今年の冬になって、マイク・サヴィジらによる研究をまとめた書籍の邦訳『7つの階級』が出版されました。これは、21世紀の英国における階級社会の有りようと、その原因の分析を試みるものです。
言うまでもなく、ここ30年にわたって英国人の経済的格差は拡大したということ、そして、その主因は新自由主義にもとづいた市場原理を適用する政策であったことに言及しています。
サヴィジの研究において興味深いのは、英国人の間での階級意識が希薄になっているという傾向でした。階級調査の中で、国民は自分たちがいずれかの階級に属しているということを認めたがらなかったのです。
その原因は、国民一人ひとりの所得水準や社会的地位は本人の能力に見合うものであるべきだという、能力主義の蔓延にあるとサヴィジは示唆しています。大多数のイギリス人が、自分の地位を自分の能力の結果だと思い込み、生まれ育った環境などの外部要因、つまり階級的な要因を考慮しなくなっているというのです。
したがって、ほとんどの国民は所得の高低に関わらず、自分が中間層であるという見方を示したといいます。自分はどこか特別な家系に生まれたわけではないし、だいたい皆と同じくらい努力してきた者だという認識があれば、そのような見方をするのは自然なのでしょう。
ところで、ブレグジットに見られるように、現在のイギリス含む諸外国では、グローバリゼーションに対する反発が起きているといいます。これは『大転換』を著したポラニーに言わせれば、自己調整市場に対する社会防衛が発動したということなのでしょう。
ポラニーを読めば、階級闘争とは、単なる上下の勢力争いなどではなく、自由市場と社会防衛の競り合いあったことが分かります。
一方では、商業階級や中産階級のような自由市場の確立を信奉する層が自由市場を拡大しようとしたといいます。他方では、労働階級のような低所得層や貴族・地主階級のように伝統的な制度を保守したがる層は社会防衛の側に立ったというのです。
このように、19世紀の社会防衛においては、階級的紐帯が社会全体の利益を調整する代理としての機能を果たしていたわけですが、21世紀においてはどうでしょうか。
サヴィジの調査からわかるように、21世紀の労働者たちは労働階級としての自覚を持ちたがらなくなっています。残念なことに、所得の低い層に近づくほど、階級的な仲間意識は薄れていくといいます。能力主義が蔓延したために、自分たちが能力の低い人間だと認めることを嫌がり、また自分より所得の低い人間を見付けては努力不足だと蔑視しているというのです。
また、19世紀に比べて伝統的な制度も枯渇してきているため、現在の富裕層においても社会防衛を行う動機は少なくなっていると考えられます。したがって、21世紀の社会防衛は、19世紀のような形では起きえないのでしょう。
実際、ブレグジットは国民全体を巻き込んで初めて発動した社会防衛であって、離脱側に立った人々はスコットランドなどを除いてあちこちに分散していて、一つの階級を形成しているようには思えません。
サヴィジによれば、格差是正を実現するにあたり、平等主義の思想を政治的に盛り上げること、あるいは新しい文化的な階級を創造することに期待するといいます。いずれにしても、長い時間がかかると予想されます。
現代において社会防衛を担う人々がどのような階級として姿を現すかはともかく、そのために必要なことは、まず能力主義の思想を後退させることでしょう。この思想が支配的である限り、国民の間で何らかの紐帯をつくり出そうとする動機は起こり難いように思います。にも関わらず、いわゆる「働き方改革」という、従業員の給与を労働時間ではなく、仕事の成果に見合うように配分するというルールが日本では実施されました。これは能力主義の発想です。日本の前途は多難であるように思えてなりません。
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