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【藤原昌樹】私たちは何を守ろうとしているのか?―「橋越え」への中止要請から考える―

藤原昌樹

藤原昌樹

 フジテレビ系列の『めざまし8』(5月26日放送)やテレビ朝日系列の『グッド!モーニング』(5月30日放送)、TBSテレビのJNN系列『Nスタ』(5月30日放送)など全国で放送される報道・情報番組で取り上げられたこともあり、既にご存知の方も多いかと思いますが、現在、「水郷の町」として知られる福岡県柳川市の名物「川下り」での船頭による「橋越え」について、柳川市と同市観光協会が「川下りにおける安全運航の徹底」を求める文書を通達して中止を求めたことが話題になっています。

 

SNSでバズった「橋越え」

 「橋越え」とは、柳川市の川下りで一部の業者によって行われている「橋の下を舟が通過する際に、船頭が手前で橋に飛び移り、橋の反対側まで歩いて移動、舟が橋を通り抜けたら再び舟に飛び下りる」パフォーマンスのことであり、ここ数年の間に「橋越え」の動画がSNS上で「忍者のような船頭」として話題となり、日本だけでなく、中国、韓国、台湾、香港などアジア各地のユーザーによって猛烈な勢いで拡散されているそうです。

【物議】柳川名物「川下り」で話題の船頭ジャンプ「橋越え」に中止要請 業者間でも賛否が分かれる【福岡県】|FNNプライムオンライン 

 柳川市の「川下り」に関する情報を掲載しているサイトをいくつか確認してみたのですが、日本全国の自治体の魅力を伝えるサイトでは「橋越え」の動画に「(船頭さんが)ゆったりと堀を巡る観光船の上を、スリリングな動きで跳び回る様は、まるで忍者のよう。なんともキビキビとしていて、カッコいい」とのコメントをつけて、国内外からの観光客を惹きつける「柳川市の観光の魅力」の1つとして紹介しており、「『忍者のような船頭さんにぜひ会いたい!』という人は『橋越えをする船頭さんを』と指定して掘割巡りを予約されたし」「この春、柳川で川下りを楽しむのはいかがだろうか」と同記事を締めくくっています*1

 

「橋越え」は危険?柳川市からの中止要請

 SNSを通じて国内のみならず海外にも広く知られるようになったことを受けて、当事者である川下り事業者をはじめとして、観光業に携わる関係者の中には「橋越え」を柳川市観光の魅力的なアイテムの1つとして位置づけて、ここ数年の新型コロナウイルス禍で深刻な打撃を被った観光業の活性化に繋げることを期待した人たちが少なからずいたであろうことは想像に難くありません。

 しかし、事態が期待通りに進むという訳にはいかないようです。

 報道によると、2023年3月に京都府亀岡市の保津川で川下り船が転覆して船頭2人が亡くなった事故をきっかけに、柳川市に「(川下りの『橋越え』について)乗客を残してこうした行為をするのは危険ではないか」との懸念の声が寄せられるようになり、それを受けて柳川市は急流ではないにしても船頭不在で乗客のみになって危険が生じかねないと判断し、『橋越え』を行う複数の業者に4月中旬から中止を要請」し、前述したように、柳川市と同市観光協会が川下り事業者に対して「川下りにおける安全運航の徹底」を求める文書*2を通達して「橋越え」の中止を要請したことが新聞及び全国ネットの報道・情報番組で取り上げられ、賛否両論が巻き起こっています。

 残念ながら、私自身は「柳川の川下り」と「保津川の川下り」のいずれも体験したことはないのですが、「柳川の川下り」を紹介する文章「昔ながらの掘割、いわゆる江戸時代の柳川城のまわりを『どんこ舟』にゆられながら巡っていく」*3や紹介動画*4、SNS上で観ることができる「橋越え」の映像などからは早急に安全対策を講じなければならないような危険性を感じることはできませんでした

 そもそも穏やかな流れの掘割を巡る「柳川の川下り」と、「急流と穏やかな淵を繰り返しながら、京都・嵐山まで約16kmの渓谷を約2時間で下る、スリルに富んだ豪快な舟下り」*5である「保津川の川下り」とでは、同じ「川下り」の名称で呼ばれてはいるものの全く異なるアクティビティであると捉えるべきものなのだと思われます。

 今回、柳川市が川下り業者に対して「橋越え」の中止「命令」や「勧告」ではなく「要請(お願い)」の通達を出したのは、柳川の川下りで使用される「ろかい舟」が海上旅客運送の安全管理などを定めた海上運送法の対象外であり、国土交通省が策定した「川下り船の安全対策ガイドライン」(2013年)にも法的拘束力がないからです。*6

*7

 柳川市による「橋越え」の中止要請に対して、SNS上で賛否いずれの声もあがっており、―もちろん全てを確認できるものではなく、あくまでも私見なのですが―どちらかと言えば、中止要請を支持する意見よりも「少数の『安全性を懸念する意見』」『ごくわずかな危険性やリスクをも取り除くことを求める声』に柳川市当局が過剰に反応して川下り業者に『中止』の要請を行ったのだろう」「『安心・安全』を過度に求めることで地域の観光資源そのものを破壊する行為である」「『橋越え』について(強制力はなくても)『中止』を要請したという実績さえ残しておけば、事故など不測の事態が生じたときに『行政当局としての責任は果たしていた』とエクスキューズできると考えて、さして必要もない要請をしたのだろう」というように、柳川市の対応に批判的な見解の方が多いように感じられました。

 「橋越え」への中止要請に対する批判的な声に対応せざるを得なかったということだと思われますが、柳川市は「柳川川下り『橋越え』に関するご意見について(令和5年5月31日)」を公開し、川下り業者に対して「橋越え」の中止を強制するものではなく、あくまでも「安全運航の徹底」をお願いしたものであることを強調しています*8

 

「橋越え」中止要請に対する受けとめ方の違い-日本的な考え方とアメリカ的な考え方

 今回の「橋越え」への中止要請を伝える報道・情報番組*9の中で、キャスターのホラン千秋氏とコメンテーターとして出演していたタレントの厚切りジェイソン氏との間で交わされたやり取りが、この問題に対する日本的な考え方とアメリカ的な考え方の違いを端的に表しているように思えて印象に残りました。

ホラン千秋氏

「スリリングな観光名所はたくさんあります。事故や危険なことは今までなかったから、きっとこれからも大丈夫という思いがあるかもしれませんが、しかし万が一、何かあった時に自治体として何も対策を打っていなかった、危険視していなかったと言われても困りますよね。それで“安全運航の徹底”を要請したと思いますが、安全管理と観光の面白さをどう維持していくか難しいですね」

厚切りジェイソン氏

「アメリカ的な考え方ですが、乗客も運転する人も了承の上で乗っているので、船頭が舟から離れる時間もありますけど、それでも乗りますか?と同意した上で乗っているから、それはそのままでいいでしょうというのが僕の本音です。中止要請するのはもったいないですし、やりだしたら結局何もできなくなりますよね。対策は『同意』したかどうかだけだと思います」

 

グランド・キャニオンのエピソード小沢一郎著『日本改造計画』

 SNSや報道を通して、柳川市当局が「橋越え」の中止を要請するまでに至る経緯を概観していくなかで、小沢一郎の『日本改造計画』(1993年)*10の「まえがき」に記された「グランド・キャニオンのエピソード」を思い出しました。

 同書は政治家としての小沢一郎の政策やビジョンをつづったもので、細川連立内閣が成立する日本政治の激動期において、その中心人物であった小沢一郎の考え方を知る書としてベストセラーとなり、その後の政治家本出版ブームの先駆けとなりました。

 発売当時、同書はベストセラーとなり、「グランド・キャニオンのエピソード」もよく知られている話だと思うのですが、出版から既に30年が経過し、現在では同書のこと自体を知らない方も多くなっているかと思いますので、該当部分を引用しておきます。

米国アリゾナ州北部に有名なグランド・キャニオンがある。

 (中略)

 ある日、私は現地へ行ってみた。そして、驚いた。

 国立公園の観光地で、多くの人々が訪れるにもかかわらず、転落を防ぐ柵が見当たらないのである。しかも、大きく突き出た岩の先端には若い男女がすわり、戯れている。私はあたりを見回してみた。注意をうながす人がいないばかりか、立札すら見当たらない。日本だったら柵が施され、「立入禁止」などの立札があちこちに立てられているはずであり、公園の管理人がとんできて注意するだろう。

 私は想像してみた。

 もし日本の観光地がこのような状態で、事故が起きたとしたら、どうなるだろうか。おそらく、その観光地の管理責任者は、新聞やテレビで轟々たる非難を浴びるだろう。観光客が来るのに、なぜ柵をつくらなかったのか、なぜ管理人を置かないのか、なぜ立札を立てないのか―。だから日本の公園管理当局は、前もって、ありとあらゆる事故防止策を講ずる。いってみれば、行動規制である。観光客は、その規制に従ってさえいれば安全だというわけである。

 大の大人が、レジャーという最も私的で自由な行動についてさえ、当局に安全を守ってもらい、それを当然視している。これに対して、アメリカでは、自分の安全は自分の責任で守っているわけである。

 この状況は、事故防止の話だけではない。社会全体についていえる。

  (中略)

 個人の自立がなければ、真に自由な民主主義社会は生まれない。国家として自立することもできないのである。

 人々はいまだに「グランド・キャニオン」の周辺に柵をつくり、立入厳禁の立札を立てるように当局に要求する。自ら規制を求め、自由を放棄する。そして、地方は国に依存し、国は、責任を持って政治をリードする者がいない。

 真に自由で民主的な社会を形成し、国家として自立するには、個人の自立をはからなければならない。その意味では、国民の“意識改革”こそが、現在の日本にとって最も重要な課題といえる。

 そのためには、まず「グランド・キャニオン」から柵を取り払い、個人に自己責任の自覚を求めることである。

グランドキャニオン国立公園

 同書は、小沢一郎が御厨貴、飯尾潤、伊藤元重、竹中平蔵、北岡伸一、香川俊介といった協力者たちとともに執筆したと言われており、その根底に流れる新自由主義的な思想とそれに基づいて提唱された経済政策及び税制改革、国連中心主義を基本とする外交戦略、小選挙区制の導入をはじめとする政治改革など批判的に検証すべき内容が大部分を占めています

 しかしながら、同書の冒頭で「グランド・キャニオンのエピソード」を用いて示された日本とアメリカの対比は、-「どちらの社会がより望ましいのか」という評価は別にして-日米の社会のあり方の違いを上手く表現したものとして広く受け入れられたのだと思います

 30年前に書かれたものであるにもかかわらず、同書で示された「事故が発生したときに轟々たる非難を浴びることを恐れて、前もってありとあらゆる事故防止策を講ずる(日本の)観光地の管理責任者(もしくは公園管理当局)」の姿は、今回の「橋越え」の中止を求めた柳川市当局の対応を描写したものであると言っても違和感はないでしょう。

 また、同書において日本社会について下記のように描写しています。

 こういう社会であくまでも自分の意見を主張するとどうなるか。事が決められず、社会は混乱してしまう。社会の混乱を防ぐには、個人の意見は差し控え、全体の空気に同調しなければならない。同調しない者は村八分にして抑えつけられる。その代わり、個人の生活や安全はムラ全体が保障する。社会は個人を規制し、規制に従う個人は生活と安全が保障される、という関係だった。

 個人は、集団への自己埋没の代償として、生活と安全を集団から保証されてきたといえる。それが、いわば、日本型民主主義の社会なのである。

 この引用した文章は、最後の段落を「もはや個人が集団への自己埋没の代償として生活と安全を集団から保証されることさえなくなってしまっている。それが、いわば、日本型民主主義の社会なのである」と書き換えてしまえば、現代の日本社会の姿を描写する表現としても十分通用するものだと思います。

 ここ数年の新型コロナウイルス禍において、多くの日本人が、きちんとした科学的根拠を示されることもないままに政府からの自粛要請(行動制限)に従い、感染予防の効果がないことが明らかになっているにもかかわらず、いつまで経っても周囲の目を気にしてマスクを外すことができず、「新型コロナウイルスから生命を守ること」を金科玉条に掲げて十分な経済的な支援もないままに社会経済活動の制限に従い、かえって生活困窮者や自殺者の増大を許容してしまっています。残念ながら、現代の日本社会は、30年前と比べてもかなり劣化してしまったと言わざるを得ないのではないでしょうか。

 

 

「橋越え」騒動の解決に向けて

 柳川市が川下り業者に対して「橋越え」の中止要請を行った理由は、下記の3点にまとめられています*8

  1. 船頭さんがお客様を乗せたまま舟を離れて橋に登り、橋を渡ってから舟に飛び乗る行為について、お客様の安全が危惧される点
  2. 橋越えを行う際に、船頭さんが竿を持って橋に登り、道路を横切られており、道路を通行する車や、歩行者の安全が危惧される点
  3. 橋越えを行う際、民間会社のガス管に乗って舟に飛んでおり、ガス管に損傷があった場合、市民のライフラインに影響を及ぼす点

 

 単純な解決策は、「橋越え」を行う事業者が柳川市の中止要請に従って「橋越え」を止めてしまうことなのでしょうが、SNS上で「橋越え」の存続について直接の当事者ではない第三者の人たちまでもが口出しする状況になってしまっている以上、その選択肢を選ぶことは難しくなってしまったと思われます。

 柳川の「川下り」の「橋越え」を巡る問題の解決には、いましばらく時間がかかるのかもしれませんが、当事者である川下り事業者と柳川市当局など関係者が協議して「『橋越え』を含めた川下りのあり方」を模索していくしか途はないのでしょう。

 報道によると、この騒動が起こる前から「橋越え」のパフォーマンスを行っている川下り業者も一律に「橋越え」をしているという訳ではなく、船頭さんは「橋越え」を行う場所を熟知した上で、乗客からきちんと同意を取って、「橋越え」を希望しない乗客がいる場合には「橋越え」をしないといった判断をするなど柔軟に対応しており、また、問題の解決に向けて関係者が集まる場として「川下り事業者連携会議」が設置されたとのことです。

 このような関係者による協議の場において、これまで船頭さんの裁量に任せて暗黙の了解として曖昧なままに放置していたことを明確化し、もし現状において不足しているのであれば、乗客の安全のみならず、歩行者や通行する自動車への安全対策やガス管への保全対策などを追加するなどしてルール化して、従来通りに「橋越え」込みの形で「柳川の川下り」を継続していくことは、さほど難しいことだとは思えません

 いずれ遠からず何らかの形で解決が図られて、柳川の「橋越え」騒動自体が収まるものと思われます。

 

「橋越え」騒動から考えるもう1つの視点-「橋越え」は守るべき「伝統」なのか?

 この度の「橋越え」を巡る騒動については「SNSで拡散されることによって観光資源である地域の伝統(この場合は「橋越え」のパフォーマンス)が広く知れ渡るようになり、危険性を過大評価して『100%の安心・安全』を求めるノイジー・マイノリティ(『声高な少数派』「『やかましい少数意見」』)の声に過敏に反応した行政当局(柳川市)が、短絡的に地域の伝統(『橋越え』)を守ることを放棄(中止要請)することで『安心・安全』を求める声に応える選択をしたことが、新聞・テレビなどのマスメディアで批判的に取り上げられることで右往左往してしまっている状況にある」とまとめることができるかと思います。

 短絡的に「安心・安全」を追求することで、本来守るべきである「伝統文化」の破壊に繋がりかねないという意味で、今回取り上げた「橋越え」のケースは、前回の記事で取り上げた沖縄県の「島豆腐」や秋田県の「いぶりがっこ」の事例と相通ずるものがあると思われます(「スタンダード」が破壊する地域の食文化―沖縄の「島豆腐」―」)。

 これまで「橋越え」が守るべき柳川の「伝統文化」であることを前提にして、一連の騒動について論じてきましたが、「橋越え」を含む「柳川の川下り」に関する資料を読み解くなかで、下記に示した幾つかの事由が気になり、私の中で「果たして『橋越え』は守るべき伝統と言えるものなのであろうか」との疑問が浮かんでしまいました。

  • 「柳川の川下り」を担う川下り業者(7つ)の全てが「橋越え」を行っている訳ではなく、一部の業者のみで行われ、しかも、その業者の中でも全てではなく一部の船頭さんによって行われているパフォーマンスであること。
  • SNS上でYouTubeやTwitterなど「橋越え」を行っている川下り業者や「橋越え」を体験したお客さんによる紹介のページや動画は数多くあるものの、柳川市の公式ウェブサイトや柳川市観光協会の公式観光サイト、福岡県観光連盟のYouTubeなど公的な組織が運営するサイトでは「柳川の川下り」は紹介されているが、「橋越え」について全く言及されていないこと(私が見逃してしまっている可能性は否定できません)。
  • 「柳川の川下り」は1954年(昭和29年)に柳川出身の北原白秋の少年時代を描いた映画『からたちの花』のロケが行われて、柳川の風景が全国のスクリーンに映し出されたことから「あの舟遊びを」との声が数多く寄せられたことをきっかけに、もてなしとしての「川下り」が始まった(「柳川市観光情報」柳川市公式ウェブサイト)一方で、「橋越え」を行っている川下り業者の社長さんの話によると、「橋越え」は約40年前から行われ、そもそもパフォーマンスではなかったが、一部の「橋越え」をする船頭さんがいて、それが徐々に評判となり、パフォーマンスとしての側面が強くなっていったものであるということ。すなわち、「橋越え」は「川下り」が始まった当初からあったものではなく、後から加わったものであるということ。
  • 川下り業者の間でも「橋越え」について意見が分かれており、必ずしも全ての関係者が好意的に捉えている訳ではないということ。「橋越え」を行わない川下り業者は「船頭さんが(一瞬でも)いない状態は安全管理を放棄している」として「堀の景色や船頭の歌、語りこそ多くの人に知ってほしい」「お客さんを楽しませるパフォーマンスは(他にも)いっぱいあると思う」と語っており、「橋越え」が行われている竹門橋近くで飲食店を営む人は「会社によって個性を出すことは良いが、水路の歴史と役割を客に伝えることを大切にしてほしい」と語っているなど地域に「橋越え」のことを否定的に捉えている人々がいること。
  • 柳川市によると5月30日までの段階で「続けてほしい」という意見が47件、「中止したほうがよい」が6件、「双方の言い分が分かる」という意見が1件、メールや電話で寄せられており、「続けてほしい」という意見は県外が多く、中止を求める声のほとんどが地元柳川市の市民であったとのこと。

橋の下を潜ろうとしている船頭さん。全ての船頭さんが”橋越え”をするわけではない。

 恐らく、1950年代半ば頃から始まった「柳川の川下り」そのものを地域の伝統文化と位置づけることについては、異論をさし挟む余地はないものと思われます。しかしながら、「橋越え」は約40年の歴史があるとはいえ、それ以前から現在までに70年以上続いている「川下り」に後から付け加えられたパフォーマンスであり、昔から柳川で「川下り」に携わる人々や地元の人達にとって、「伝統的な柳川の川下り」に後から加わった異物の様なものとして受けとめられている可能性があるのではないかと感じてしまいました。

 SNS上で確認できる「橋越え」の動画や画像からは、「船頭が舟を離れることによって発生する危険性」や「橋越えによって近隣の方々が不快に感じたり、迷惑を被ったりするような状況」などを読み取ることはできないのですが、SNSに投稿される動画や画像などは、あくまでも事象全体の限られた一面を切り取ったものでしかなく、その背後にはネットを介しては、決して触れることも感じることもできない世界が広がっています。

 私たちがネットやSNSを介しては得られる情報はごく限られたものでしかなく、SNS上では確認することができない「橋越え」を中止にした方がよい理由が存在するのかもしれませんし、そのようなものは存在しないのかもしれません。もし地域に暮らす人たちにとって「橋越え」を中止にした方がよい、もしくは少なくとも中止を検討するに値する理由があるのであれば、私たちは、今回の柳川市当局の対応を「事故が発生したときに轟々たる非難を浴びることを恐れて、前もってありとあらゆる事故防止策を講ずる管理責任者」として単純に批判することはできなくなるはずです。

 現在、「柳川の川下り」の「橋越え」について、SNSを含む広い世界では、当事者とは言えない第三者の意見が含まれてしまうことを避けられないので、中止要請した柳川市当局の対応を批判的に捉えて「橋越え」の存続を望む声が大多数を占めるものと思われますが、柳川市民や柳川市の行政関係者、川下りに携わる業者など直接「柳川の川下り」に関係する人々に限って意見を募った場合に、必ずしも広い世界での多数決と同じ結果が得られるとは限らないと思います。

 これから柳川市の川下り業者を含む観光事業に携わる人々を中心に、柳川市当局を含めて柳川市民のみなさまで「地域の伝統文化としての『柳川の川下り』をどのような形で存続させていくのか」について議論がなされることになるのでしょう。

 SNS上に飛び交う無責任な言論に惑わされることなく、柳川の「川下り」に関わる人々にとって望ましい結論が得られることを祈るばかりです。

  •  今回の拙稿では、現地調査や当事者への取材をすることなく、新聞やテレビなどのマスメディアやSNSから得られる情報のみに基づいて考察したもの-本文中で論じているように「事象全体の限られた一面」を切り取った上で考察したもの-であり、重大な事実誤認や私自身の先入観に囚われて論じてしまっている可能性を排除できません。
     もしそのような事実誤認がある場合、ご指摘いただけると幸いです。

(藤原昌樹)

観光客は”歴史と暮らしの風景が移り変わっていく”(柳川市観光情報)のを楽しむことが出来る。

四季折々の景観の中を進む。

 

◯注

・*1 「まるで忍者? 船から橋へ、橋から船へと飛び移る『柳川の船頭』が凄すぎて…国内外で大バズり」『Jタウンネット「あなたの街の情報サイト」』2023年1月13日
https://j-town.net/2023/01/13342472.html?p=all

 

・*2 「川下りにおける安全運航の徹底について(お願い)」(令和5年5月25日)
SKM_C45823052512170 (city.yanagawa.fukuoka.jp)

 

・*3 「まずは季を愛でる川下りへと」(「柳川市観光情報」柳川市公式ウェブサイト)
https://www.city.yanagawa.fukuoka.jp/kanko/tabimonogatari/01kawakudari.html

 

・*4 柳川川下り@福岡県柳川市【福岡観光紹介ショートムービー】 – YouTube 公益社団法人福岡県観光連盟

 

・*5「保津川下り」亀岡市公式ホームページ
https://www.city.kameoka.kyoto.jp/soshiki/29/3540.html

 

・*6「名物の川下り、話題の『橋越え』に中止要請 SNSで拡散し賛否」『西日本新聞』2023年5月25日
https://news.yahoo.co.jp/articles/078eeb72ba4e2d2d4009f3eb792ecdbc9a474450

 

・*7 「柳川の川下り名物“橋越え”が中止に? 『危ない』との声がある中、弁護士が指摘する規制の難しさと今後の対応」(FNNプライムオンライン 2023年6月1日)
「今回、川下りで使用されている『ろかい舟』、いわゆるオールで漕ぐ舟は、カヌーや手漕ぎボートと同様で、運行にあたって比較的危険性が少ないとされています。そのため、船を規制する一般的な法律である海上運送法や船舶法の対象外となっています。ろかい舟の安全管理や運送方法について明確に規制した法律はなく、そのため現段階で法的に規制することは難しいです」「(船頭が)舟から離れて橋に上がった際に、橋上に車の往来が激しい車道や横断歩道があって、そこの信号を無視するなどして道を渡って舟に戻ったら、それは道路交通法違反に当たる可能性があります。また、舟が橋の下を通過している間に、乗客が川に落ちたり、危険な行為をして誰かが怪我をしたりした場合などは、民事上の損害賠償請求や刑事上の責任を問われる可能性はあります。船頭が、短時間かつ短距離のあいだ、舟から離れることは直ちに法律違反とはなりません」

 

・*8 「柳川川下り『橋越え』に関するご意見について(令和5年5月31日)」(「柳川市観光情報」柳川市公式ウェブサイト)
「多くの皆様から『行政が橋越えに関し中止の勧告を行った』などのご指摘をいただいておりますが、令和5年5月25日付『川下りにおける安全運航の徹底について(お願い)』を川下り事業者各位に配布した趣旨は、観光にお越しいただいたお客様や、市民の皆様の安全確保を最優先に考えて安全運航のお願いを行ったものです」「現在、市には、川下りの『橋越え』についてさまざまなご意見が届いておりますが、頂いた意見を参考にしながら、今後とも安全運航の徹底のため、川下り事業者や関係団体と協議を行っていきたいと思います」としている。

 

・*9 「福岡・柳川の川下り 名物『橋越え』に中止要請 市の通達に困惑の声続々【Nスタ解説】」TBS NEWS DIG、2023年5月30日
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/513735?display=1

 

・*10 小沢一郎『日本改造計画』講談社、1993年
https://amzn.to/3OS6QHR
wikipedia

 

◯その他、参考資料

・「柳川について」(「ゆっらーっと柳川」柳川市観光協会公式観光サイト)
https://www.yanagawa-net.com/attractions/

・「水郷・柳川“川下り”船頭の『橋越え』パフォーマンスめぐり賛否-市が警告の張り紙」RKB(毎日放送)オンライン、2023年6月2日
https://rkb.jp/contents/202306/202306026262/

・「名物川下りで“船頭ジャンプ”『橋越え』に市が中止要請 『忍者みたい』と人気」テレ朝ニュース、2023年5月30日
https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000301199.html

【物議】柳川名物「川下り」で話題の船頭ジャンプ「橋越え」に中止要請 業者間でも賛否が分かれる【福岡県】|FNNプライムオンライン 2023年5月26日

・「保津川川下り船転覆死亡事故」フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%9D%E6%B4%A5%E5%B7%9D%E5%B7%9D%E4%B8%8B%E3%82%8A%E8%88%B9%E8%BB%A2%E8%A6%86%E6%AD%BB%E4%BA%A1%E4%BA%8B%E6%95%85

・「スタンダード」が破壊する地域の食文化―沖縄の「島豆腐」―
https://the-criterion.jp/mail-magazine/230525/

 

◯参考文献

小沢一郎『日本改造計画』講談社、1993年
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wikipedia


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