表現者クライテリオン2023年5月号より、仁平千香子先生の特集記事を公開いたします。
本日は後編を公開します。前編はこちら。
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「猿蟹合戦」から考える 依存症者によって作られる社会の末路 (後編)
仁平千香子
世論のルールに同調し、
蟹の正義を否定する。
そんな「天下」(大衆)にどんな未来があるのか。
権力者が資本主義の洗礼を受けたとき
芥川の蟹が「円満」にこの世から排除されたことは、裁判や死刑執行に関わった者たちがみな、死刑の夜「四十八時間熟睡」し、夢に天国の門まで見たという記述から強調される。彼らが見た天国は「封建時代の城に似たデパアトメント・ストア」だったとのことである。
蟹は「デパアトメント・ストア」を天国と重ねる者たちによって裁かれた。巨大な資本が投下される「デパアトメン ト・ストア」は資本主義社会に邁進する大正期日本の象徴である。所有する資本の大きさが権威の高さを表す世界とは、芥川が先に言った「優勝劣敗の世」である。より多く持つものが勝ち、持たないものは敗けるのだ。
蟹が持っていたものは正義心のみだった。正義心に市場価値はない。「デパアトメント・ストア」を天国とする裁判官たちの関心を惹かないのも当然である。むしろ正義心の価値を信じて行動する国民は不都合で危険なのだから、早々に排除する方がよい。
資本主義社会は利潤の効率的追求が可能なシステム作りに重きをおく。システムの効率的循環が目的となり、その結果が国民や社会に及ぼす影響についての関心は薄い。つまり利潤の増幅という至上目的が、当初信じられた豊かさの実現から離れていったとしても、システムにとっては一考の価値もないことなのだ。
「デパアトメント・ストア」的天国を信じる法律家たちもまたシステムの運営を優先する資本主義マインドの権威者たちだったと考えれば、法律というシステムが滞りなく機能することが最優先事項であって、法の権威が正義から乖 離していったとしても問題ではない。
ウォルター・スコットは「歴史や文学を知らずに法律家 は一人前になれない」(『ガイ・マナリング』)と言った。歴史や文学を知らない者が人を裁く立場に立ててしまう近代社会を憂いた言葉なのだろう。人が人間や社会というものについて反省し哲学するには歴史や文学への視座が不可欠である。その心眼を失った者たちが法という権力を振りかざす時、それは弱者への暴力に成り下がる。
スコットなら現代日本社会を見て「歴史や文学を知らずに政治家は一人前になれない」とも言うだろう。「政 まつりごと 」(祭りごと、奉りごと)が本来意味するところからかけ離れ、市場利益や政治家の個人的利益を優先した政治は、歴史や文学を知るものにはできない。
奇しくも芥川が「猿蟹合戦」を書き上げた半年後、東京は関東大震災によって荒廃に帰した。廃墟を前に、自分たちの目指してきた幸福がいかに物質によって支えられ、そしてその幸福は物質の喪失によって容易に崩壊することに気付かされただろう。しかしこの災害をバネに、東京は近代化を加速させる。「優勝劣敗の世」は芥川が想像もしなかったほど完成されていく。
「君たちもたいてい蟹なんですよ」
芥川は皮肉たっぷりの言葉で作品を閉じる。
「とにかく猿と戦ったが最後、蟹は必ず天下のために殺 されることだけは事実である。語を天下の読者に寄す。君 たちもたいてい蟹なんですよ。」
猿と戦っても勝ち目はない。天下(大衆)に殺されるだけ である。そして「君たちもたいてい蟹」というように、蟹の 悲劇は対岸の火事ではない。
芥川が脅威とみなすのは猿より、司法より、天下の方で ある。蟹が助かるには天下に改めてもらうしかない。猿側 に立とうとする司法の判断を疑って、蟹の声に耳を傾けよ うとする意識を大衆に芽生えさせるしかない。つまり他人 の意見に同調することに満足する個人が少数派になるよう な社会を目指すことが、健全で適応力(レジリエンス)のある 社会の構築に必要であり、それこそが国力の高い国づくり を支える。そちらの方が猿や司法に心を改めてもらうより 長い目で見れば効率的である。
エーリッヒ・フロムは「自分自身でものを考え、感じ、 話すことほど、誇りと幸福をあたえるものはない」(『自由か らの逃走』)と言った。大衆として群れることで社会的権力 を獲得しても、他人の意見への同調を喜びとする個人に真の幸福は訪れない。彼らは絶えず依存すべき他者の言葉を 探し続けなければならないからだ。依存症の人間は脆く、 そして危うい。自分が依存する意見に綻びがあるかもしれ ないことを疑おうともせず、それに同意しないものを容赦無く攻撃する。
依存症を抱え続けて幸福は訪れない。幸福は自給自足できると気づいた時、そしてそのために能動性を回復しようとした時にこそ、ようやく幸福とは何かを知るのだ。
個々人が能動性を回復するには、権力者の行動に疑問を 持つところから始めなければならない。日々強いられてい る様々なルールは、国民の本質的幸福を目指したものなの か、システムの効率的運営を目的としてはいないか、背後 に国民の幸福に反するような事業が絡んではいないか。疑 問を持てば自然と「自分自身でものを考え、感じ、話」し始める。真理は「デパアトメント・ストア」(資本主義的価値観が 支配する空間)には無いことに気づく。御伽話の正義を否定する愚かな日本にならないために、芥川が残してくれた忠告に今一度耳を傾けるべき時であろう。
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『表現者クライテリオン2023年5月号』【特集】「岸田文雄」はニッポンジンの象徴である ”依存症”のなれの果て より
岸田首相の徹底批判を通じて、我が国の人民の”依存症”を見つめた本特集。是非、本誌をお手にお取りください!
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