理」や「立場に応じた自分らしさ」という言葉を出すと、内容を吟味することなく「旧態依然とした型の押し付けだ」「性差の強制だ」と反射的に怒り出したり、噛み合わない批判をしてしまう人がいます。

しかし、本来の「倫理」や「規範」とは、上から押し付けられる枠組みではありません。与えられた立場の中で他者と良好な関係(居場所)を作り、自ら再生産し更新していくものです。

自分の思い込み(バイアス)で相手の言葉を判断し、反射的に怒るような姿勢は、いくら本を読んでも「学問」とは言えません。

4. 文字・古典と向き合い「他者と分かり合う訓練」へ

本当の「学問」とは、自分の生まれ持ったバイアスを反省し、他者の言葉や考えを受け止めながら、お互いの思考を共有して自分自身を明らかにしていく作業です。

四書(『論語』『孟子』『大学』『中庸』)などの古典に向き合い、漢字一文字・一語一語の意味や文脈を丁寧に読み解くことは、言葉のイメージを全員で共有し、他者と真に分かり合うための基礎訓練にほかなりません。

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『表現者クライテリオン』編集部


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