【柴山桂太】戦略的介入主義の時代ー高市現象が示す日本政治の転換

柴山桂太

柴山桂太 (京都大学大学院准教授)

こんにちは。『表現者クライテリオン』事務局です。
本日は12/16発売の最新号より、「特集論考」の一部をお送りいたします。

『表現者クライテリオン2026年1月号
「高市現象」の正体ーここから始まる大転換ー』

表現者クライテリオン最新号表紙
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片や大都市の生活不安、片や地方の産業衰退。
二つの課題に応えるには効果的な政府介入と“総合的な投資政策”が必要だ。

トランプ現象と高市現象

 高市現象は、世界各地で起きている新たな政治潮流が、いよいよ日本にも到来したことを物語っている。二〇一六年のブレグジット(英EU離脱)やトランプ一期目の選出からおよそ十年で、その波が日本にも到来したことになる。とはいえ、細部に目を向ければ、トランプ現象と高市現象の間には無視できない違いもある。

 英米を皮切りに始まった今の潮流は、さしあたりグローバル化への反動と理解することができるだろう。冷戦終結後に本格化した自由貿易の流れは、輸送通信分野での技術進歩と結びついて、世界経済に劇的な変化をもたらすことになった。これまで「北」に集中していた生産拠点は人件費の安い「南」の国々へと拡散した。商品の多様化や価格の下落で先進国の消費者は恩恵を受けたが、国内の産業構造の急速な変化で、大多数の労働者が所得の停滞を余儀なくされることになった。

 特に深刻な打撃を受けたのが地方である。生産拠点の海外移転によって産業は空洞化、若年層の都市部への流出が進んだ。税収の減少は地方財政を圧迫し、交通、医療、教育といった生活インフラは徐々に痩せ細っていった。こうした地方の不満と閉塞感がトランプ現象を準備することになった。二〇一六年や二〇二四年の大統領選挙の結果を見ても、地方ほどトランプ支持が高く、大都市ほど反トランプの傾向が顕著である。「アメリカを再び偉大にする」として高関税を課し、製造業の生産拠点を強引に米国国内に回帰させる政策は、専門家からその実効性が強く疑問視されているにもかかわらず、地方において根強い支持を集めている──政策そのものに期待しているというよりも、長年、政治エリートから「見捨てられてきた」と感じてきた人々にとって、初めて自分たちの側に立つ政治指導者が現れたと受け止められているのである。イギリスのブレグジットも、ロンドンのような大都市はEU「残留」支持者が多かったのに対し、産業の衰退が著しい地方ではEU「離脱」に投票する傾向が見られた。その意味で、ブレグジットやトランプ現象には、グローバル化に対する「地方の反乱」という側面がある。

 高市現象はどうか。新聞各社が就任直後に実施した支持率調査で、七割から八割近くが支持と答える首相が登場するのは、久しぶりのことと言ってよい。ただし日本の場合、高市支持が強いのは地方よりも都市部である。二〇二四年の自民党総裁選での党員・党友票を見ると、石破氏が地方票で優位に立ったのに対し、高市氏は東京、愛知、大阪などの大都市で支持される傾向にあった。今回(二〇二五年)の総裁選でも、東京や愛知、また関西圏(高市氏のお膝元なので当然かもしれないが) では高市支持がはっきり出る一方で、地方では票が分散し、石破政権の継承色が強い小泉氏が最多得票となっているところも一一県あった。高い支持率から見て、高市人気は今や全国的な現象となっていると推測できるが、自民党員の声に限ってみれば、高市現象は大都市圏とその周辺で際立っているのである。

 これは、グローバル化の弊害が日本では、とりわけ都市部で意識され始めている、ということなのであろう。訪日外国人観光客が押し寄せることで地元住民の生活が掻き乱される「オーバーツーリズム」は、東京や大阪、京都などで顕著である。特に京都では観光地の混雑が限界を超えており、もうこれ以上来ないでくれとの声が上がり始めているが、一方で、地方を見れば、外国人観光客の誘致にまだまだ熱を入れているところが少なくない。

 外国人投資家がマンションや不動産を高値で買い占めているとされる問題も、住宅価格の高騰が続く東京では一刻も早い規制を求める声が多いが、地価の低迷が続く地方では、それほどの切迫感は見られない。経済安全保障についても、大企業の本社機能が集中している大都市ほど、サプライチェーン (供給網) の強靱化が重要な政策課題として意識されている。逆に地方では人手不足の方が深刻な問題となっており、農業だけでなく製造業やサービス業の現場でも、外国人労働者の活用範囲の拡大を要望する声が大きくなっている。

 ここにトランプ現象と高市現象の無視できない違いがある、というのが私の見立てである。アメリカの場合、ラストベルト (錆びついた地帯) を中心に、製造業の空洞化で良質な雇用が失われ、軍事産業の基盤さえ揺らいでいると危機感を募らせる地方の保守層が、トランプ人気を支えている。そのためトランプ大統領の政策は、地方の製造業再生を重視している反面、大都市に厳しい──正確に言うと、トランプ氏自身もその一人である大都市の超富裕層は減税政策などで優遇されるが、移民労働者を多く含む都市部の中下位層には冷淡な態度を取っている。

 日本では、高市支持の中核にいるのは大都市の保守層である。住宅費や教育費が高い大都市では、所得水準が高い中上位層でも生活の豊かさを実感できない。サプライチェーンの混乱や地政学的リスクが、大企業のホワイトカラー層の将来不安を高めている。また、最初は地方にやってくる外国人労働者も、やがて同胞が多く働き口も多様な大都市へと移り住んでいくため、大都市の周辺に移民コミュニティが形成されやすく、そのことへの文化的反発も生じやすい。高市首相が掲げる経済安全保障政策や外国人政策が支持される土壌は、日本の場合、都市部の方にあるのだ。

戦略的介入主義の時代

 この違いは、これからトランプ政権や高市政権が直面する困難を予想する上でも重要である。アメリカでは、反トランプの狼煙は大都市から上がってくることになるだろう。実際、十一月のニューヨーク市長選挙では、急進左派のマムダニ氏が勝利した。保育の無償化や家賃の凍結、市営食料品店の開店など中下層向けの政策を掲げる一方で、不動産の空室税や富裕層増税など、明確な再分配志向を打ち出す民主社会主義者である。このようにアメリカでは、これから大都市が反トランプの最前線となり、やがてその波が地方にも波及していく局面を迎えるかもしれない。

 日本の場合、高市政権はまだ発足したばかりであるため、この先に起こることを予測するのは難しい。ただ、これまで述べてきたことを踏まえるなら、地方の支持を広げていくことが安定政権への鍵となるだろう。日本でも、製造業の海外移転で地方経済は大きな打撃を受けている。それでも英米型の「地方の反乱」が起きないのは、東京などの大都市が人口を無際限に吸い上げてきた結果、「反乱」を組織する政治的エネルギーさえ枯渇してしまったのだと思われる。一方に都市部の生活不安があり、他方に地方の人口減少や産業衰退の如何ともしがたい現実がある。この二つの課題に応えるには、高市首相が公約とする「危機管理投資」を地方への投資と結びつけて、経済安全保障と地方再生を同時に進めていくしかない。

 そのために必要となるのが、(…続きは本誌にて。)


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