【鳥兜】独善的な社会運動の末路

啓文社(編集用)

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本日は、『表現者クライテリオン』最新号(2023年1月号)より巻頭コラム「鳥兜(とりかぶと)」から「独善的な社会運動の末路」をお届けします

 

 

独善的な社会運動の末路

 ロンドンのナショナル・ギャラリーで、ゴッホのひまわりをトマトスープまみれにした環境保護運動家が逮捕されたという事件があった。「絵画と地球、どちらが大事なのか」と叫んでいたということで、マスコミの注目を集めて人々に主張を直接届けることが目的だったようだ。同様の「犯行」は、その後も繰り返されているとのことである。

 

 このニュースに良識ある大人たちは眉をひそめ、「そんなことをして一体何になるのか」と非難の声をあげている。自分たちの正しさを信じて疑わない社会運動はたいてい、人心を離れて暴走していくものである。

 

 ここで思い出されるのが、オルテガの『大衆の反逆』である。オルテガは次のように言う。現代は、ルールに基づく討論よりも「直接行動」が好まれる時代である。事態は切迫している、もはや議論などしている時間はない、もう結論は決まっているのだから、あとは行動に移すだけだ。

そう嘯く人々が、示威行動で主張をアピールしたり、反対する勢力を力づくで黙らせようとする。本人たちは大真面目で、義憤に突き動かされて行動している。しかしそうした行動の裏側には、「自分でないものを死ぬほど憎む」という子供じみた欲望が隠されている、と言うのだ。

 

 最近、何かと話題のキャンセル・カルチャーも、こうした「直接行動」の一例であろう。著名人の言動に差別的な言動や前時代的な思想を嗅ぎつけるや否や、SNS等を通じて攻撃を繰り返し、その地位から引きずり下ろそうとする。活動に参加する人たちにとって、これは世直しである。だが、客観的に見ればどうか。

 

 オルテガによると、そのような心理構造には次のような特徴が見いだせる。第一に、人々はそうすることで「支配と勝利の感覚」を得ようとしている。第二に、そうした勝利によって、自分の持つ道徳と知性が良きものである、という「自己肯定」を求めている。

 

 自由主義は本来、異なる意見との共存を図ろうとする考え方だ。共存のためには、自分の意見が間違っているかもしれない、という自己懐疑が不可欠である。しかし、彼らは自分の意見を厳しく検討しようとはしない。結論はもう決まっているのである。

 

 第三に、そのような人にとって過去は少しも尊敬に値するものではない。歴史は差別と無知と偏見の塊でしかないからだ。そのことに無自覚な人々を覚醒させるためにこそ、「直接行動」が必要なのだ、と考える。かくして次のように言う。「大衆が自ら行動を起こすとき、他には方法がないので、ただ一つのやり方を選ぶ。すなわち私刑(リンチ)である。」

 

 もちろん、すべての社会運動が間違っているなどと言うつもりはない。オルテガが批判しているのは、社会悪を糾弾することに熱心なわりに自分を省みることがない人たち、「魂の自己閉塞」に陥った人たちである。

厳しい自己懐疑を伴わない理性が理性の名に値しないように、その刃が自らに向かない批判は真の批判たり得ない。そもそも、議論もなくただ決められた結論を人に押しつけるだけの社会運動が、本当の意味で社会を改善する力を持つはずがない。

 

 過去の価値観を頭ごなしに否定しても、その主張は次の世代に否定され、結果、社会は元の価値観へと揺り戻されるだけである。過激な環境保護運動もキャンセル・カルチャーも、おそらく次の世代に疎まれ、やがて「バックラッシュ」に見舞われるだろう。それは自らを省みない独善的な「直接行動」がたどる、必然的な結末なのである。

 

 

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