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昨今の学校教育について

髙江啓祐(33歳、愛知県、私立高校教諭)

 

 私は「9月入学」には反対である。早期の導入が見送られ、ひとまず安心した。「9月入学」なるものが突然導入されたりしたら、大学入試改革で振り回された学校が、再び混乱するだけだったにちがいない。まず、「9月入学」という言葉があいまいではないか。留学の活発化を唱える人々は、大学の9月入学をイメージしたにちがいないが、学習の遅れに悩んでいる小中高校生およびその保護者は、小学校から高校までの9月入学を想定したはずである。「9月入学」を論じるなら、「9月入学」とはどこに9月入学することなのか、そこからはっきりさせるべきである。

 教育問題は誰にとっても身近でとっつきやすい問題である。それは、私たちのほとんどが学校に通った経験を持っているからである。誰もが学校に対して何らかのイメージを持っており、自分の学生時代を思い出しながら意見を言うことが比較的容易な分野である。
 ただ、学校のイメージと実態は全く違う。教育改革は、全体像を知らない人が無茶なことを言い出し、結局失敗するケースが多いように思われる。大学入試改革もその1つであった。記述式問題の導入や英語民間試験の活用など、確かにメリットはあるだろう。しかし、現場の声に耳を傾けていたら、無謀であることはもっと早くわかったはずである。

 試験が終わった翌日、生徒に包囲され、「もう採点した? 何点だった?」と尋ねられる経験、教員であれば一度はあるはずだ。かく言う私も、自分の学生時代は無意識のうちにこんな愚問をしていたにちがいない。
 採点はそんなに楽ではない。例えば、国語科の場合、記述式問題の採点は最後に残すことも多い。まずは記号問題や抜き出し問題、漢字の読み書きといった客観問題を採点してしまい、同じ授業の担当者が揃ったときに採点基準を確認してから記述問題の採点に取り掛かるのだ。まして全国の受験生が受ける試験の記述式問題となれば、とてつもなく困難で面倒な作業であることは、現場を知る人間なら絶対に気がつく。「学校教育を知っている立場」と「学校教育をしている立場」は全く異なる。
英語の民間試験活用についても、簡単に受験できない地域もあるという問題が徐々に顕在化した。これは、都会の事情しか知らない人間が話を進めていった結果ではないだろうか。都会の教育だけが全てではない。人口の少ない僻地や、交通の便が悪い離島などでも、教育は行われている。とにかく、教育問題は全体像を把握してから語るべきである。

 「9月入学」についても、賛成派の人は、自分の学生時代(進学校で学び、留学し……)を念頭に置いているにちがいない。だが、高校は進学校だけではない。また、大学生が全員留学するわけでもない。
 私も、初めて教壇に立ったあの日までは、自分の学生時代をイメージしていた。ところが、実際に授業を行ってみて、それが全てではないという現実に直面した。容易に理解できるだろうとこちらが思ったことでも、生徒はなかなか理解してくれない。そして高校生の全員が大学を目指しているわけではない。就職する生徒もいる。専門学校に進む生徒もいる。4月に就職するのに高校卒業が8月になったら、いったいどうなってしまうのだろう。専門学校も然り。9月入学になったら、今までより短期間で資格取得や国家試験合格を目指し、4月就職に間に合わせることになるのだろうか。

 大学入試といっても、今や一般入試ばかりでなく、推薦入試やAO入試を利用する生徒も非常に多い。思わず旧称を用いてしまったが、今年度からこれらの入試は「学校推薦型選抜」「総合型選抜」と名称が変わった。コロナ禍の影響もあってか、あまり浸透しているとは言いがたい。
 大学や専門学校などの入試は、少子化によって「青田買い」が横行している実態がある。冬休み前までに進路が決まってしまう生徒もかなり多い。
昨今の高校は、むしろ高校3年次の途中から次第に「消化試合」と化していく授業に四苦八苦している。「9月入学」が必要なのであれば、高校3年の9月=2学期以降、大学の授業を先取りできるような仕組みは作れないのだろうか。現在すでに、早く合格が決まった生徒に対して課題を出している大学も多い。 
 
 さて、「教師は忙しすぎる」と言われるが、他の仕事だって忙しいだろう。教師という仕事は、忙しすぎるというよりは多岐にわたりすぎていると言った方が適切であるように感じる。授業も行い、担任として自分の学級の生徒に関する責任も持ち、校務分掌も担い、部活動の顧問としてスポーツや文化活動の指導、大会の運営まで要求される。学校教育はこういったさまざまなことが複雑に絡み合っているため、1つを動かそうとしても簡単には動かせない。現場の教員はそれをよく知っている。議論をするならもっと現場の声を聞かなければ、机上の空論に終わる。かく言う私も、幼稚園や小学校については門外漢である。特定の校種だけではなく、幼稚園から大学までの全校種から意見を聞き取るべきだ。

 すでに令和3年4月採用の教員採用試験の実施要項が、各都道府県で発表されている。令和2年度が令和3年8月まで延長された場合、異動のタイミングはいつになるのか、という問題も最後までほとんど聞こえてこなかったように思う。年度途中の人事異動では、授業担当者や担任などが年度途中に交代することになり、現場は大混乱である。
 人事異動のタイミングが8月末に移されたとすると、困ってしまうのは有期雇用の教員だ。多くの学校には、正規採用の教員だけでなく、有期雇用の常勤講師(臨時的任用教員などと呼ぶ場合もある)と非常勤講師がいる。特に常勤講師は授業だけでなく担任や部活動なども担当しているため、生徒や保護者からは正規採用の教員と見分けがつかないかもしれない。だが、常勤講師は基本的に1年契約であり、3月末に契約が切れるのだ。9月入学が言われ始めた頃、令和3年度が始まるまでの5か月間はどうなってしまうのかと不安を感じた有期雇用教員は私だけではないだろう。

 例えば特例で8月まで雇用期間が延ばされたとしても、嬉しい先生ばかりではないだろう。例えば、一般企業で働いている配偶者が3月末で遠方へ転勤となれば、3月に学校を去らなければならないだろう。また、契約満了後は学校以外で働きたいと考える場合、3月末で辞めなければ次の仕事を見つけにくいだろう。
 年度末になると、管理職は常勤講師・非常勤講師を見つけるために四苦八苦している。9月入学が導入されると、常勤講師・非常勤講師が今以上に見つかりにくくなるだろう。教員採用試験に合格できなかった人の中には、年度末まで講師の話が来るのを待つ人もいるが、9月入学となればそれはできず、4月から別の仕事に就く人が増えるだろう。
以上の理由で、9月入学を議論するならば、非正規教員問題もセットで議論してもらいたいと考える。

 個人的には、授業専門の正規教諭が必要だと考える。大学を出たばかりの先生にいきなり多種多様な仕事を担わせるのではなく、まずは授業専門の正規教諭として授業力を磨かせるようなシステムがあれば、自殺や過労死といった問題の改善にもつながるのではないだろうか。授業力はあるけれど、その他の仕事は不得手という教員もいる。現在、そういう教員ははっきり言って冷遇される。「授業しかできない人は非常勤で十分」というのが管理職の本音である。本来、最も大切な仕事であるはずの授業が、実際にはオマケと化している。
 「授業」という業務は、新米のうちにテクニックを身につけてしまうもの、というのが多くの教師の感覚だろう。授業が様になってきたら、あとは校務分掌や部活動、学年団の業務で活躍していくというのが通例である。授業の改善だのアクティブ・ラーニングだのと言われると、現場からはため息が漏れる。他の業務も山積みなのに、せっかく身につけた授業スキルを捨て、新しい授業方法を身につけるのは、多くの教員にとってただ面倒なことなのだ。