『カッサンドラの日記』77 日米同盟解消の現実性──アメリカ保守系シンクタンクの報告を読む

橋本 由美

橋本 由美

『カッサンドラの日記』77

日米同盟解消の現実性

アメリカ保守系シンクタンクの報告を読む

橋本 由美

アメリカの保守系シンクタンクによるレポートが波紋を呼んでいる。台湾有事における不介入、日米同盟の解消と日本の自主防衛への移行──。
同盟関係をシビアな「損得勘定」で測るその提言は、アメリカの覇権後退と、兵器技術の進化がもたらす新たな軍事戦略の現実を冷酷に突きつける。庇護者に見捨てられる可能性が現実味を帯びる中、我々は「日米安保」以後の生存戦略をどう描くべきか。

アメリカの保守系シンクタンクによるレポート

アメリカで、日米同盟の終了が公に議論され始めたようだ。ワシントンでの米中首脳会談を2週間後に控えた9月10日、アメリカの保守系シンクタンク『Defense Priorities』に「A Second Island Chain Strategy For Asia(アジアの第二列島線戦略)」という論文がトップ記事として掲載された。著者はディフェンス・プライオリティーズのシニア・フェロー兼軍事分析部長のJennifer Kavanagh(ジェニファー・カヴァナー)という女性研究者で、ミシガン大学で政治学のPh.Dを取得した後、ランド研究所を経て、現在ジョージタウン大学で教えている人物である。発表当初から、アメリカのアジア安全保障関係者や関連する在米邦人の間で話題になっているという。(記事全文:A second island chain strategy for Asia – Defense Priorities)

5つのKEY POINTS

30ページを超える長い論文であるが、その冒頭で、今後アメリカが採るべきアジア戦略についての概要を次の5つにまとめている。

1.米国が、アジアにおいて軍事力で守る価値のある重要な国益は、二つある。第一に米国本土の防衛であり、第二に主要な経済市場と貿易ルートの確保である。第一に関しては前線に軍事展開をする必要は殆どない。一方で、第二については米国の利益を脅かす事態に備えるため、適度な空軍力と海軍力を維持することは有益である。

2.米軍の関与と戦力の展開を、脆弱な第一列島線から、より防御し易い第二列島線へ移行することで、軍事力(コスト)を削減し、対中戦争へのリスクを軽減しながら、米国の利益を維持することができるだろう。

3.米国はこの地域における防衛上の関与を縮小すべきである。台湾については明確な非介入の立場へ転換し、韓国、オーストラリア、フィリピン、日本との相互防衛同盟を解消し、その代わりに、より限定的で柔軟な安全保障パートナーシップを交渉するべきである。これに応じて、米軍の態勢も変化すべきである。

4.米国は、アジアに展開している陸軍と海兵隊の大部分を撤収させ、空軍力と海軍力を大幅に削減すべきである。残る米軍部隊には、中国の沿岸部からより離れた生存可能な基地に整理・集約して、米国の経済的利益を確保し、太平洋地域に関与し続けることを示す任務に就かせる。

5.米国は、自国の意図を明確にした計画を示して、同盟国及び中国と慎重に意思の疎通を図るべきである。変更は、3年から8年の期間に段階的に実施し、2030年までに大部分の変更を完了させ、2035年までにすべての変更を最終的に決定すべきである。

【 第一、第二、第三列島線 】

列島線の地図

the three islands chain (“Defense Priorities”による)

以上の提案は、あくまでも一研究者による意見表明であって、現時点でのアメリカのアジア戦略を決定するものではない。しかし、トランプ以降の政権を共和党が維持するならば、後継者として有力なヴァンス副大統領の「国益」の考えと矛盾するものではなく、「5」に挙げた2035までのタイムスケジュールは、次期政権を意識したものと考えられる。次期大統領2期の任期は2029年から実質上2036年末となる。以下、日本近海についての内容の一部を紹介する。

オーストラリア・韓国・フィリピンは切り捨てる 台湾も護らない

オーストラリアは、中国本土からの距離があるために、アメリカ軍が関与する緊急性は低い。韓国には、いくらかの諜報関係の人員を残すことは可能だが、恒久的な軍事基地は必要ない。最早、韓国を核の傘でカバーすることはないが、核搭載の潜水艦(SSBN)がたまに立ち寄ることは可能である。フィリピンにおける実弾演習のベースキャンプも撤収すべきである。自国の領土を守るためと、本国から何千マイルも離れた場合とでは、武器使用の価値が異なる。

カヴァナー氏は、台湾もアメリカにとって死活的に重要な利益ではないと明言している。万が一の台湾有事の想定においても、アメリカは曖昧戦略を採らず、不介入政策に置き換えるべきだとして、駐台米軍基地の撤収を提言している。

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アメリカにとって台湾の価値は「半導体」である。台湾製の高性能半導体は、確かにアメリカにとって重要である。しかし、台湾が中国の支配下になってアメリカへの供給が途絶えたとしても、混乱は一時的なもので、台湾を除いたサプライチェーンの再構築は可能であり克服できるという。しばらくは、韓国の記憶装置や、日本のイメージセンサーや製造技術などの代替に依存することになるが、半導体設計におけるアメリカの優位性は変わらず、政府は半導体製造の国内回帰を推進するようになるだろうという。2025年のTSMCのアメリカへの工場移転の一件は、これに関係している。

台湾と中国では、国家としての持久力の差が歴然としている。有事の際に法外なコストをかけて台湾を守ることが、アメリカにとってどれだけの利益があるかは疑問である。「損得勘定」をすれば、曖昧戦術をやめて、中国との対決を避ける姿勢を明確にすべきである。以上が、台湾に関するカヴァナー氏の意見である。

限られたリソースの中で、国益に寄与する価値とそれにかかるコストを天秤に掛けて、最終的に軍事基地を放棄するかどうかを判断し、現在締結している東アジアでの安全保障のための相互防衛同盟を解消し、新たな関係に移行すべきであるという。このような分析をすること自体が、アメリカの国力が衰退した証拠であって、第一列島線の放棄である。

日本に対する微妙な態度 「完全には切り捨てない」

第一列島線を第二列島線まで後退させるに当たって、「オーストラリア・韓国・フィリピンに対する責任は、すぐにも放棄できるが、日本については少し異なる。……日本は、完全には切り捨てない」というのが、このレポートの最も微妙で重要な点である。カヴァナー氏によれば、次のようになる。

日本は、この地域の安定において最も重要なプレイヤーであるが、東アジアにおけるアメリカの国益という点では、相互防衛同盟のような正式な同盟は必要ではない。日本のナショナリズムと過去の歴史から推測して、日本が中国の属国になるつもりはなさそうではあるが、日本が中国の勢力圏に入らないように「ほどほどの」コストをかけることは、アメリカのヘッジとしての価値はある。時間をかけてアメリカの関与を縮小しながら広範で長期的な安全保障関係をもつべきである。

アメリカから地理的に離れたこの地域において、日本が中国支配を避けるためのバランスを保つことは、アメリカの国益にかなう。しかし、尖閣のような岩礁には、アメリカがコストをかける価値はない。日本のような豊かな国が自国の防衛費を負担しないような防衛条約(日米安全保障条約)は、双方の国益にとって逆効果である。

アメリカの関与の縮小にどのように対処するかは、日本にとっては重大な懸念であるだろう。ここでは2つの仮説がある。ひとつは日本が中国に対してより強力な対抗措置をもって均衡を保とうとする場合の防衛力への投資(これには核兵器の保有も含まれる)と他の国々との連携の確立である。もうひとつは、中国の属国となることを受け入れることである。この問題には、日本の憲法上の制約も関係する。

アメリカの理想としては、日本が中国の属国にはならず地域の均衡を保つように支援しながら、徐々にその支援を縮小していくことである。日本自身がより強くなることで、中国の属国になる可能性は減少する(結果として、日米双方の利益になる)。そうなれば、アメリカは紛争時の武器や情報を提供する長期的な防衛協定で充分になる。

北日本と東日本の沿岸に、兵站と諜報のための少数の人員と対潜水艦能力、少人数の空海軍の交替要員として多少の米軍を配備することは、長期的にはメリットがあるだろう。但し、台湾を放棄したら、沖縄への駐留は不要になる。ペンタゴンにとって、沖縄は台湾に関して重要なのであって、日本のための駐留ではない。

2035年までに、日本を自主防衛に移行させるべきである。但し、日本での米軍の(基地としてではなく)ローテーションによる多少の関与の継続は、アメリカにとって長期的な利益となる。以上が、カヴァナー氏の日本への対応についての見解である。

アメリカの本音

ざっと読んだだけでも、アメリカの本音が滲み出たレポートである。「アジアにはもうお金をかけたくないが、中国に完全に手渡すのは癪に障る。おいしい部分はキープしておきたい。韓国もフィリピンも無価値である。AIに不可欠な高性能半導体が自国で生産できるようになれば、台湾も不要になる。台湾を放棄すれば、沖縄も必要ない。この地域で最も価値があるのは、国力(経済力・技術力)と地政学的な位置を占める日本であるから、日本にだけはアメリカの関与する余地を残さなくてはならない。」……アメリカ人のアジア諸国や日本に対する考えが、如実に窺える。

随分と勝手な言い分であるが、これはあくまでも共和党保守の一人の研究者の見解であって、共和党左派や民主党の考えがどのようなものかは不明である。しかし、先にも述べたように、アメリカ政治のタイムテーブルは大統領任期に沿ったもので、中国の国力とアジア地域の支配への意思を考慮すると、まったく無視できるものではないだろう。

このようなレポートが発表されなくても、アメリカの身勝手は十分予測できた。朝鮮戦争以降に世界で起きた戦争や紛争は、ほとんどすべてアメリカが起こしたもので、しかも「負け戦」の放棄で終わっている。ベトナム戦争、ラオス内戦、ドミニカ占領、カンボジア内戦、グレナダ侵攻、リビア爆撃、パナマ侵攻、湾岸戦争、ソマリア内戦、ボスニア・ヘルツェゴビナの紛争、ハイチ介入、コソボ空爆、アフガニスタン紛争、イラク戦争、継続中のウクライナ戦争とイラン戦争、等々、戦争を起こしては、結局放棄している。台湾問題で、日本は利用されないように気をつけなければいけない。(アメリカには、「白人圏」という深層意識があるように思われるが、ここでは論じない。)

技術は戦略を無効にする

アメリカが第一列島線から撤退することを計画しているのは、中国との不要な摩擦を避けて戦争を回避するというだけではないような気がする。それは、戦争の形態がこの数年で一気に何段階もギアアップしたことにも関係があるのではないだろうか。いままでも大規模な戦争のたびに、戦闘方法が進化した。大航海時代以降、オランダやイギリスの覇権は要衝に海軍基地を敷設していくことだった。第二次大戦で大きく変わったのは、空軍力である。基地には、ミサイルを発射し戦闘機を発着させるプラットフォームとしての役割が加わった。可動基地としての空母や核弾頭ミサイル搭載潜水艦の母港としての役割もある。

近代以降の「大戦」では、クリミア戦争では通信技術や互換性部品による兵器の標準化と量産、第一次大戦では戦車、第二次大戦では戦闘機と核兵器という、従来の戦略を無効にする新技術が登場した。革新的な新兵器の出現を伴うレベルの戦争が「大戦」であるならば、現在は「第三次世界大戦」の最中といえる。ウクライナ戦争以来、戦闘方法が大きく変わり、そこにはドローンや認知戦などの、コンピュータ・テクノロジーの飛躍的な発展がある。

指数関数的な発展を遂げるテック産業によって、戦闘の無人化、遠隔化、時間の短縮が可能になり、AIによる自立兵器や衛星の利用も加速して、シギント(通信傍受)とオシント(公開情報)による情報量が格段に増加した。ヒューミント(スパイ活動)は依然として必要であるが、軍事拠点の規模は大幅に縮小できる。生存権の確保として押さえておくべき要衝は第二列島線になり、攻撃や戦闘という目的に限れば、必ずしも第一列島線のプラットフォームは重要ではなくなった。シーレーンによる経済市場を確保できる程度の軍事力があれば、「本国から遠く離れた前線」での軍事基地はある程度縮小できる。

「日米安保同盟」以後の生存戦略

以上が、東アジアにおけるアメリカの立場であるが、アメリカがどうであれ、この地域から離れられない日本は、自国の防衛をどのように構築するかが急務であることは間違いない。アメリカが、日米同盟を解消したいというのであれば、日本の独立には寧ろ好都合である。しかし、自ら独立を選ぶことがないまま長年現状に甘んじていた結果、庇護者に捨てられて慌てるのでは情けない。80年前には、日本に米軍はいなかった。日本の防衛は、日本人が自ら考えていたはずである。自分で考えるということをしなくなった80年の間に、日本に米軍基地があることは「当たり前」になってしまった。まず、そこから脱皮しなくてはならない。

私を含めて、いまの日本人は戦争を知らない。日本人にとって戦争と言えば、80年前の戦争であり、反戦運動でさえ第二次大戦の記憶に縛られたままである。しかし、日本が戦場にならなかっただけで、朝鮮戦争以来、世界では数えきれないほどの戦争があり、難民が生まれている。日本は、米軍基地によって「無戦闘空間」を与えられたことで、80年の「平和」を享受することが出来、経済的利益だけを追求することができたのである。その間でも、世界では戦争は「現実」であり「日常」であり、しかも「進化」している。

日本が、まず手をつけなくてはならないのは、自立のための国民の意識変革であり、そのための「教育」も必要だろう。国家と国民の生存のために必要な教育は、初等教育での英会話やAIではない。最低限必要なのは、国語や算数の基礎学力で、そこに貴重な教育財源を振り向けるべきである。

教育についてここでは深入りしないが、日本周辺の力関係の劇的な変化の中で国家を生存させるためには、人材(特にエンジニア)が必要だということは確実である。高齢化や人手不足や社会インフラの老朽化、近年頻発する激甚災害など喫緊の課題が多過ぎて、成果が遅れてやってくる教育は後回しにされてしまう。それでも、国を造るのは国民しかいない。移民が日本を造るのではない。

複雑になった世界方程式 日本の能力を信じよう

カヴァナー氏の仮説では、日本がアメリカから徐々に離脱して、自主防衛能力をもつ可能性を否定していない。少なくとも局地戦においては、自立できるだけの能力を認めているといえる。能力があるからこそ、アメリカは日本を完全に放棄したくないとも言えるのである。

カヴァナー・レポートの発表は米中首脳会談の2週間前であるから、トランプ政権内部で読まれていたはずである。中国側でも、当然確認しているだろう。特に台湾についての言及には、中国は興味をもったに違いない。共同宣言での「米中両国は、第二次大戦を共に戦った同盟国」というトランプ大統領の発言は、台湾を大いに刺激し反発させた。第二次大戦の連合国は「中華民国」であって、戦後1949年に始まった共産党政権ではない。しかし、この発言は、トランプ氏の失言や教養のなさによるものではない。国民党政権と中国共産党政権を「敢えて」同一視することによって、「ひとつの中国」の肯定という、アメリカが中国に送ったサインなのだろう。

このレポートが観測気球であったとしても、アメリカが既に東アジアから手を引こうとしていることは確かだと思われる。米中会談直前の高市首相の緊急訪米は、日本の足掻きと焦りを世界に晒しただけだった。「アメリカに釘を刺した」と評価する日本のメディア報道は、現実を直視したくないという国民の自慰的逃避の反映である。

第二次大戦のような大規模な世界戦争の可能性は低くなっている。核保有国同士の大規模な戦闘が人類滅亡を意味することを世界は理解している。これからの戦争は、複数の地域戦が同時並行で行われ、衛星国や同盟国がバックパッシングとして大国に利用されるのだろう。いま、日・露は米・中に利用される立場にある。日本にとっては、キッシンジャーの如く中露の連携を断ち切る策が必須だろう。中露を連携させてしまった欧・米は愚かだった。

民主制は効率が悪い。タイムテーブルは選挙で区切られている。選挙に勝つために短期的な成果が求められることで、権威主義国家のような長期計画は立てにくい。トランプ氏でなくても、突然の変更や裏切りは珍しくなく、世界の予測や期待は何度も覆されてきた。それでも、日本はアメリカの底流にある本音を自覚しておくべきだろう。日本が民主制を維持したいのならば、国民自らが賢くならなければいけない。怠惰な民主制は国を亡ぼす。

米中露に日独印、更に資源国というプレイヤーが絡まって、世界の方程式は恐ろしく複雑になって来た。

おまけ(ドナルド・ダックになったトランプの行進 AI動画 LAKE AMERICA)

https://x.com/JonCovering/status/2093333082674016306… by Jon Covering

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