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【大石久和】緊縮財政論がインフラを蝕む 貧困化の道を突き進む日本

啓文社(編集用)

啓文社(編集用)

はじめに

 日本はいま経済力をはじめ、あらゆる面で凋落を続け、すでに世界有数の大国のレベルからは転落してしまった。これの大本に財政再建至上主義から来る歳出削減最優先指向があった。そのため近年の歴代内閣は、「主たる受益者が選挙権を持たない将来の国民」であるインフラ整備の削減を指向してきた。今年高速道路が整備されると大人のわれわれも時間短縮などの恩恵を受けるが、子供たちは長い一生涯にわたって利益を得ることになる。

 われわれは三十年もの長い間、「インフラという将来への資産造り」を縮小してきた。それは現世代が、安全に、効率的に、快適に活動できる環境整備にも手を抜いてきたということでもあり、その結果、先進諸国と経済的にまともに競争できない国に成り果てたのだった。

 はじめに、われわれの現在地を確認してインフラ論を進めることとしよう。

 

 世帯所得平均

   一九九五年(財政危機宣言発出の年) 六六〇万円

   二〇二〇年             五六〇万円(一〇〇万円のダウン・低所得世帯の急増)

 年収中央値(これより多い人と少ない人が同じ数である年収値)

   一九九四年             五〇五万円

   二〇二二年             三七四万円(一三一万円のダウン・貧困層の増加)

 

 日本国憲法は、前文に「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。」と規定するが、インフラ整備支出の削減等を続けてきた期間に国民はひたすら貧困化し、福利(幸福と利益)はまるで享受できていないから、政治は明確な憲法違反状況になっている。

 

首脳の発言・認識

 インフラは整備によるフロー効果によって経済を刺激することに加え、完成後はストックとして人びとの生活やあらゆる産業の安全と効率を向上させるものとなる。インフラ整備には多額の費用を要するものの一国の経済成長と税収増の要であるから、各国の首脳は機会あるごとに整備の必要性を訴え、国民の理解を得る努力をしている。こうした努力を全くしていないのは唯一日本だけなのだ。

 海外首脳の発言を見てみよう。まずは、アメリカのバイデン大統領である。

 バイデン大統領は、二〇二三年二月七日に一般教書演説を行い、インフラ整備の重要性を次のように説いた。「世界で最も強い経済を維持するためには最高のインフラが必要だ。アメリカはインフラ投資法を成立させたことによって、世界一のインフラ国の地位に再び返り咲きつつある。(略)何十万人という人を動員し、われわれの高速道路、橋、鉄道、トンネル、港や空港を再建する。」

 この二〇二三年のインフラ整備演説も力強いものであったが、驚いたのはこの前年二〇二二年三月三日の一般教書演説だった。ロシアによるウクライナ侵攻から十日経つか経たないうちに、つまり演説のほとんどをロシア非難とウクライナ支援に費やしてもおかしくない時期に、なんと相当な時間をインフラ整備に充てたのである。

「アメリカはかつて世界で最も優れた道路、橋、空港を有していた。しかしわれわれのインフラは現在世界一三位に落ち込んでいる。これからはインフラを整備するときだ。それは二十一世紀にわれわれが直面する世界、特に中国との経済競争に勝つための道筋をつけるものだ。われわれはアメリカ全土の道路、空港、港湾、水路を近代化し、何百万人ものアメリカ人によい雇用を創出する。」

 この時期にこの内容の演説にかなりの時間を費やしたことに対して、共和党からの批判もなく(インフラ投資法は共和・民主両党の共同提案だった)、メディアからも非難されていない。インフラ整備の重要性認識は、アメリカでは政府と国民とで共有できている感がある。

 このような発言が近年のわが国の首相から出たことはまずないし、田中角栄首相以降では全くなかったと断言できる。与野党の政治家からもインフラ整備のイの字も聞こえてこない。つまり、このことは日本政治がインフラ整備の意義を理解できていないことを示している。

 バイデン大統領以外の大統領も積極的に発言してきた。トランプ氏は大統領時代には毎年のように「インフラ整備の迅速化指示」「インフラの大規模な再建のための民主・共和両党の団結」「アメリカ国民は安全で信頼性が高く近代的なインフラを享受する権利がある」などとの発言を続けてきた。

 さらに、ブッシュ氏もオバマ氏も大統領時代にインフラの重要性に触れている。インフラを語るのは歴代アメリカ大統領だけではない。イギリスのジョンソン元首相は、「国家の再建と経済の立て直しに取りかかるためインフラの拡充は不可欠だ」と述べたし、キャメロン氏も首相時代には「イギリスのインフラが二流になれば国も二流になる」と警告した。ブレア氏も「わが国の交通システムは何十年にもわたって過小投資が続き、損害を被ってきた」と指摘した。

 イタリアのレンツィ氏などの歴代首相も、ドイツのメルケル前首相も、インフラの重要性やインフラへの過小投資に警告を発し続けてきたのだった。このように見てくると、わが国の歴代首相がインフラ投資に触れていないことが、いかに異常なことかわかるのだ。世界の中で日本政治だけが、インフラの意味や整備の重要性が理解できていないために投資も増やさず、そのためにデフレから脱却もできずに国民の貧困化が進んでいるのに、何の処方箋も用意できないでいるのだ。

 

日本インフラの惨状

 まず、道路整備の状況を概観してみよう。物流の効率化に欠かせない概ね時速八〇キロメートル以上で走行可能な道路は、日本には約七八〇〇キロメートル程度整備されているが、それがドイツでは約三万一七〇〇キロメートルにもなり、日本の約四倍近くにも達している。

 したがって、平均走行速度も日本の全国平均は時速約六一キロメートルであるのに対し、ドイツは約八四キロメートルとなっており、一八〇キロメートル先に行く時間を考えると、日本では約三時間かかるのにドイツでは二時間少々で行けることになる。経済効率の差は明らかで、貨物の伝達速度、運転手の労働時間、トラックの回転率などに大きな差が生まれていることがわかる。

 政府は物流の二〇二四年問題と騒いでいるが、その対策としてのインフラ改善策は何も示していない。走行速度が低い原因となっている高速道路の暫定二車線(ほとんどが時速七〇キロメートル規制)を解消して四車線にするなどの施策は何も示されていない。韓国では、すでに暫定二車線の高速道路は解消されており、平均走行速度もわが国よりかなり速い時速約七七キロメートルを実現している。

 おまけにわが国では、本来整備することとしている高規格道路などの計画延長は約二万一〇〇〇キロメートルあるのだが、供用されている(とはいえ暫定二車線が約四〇%もある)のは約一万五〇〇〇キロメートルに過ぎない。要するに本来つながるべき道路がつながっておらず、全国にミッシングリンクが散在していて、移動の効率化を阻害しているのである。

 港湾の状況も酷いもので…

〈続きは本誌でお読みいただけます〉

 


〈編集部より〉

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