【施 光恒】庶民ファーストの国際秩序を目指せー第二次トランプ政権への期待

啓文社(編集用)

啓文社(編集用)

2月16日発売の最新刊、
『表現者クライテリオン2025年3月号 [特集]トランプは”危機”か”好機”か?』から特集論考をお送りします。

「サポーターズ」に入会して、最新刊をお得に入手!


「グローバル化」「改革」などの美辞麗句の下、
各国の庶民層の暮らしが食い物にされてきた。
今こそ反グローバリズムの国際的連携が不可欠だ。

低賃金こそ米国社会をダメにした!  

 私が最近、説得力があると感じる米国の論者にマイケル・リンド(テキサス大学教授)がいる。リンドは、保守派でありながら、新自由主義やそれに基づいて進められてきたグローバリズム路線を批判する。そして大きな政府(積極財政、労働組合の再生、産業政策の復権、関税の必要性、移民の制限など)の必要性を主張している。

 リンドの新著は、未邦訳だが二〇二三年に出た『大参事──賃金抑制がいかに米国社会を破壊しているか』(Hell to Pay: How the Suppression of Wages Is Destroying America)である。米国の一般庶民の大多数が非常に低い賃金しか得られなくなっていることが、米国社会の基礎を壊し、様々な社会問題をもたらしていると指摘した本である。

 日本もそうだが、米国でも賃金の停滞が深刻だ。米国では、社会の上層の人々の報酬や賃金は比較的大きく伸びているものの、平均か平均以下の所得層では賃金の伸びが停滞している。例えば、米国で新自由主義が主流となった過去四十年間では、米国の勤労者の上位五%の賃金は六三・二%上昇した。だが、下位五〇%の勤労者の賃金は一五・一%しか、さらに下位一〇%は三・三%しか伸びていない。結果的に、経済的格差が広がると同時に、米国の労働者層の多くは、長時間懸命に働いても、家族を養うどころか、自分自身だけの生活費を賄うことも難しくなっている。

労働者層の力の削減こそ新自由主義の主目的

 リンドは、米国の労働者層の多くが低賃金に苛まれている理由について次のように説明する。経済学の主流では、賃金は、企業や団体の業績に対する労働者の貢献の度合いによって自動的に決まるとみなされているが、この見方は一面的だとリンドは批判する。賃金の決定は、使用者側と労働者側との間の交渉力の多寡に左右されるものだからだ。

 そのうえでリンドは、新自由主義グローバル化路線が主流になるにつれて、労働者の力が様々な形で削減されてきたと捉える。それが、ここ四十年間、米国で労働者層の賃金が停滞している主な要因だと見るのである。

 そもそもリンドの新自由主義の捉え方が面白い。新自由主義は、しばしば自由放任主義への回帰だとみなされるが、リンドはそうは捉えない。「新自由主義とは、賃金労働者の交渉力を削ぐために、使用者側が多様な形で国家を利用する体制」だと見る。

 実際、現代の新自由主義は、労働者層の交渉力を削ぐため多様な手段を用いてきた。例えば、使用者側は、まず国内的には雇用慣行を自分たちに有利で、労働者側に不利なかたちに変えていった。例えば、企業間での人材引き抜き合戦を禁止する取り決めを作ること、強制仲裁条項(労使間でトラブルが生じても司法的手段ではなく、所定の(多くの場合、使用者側に有利な)解決手続きをとるよう求めるもの)や競業禁止条項(被雇用者に同業他社への転職を禁じるもの)を労働契約に導入すること、などを多くの業界で広めようとしてきた。そして、これらの手法が法的に認められる余地を、活発なロビー活動を通じて広げていった。

グローバル化による労働者の力の削減

 また、リンドは、グローバル化路線も、官民挙げての賃金抑制策にほかならないと捉える。オフショアリング(生産拠点の海外移転)や海外へのアウトソーシング(業務の外部委託)は、国内の労働組合の力を削ぐ効果が大きい。労組がうるさい要求をしてきても、これらが容易にできれば、使用者側は、労組との交渉を回避したり、有利に進めたりできるからだ。

 同様に、外国人労働者や移民の大規模受け入れも、国内労働者の力を削ぐためには効果的である。外国人労働者や移民を賃金の安い国から大量に受け入れることができれば、使用者側は大助かりである。

低賃金が壊す米国社会

 以上のような様々な手法を用いた結果、新自由主義以降の社会は、労使間のバランスが大きく崩れ、使用者側の力が強くなる一方、労働者側の力は弱くなった。

 そのため、米国社会では、労働者層の低賃金の常態化を主要因とする様々な社会問題が深刻化している。少子化もその一例だ。新自由主義的政策と少子化とのつながりに関するリンドの説明は非常に興味深い。

 リンドによれば、米国の若者は、新自由主義が本格化する以前(一九八〇年代以前)は保護貿易や労働組合に守られていた。政府が一定程度の関税をかけ、国内産業を保護し、雇用を安定させていた。労組の力も強く、賃金も高かった。若者は、たとえ高等教育を受けなくても、家族を養える程度の賃金を得ることができた。高卒程度で働き、結婚する者も少なくなかった。

 だが、新自由主義が一般化した現在では、…続きは本誌にて


<編集部よりお知らせ>

表現者クライテリオン沖縄シンポジウム
〜戦後80年、沖縄から考える対米独立への道〜

 

日時:3月30日14時~

第1部 14時00分〜15時00分

 ポスト2025の世界と沖縄—第二次トランプ政権がもたらす試練

第2部 15時10分〜16時30分(質疑・応答含)

 戦後80年の検証 ー 沖縄に見る対米関係の実像

懇親会 17時00分〜19時30分 

会場:沖縄県市町村自治会館
(那覇空港から車で10分、バスターミナルから徒歩3分、旭橋駅から通路直通、徒歩5分)

会費:一般、3000円、塾生・サポーター:2000円
懇親会:5000円

参加お申し込みはこちらから

 

表現者塾第七期塾生募集中(2/28まで早期申込割引実施中!)

表現者塾は『表現者クライテリオン』の編集委員や執筆者、各分野の研究者などを講師に迎え、物事を考え、行動する際の「クライテリオン=(規準)」をより一層深く探求する塾(セミナー)です。

◯毎月第2土曜日 17時から約2時間の講義
◯場所:新宿駅から徒歩圏内
◯期間:2025年4月〜2026年3月
◯毎回先生方を囲んでの懇親会あり
◯ライブ配信、アーカイブ視聴あり

講師(敬称略)
藤井聡、川端祐一郎、納富信留、鈴木宣弘、片山杜秀、施光恒、與那覇潤、辻田真佐憲、浜崎洋介、磯野真穂ジェイソン・モーガン、富岡幸一郎、柴山桂太

詳細はこちらから

執筆者 : 

TAG : 

CATEGORY : 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

メールマガジンに登録する(無料)