改題第7号(通巻第85号) 読者からの手紙

改元にあたって

 小林秀雄は、昭和を代表する文芸批評家ですが、彼の講演した内容をまとめた作品『学生との対話』には、このような印象深い部分があります。


(質疑応答)
学生:僕たちの天皇に対する接し方と申しますか、おつきあいの仕方というものはどうすればよいのでしょうか。
小林:誰に対する?
学生:あの、天皇です。
小林:天皇?
学生:はい。
小林:ああ、君はどうして、そういう抽象的な言葉を出すかな。君は天皇というものについて、関心がある?天皇制がどうだとか、民衆意識がどうだとか、そういうことに僕は答える興味がないんだよ。というのはね、君は心の底からそういうことに関心があるわけではないからなのだ。

 おそらく質問者の学生は、講演内容やそれまでの質疑応答からなる脈絡をほとんど考えずに、ただ漠然と天皇について聞いてしまったのでしょう。それに対して、小林は学生をたしなめているわけですが、その後、自身の体験を語り始めました。
 ある時、小林が皇居を訪れた時のことです。そこで、皇居を設計した大工さんと遭遇し、会話した際に、陛下についての話題になったといいます。小林は、鴨が好きだといったら、大工さんは、新嘗祭で鴨のお雑炊が振舞われるから、招待しようといわれたそうです。そういう経験を通して、小林は陛下について親しみを感じるようになったといいます。
 そして、今でいうインテリ風な言い方で、やれ天皇制がどうだとか、やれ政治との関わりがどうだとか、そういう方面から皇室を論じてはいけないと、警句を発しています。
 要するに、天皇について私たちがなすべきことは、知識や論理をもって何か意見を考えることではなく、昔ながらの日本人が持っていた陛下への親しみを思い起こせばよいというのです。

 さて、今月から令和に改元したわけですが、私の体験談を語ってみたく思います。
 私は実のところ、改元を機に、皇統についてこれといった考えを持つなんてことはありませんでした。お恥ずかしながら、御代替りの儀式などはテレビで少し垣間見た程度で、基本的にはこの大型連休を楽しむ、というのが私の振舞い方でした。
 ただし、中学生の妹とある面白い体験をしました。妹と一緒に新聞を眺めていたとき、新しい天皇陛下をはじめ、皇室の方々の役柄がどのように改まったのか、特集しているページがあったのですが、妹はそれに興味を示しました。「皇后ってどういうことをするの?」あるいは、「この人の仕事はなに?」といった、素朴な質問を聞いてきました。私や母は、これに答えたわけですが、これこそは日本人であるために必要な経験だな、とふと感じたのです。
 というのも、私が天皇陛下について知ったときも、似たような経験を通じてであったことを思い出したのです。両親からか、祖父母からかは忘れましたが、「この人が日本で一番偉い人だよ。」ということを幼い頃ですが、教えてもらったのを覚えています。そうやって、日本人は陛下について、皇室について認識するのだろうと思います。

 ともすると、保守主義は、「伝統を守るべきである、皇統は最高峰の伝統である、したがって、皇統を護持しなくてはならない。」こういった論理のもと、いろいろな言説を繰り広げる場合があります。確かに、そういったことも必要だと私は思います。
 しかし、私たち庶民が、インテリ風にああだこうだ言ったところで、あまり仕方がないのでしょう。むしろ、知識や論理に振り回されて、足元を見失うようなことがあってはいけないと思います。
 大事なのは、私たちの国は今もなお天皇陛下によって平定されているのだ、という生活感情であり、それを育む身近なコミュニケーションであるということです。小林の警句は、現代もなお有効であると言えそうです。

投稿者 : 

  • 佐俣宏明(神奈川県、22歳)

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