幼少期の頃、家へ遊びにきた親戚の子供を自分の親が可愛がっているのを見て、機嫌を損ねてしまったことをよく覚えている。いわゆる嫉妬心というやつである。それは「何一つ取り柄がない」ような、忌まわしい感情なのかもしれない。本書によれば、思想史の上でも嫉妬は基本的に悪いものとして扱われ、十分に主題化されることは少なかったという。スピノザは端的にこう言う、「嫉妬とは[…]憎しみそのものに他ならない」のだと。
だが、どんなに経験を積んでも、私たちはこうした感情から自由になることはできない。嫉妬とは、現代のような民主社会であっても、付き合わざるを得ない人間感情なのだと、本書は規定する。ならば、社会生活を営む上で、その影響は無視できないものと言わなければならないだろう。「正義」や「平等」といった概念と嫉妬の関係を見つめながら、私たちの負の感情を考察すること。これが本書の目的にほかならない。
改めて、嫉妬という感情を考えるとき、本書はまずそれを〈自分が持っていないものを他人が所有している状況への苦しみ〉と定義する。そこには、自身の損得に直接関係がないにもかかわらず、誰かの幸せが見ていられないといった性格が認められるというが、注意したいのは、それがもっぱら「比較可能な者同士のあいだに生じる」という点である。職場の同僚、または兄弟間などの場合のように、嫉妬の対象には自分と近しい人物が選ばれるというわけだ。しかし、このことは裏返せば、格差の是正と嫉妬の減少とは必ずしも相関しないという不都合な事実を、私たちに突きつけるのではないか。つまり、公正な社会のなかで格差が減るほど、より他者との差異が自覚化され、「針一本の不平等」さえ嫉妬の誘引となり得るのであり、一見理想的な社会でも人間感情を飼いならすことは不可能ではないかと、本書は問いかけるのである。
しかし、だとすれば嫉妬は、現代の民主社会において有害であるほかないのか。実際には「民主主義こそ人々の嫉妬心をいっそう激しくかき立て」る仕組みだと言えはしないか。なるほど、民主主義において人々は平等を望むが、その要求の背後にあるのは、出る杭に我慢ならない大衆の「水平化」への意志、すなわち正義の仮面をつけて現れる、醜いルサンチマンの感情だという可能性は、やはり否定できないと本書は言う。平等が進むにつれて、かえって人々の間の細かい差異が浮き彫りになり、それが嫉妬の温床になる──民主社会がこうした過程を孕み持つのなら、私たちはこの条件を引き受けた上でうまく付き合う以外ないだろう。
最後に本書は次のように書いている、「嫉妬に何かしら意味があるとすれば、それはこの感情が『私は何者であるか』を教えてくれるから」と。嫉妬という心の暗部に目を向けることが、他の誰でもない「私」という人間の理解への一歩なら、真剣に生きる上でその態度は決して手放せない。見たくないものに蓋をしないこと、おそらくこれが、本書が与える教えである。
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コメント
書評面白かったです、拡散します。