読売新聞社が2024年2~3月に実施した安全保障に関する全国世論調査によると、「最近、日本の安全保障について脅威を感じている」と答えた人は「大いに」の31%と「多少は」の53%を合わせて84%との高い数字となり、日本を取り巻く安全保障環境に多くの人が脅威を実感していることが明確になりました。同調査で、日本が防衛力を強化することについては「賛成」が71%で、「反対」が26%となっています(注1)。
現在、政府は中国の軍備増強や強引な海洋進出を背景に防衛力の「南西シフト」を進めており、2016年の与那国駐屯地(与那国町)を手始めに陸上自衛隊の「空白地帯」だった先島諸島(宮古列島と八重山列島)に次々と駐屯地を開設し、部隊配備も進めています。施設数は2023年3月時点で57施設と本土復帰直後の約20倍、面積は約811ヘクタールと約5倍となりました(注2)。
2024年になってから「南西諸島の防衛力強化」に向けた動きが更に加速しており、3月21日に陸上自衛隊の「地対艦ミサイル連隊」(うるま市勝連分屯地)と「電子戦部隊」(与那国駐屯地)が発足しました。また、3月29日には「武力攻撃を想定した避難施設(シェルター)整備指針」が策定され、4月1日には平時から自衛隊や海上保安庁が使用できる「特定利用空港・港湾」を全国で16カ所(5空港・11港湾)選定し、沖縄県では那覇空港と石垣港の2施設が選ばれています(注3)。
沖縄県うるま市の陸自訓練場計画、保守・革新超えた撤回要求に発展…「丁寧な説明」求める声:地域ニュース : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)
急ぐ政府 慎重な沖縄県 有事の際の攻撃対象の可能性を懸念 那覇空港と石垣港「特定利用空港・港湾」に指定 | 沖縄タイムス+プラス (okinawatimes.co.jp)
政府による「南西諸島の防衛力強化」の動きに呼応する形で、先島諸島の石垣市、竹富町、与那国町が、国民保護法に基づく武力攻撃事態を想定した「八重山地区武力攻撃等相互応援協定」を締結しました(注4)。この協定は、他国からの武力攻撃が差し迫っていると政府が認定した際に、1市2町で相互に協力し合うことを確認したものです。具体的には避難誘導や救護のための職員派遣、食料及び避難施設や住宅の提供、輸送路の確保、物資や資機材を提供することなどを定めており、「(協定として)明文化することで強固な協力体制を構築」することを目指すとしています。
中山義隆石垣市長は「北朝鮮の弾道ミサイル発射や中国による領海侵犯など先島諸島周辺で安全保障を脅かす行動が懸念される」と指摘した上で「国境の諸島であるため緊急事態に対処すべきいとまがない」「3市町が協力することで被害の軽減、対処すべき事態の対応策が多く構築されることを期待する」と述べ、前泊正人竹富町長と糸数健一与那国町長は「一時避難所である石垣市に町それぞれが単独で住民を避難させることは不可能」であるとして、いずれも「協定締結による自治体間の連携は意義がある」との考えを示しました。
協定締結後の会見で報道陣から「武力攻撃を想定した協定は他国を刺激するのではないか」と問われた石垣市の中山市長は「住民避難の連携をすることで、他国を刺激するという理由が分からない。不安を煽っているのはマスコミだ」と語気を強めていました。
近年の我が国を取り巻く国際情勢、特に「台湾有事」に対する懸念の高まりを背景に、政府が「国民の生命・財産」を守るために「南西諸島の防衛力強化」に努めることや、国境に位置する島々(自治体)が不測の事態に備えることは至極当然のことであるように思えますが、沖縄県内では例の如く防衛力強化の動きに反発する声が上がっています。
「地対艦ミサイル部隊」の配備については、「基地反対」や「反戦平和」を訴える市民団体が集会を開催して「ミサイル配備断念を要求すること」等を決議しており、「地対艦ミサイル連隊」の発足を記念した式典の際には、会場前で「うるま市が標的にされる」「私のお金でミサイルを買わないで」などと書かれたプラカードを掲げながら、「ミサイルを持ち帰れ」「戦争には協力しない」とシュプレヒコールを繰り返す光景が繰り広げられていました(注5)。
『琉球新報』では、「特定利用空港・港湾」の指定について「自衛隊や海保の訓練などに使用される施設は当然、有事の際は攻撃の標的になり得る」「民間施設まで軍事利用することは沖縄全体が軍事要塞化することに他ならない」「そもそも空港や港湾が攻撃されれば、住民はどうやって避難すればいいのか。有事の際は軍事が優先され、住民は二の次になることは明らかだ。沖縄戦から私たちが得たのは『軍隊は住民を守らない』という教訓のはずだ」「政府は、軍事拠点の整備によって緊張状態をさらに悪化させるのではなく、緊張緩和のため外交努力をすべきだ」と批判的に論じています(注6)。
また、『沖縄タイムス』は、政府による「南西諸島の防衛力強化」に向けた取り組みや八重山の3市町(石垣市、竹富町、与那国町)が締結した「協定」について、「特定の国による武力攻撃を想定してはいないとするものの、念頭にあるのは中国による台湾侵攻であろう。政府が『有事』を強調しながら、南西諸島で自衛隊配備を強化したり、住民の避難計画を進めたりしている流れに呼応している」「国境に近い島々の不安や懸念は理解できるが、過度な反応は周辺地域の緊張を高めることを忘れてはならない。基地があるから、軍隊がいるからこそ、攻撃の的になることを歴史が証明している。平和外交と周辺地域との官民の交流が何よりの抑止力となることをあらためて確認したい」「政府は実態のない脅威をあおるのではなく、国民に安心と安全を拡げることに注力すべきである。有事を起こさせないための平和外交にこそ努めるべきである」と論じていました(注7)。
彼ら「絶対平和主義者」が論外であることは、これまでに何度も論じてきた通りですが、今回はそれ以外のところからも反発の声が上がっています。
昨年末、防衛省は、陸上自衛隊第15旅団(那覇市)を2027年度までに師団規模へと改編する計画に伴い、新たな陸自訓練場を新設する必要があると判断し、うるま市石川のゴルフ場跡地を取得するために2024年度予算案に関連経費を計上しました。
当該ゴルフ場跡地の周辺には、県立石川青少年の家や県警察学校、沖縄自動車道が隣接しており、計画を進めるにあたっては、住民への事前説明等きめ細やかな対応をすることによって市当局や周辺住民からの理解を得なければならなかったはずなのですが、防衛省からは何ら事前の説明がなく、予算案の閣議決定後の「事後報告」となったことで強い反発を招き、反対の声が全県に広がることになりました(注8)。
報道では、防衛省や自衛隊の関係者が「(訓練場整備計画への)反発は想定以上で驚いた」と語っていたと伝えています。もともと建設予定地のうるま市石川は保守地盤の地域で、自衛隊についても比較的理解がある住民が多いと言われており、また、中村正人うるま市長も保守系であることから、地元住民から多少の反対があったとしても、市長や市議会が計画に賛同もしくは容認してくれるとの甘い見通しのもとに計画を進めようとしたものと思われます。しかしながら、防衛省が地元の頭越しに住民を無視する形で計画を進めようとした結果として、住民の怒りに火をつけることとなったのです。
これに対して、基本的には防衛力を強化する国の基本方針を容認するスタンスであり、それ故今回も政府が計画に賛成することを期待していたはずの自民党沖縄県連も、政府への要求を「市民との交友の場としての利用も視野に入れた見直し」から「白紙撤回」、そして「断念」へと厳しいものに切り替えざるを得ない事態に陥りました。今年6月には県議会議員選挙を控え、来年5月と10月にそれぞれ任期満了を迎えるうるま市長と衆議院議員の選挙が予定されていることから、地元の強い反対を軽視することができないものと思われます。
沖縄県議会では、2024年3月7日の本会議で、陸上自衛隊訓練場整備計画について「県民の福祉向上、生命と財産を守る立場から、白紙撤回を速やかに実現するよう強く要請する」として、政府に白紙撤回を求める意見書を首相や防衛相らに送付することを全会一致で可決しています。また、うるま市内外の17団体で構成する「自衛隊訓練場計画の断念を求める会」が3月20日に開催した市民集会には、1,200人以上(主催者発表)が参加し、同計画を直ちに断念するよう求める決議を採択しました。
3月28日に同計画の土地取得費などが計上された2024年度予算が成立したことを受けて、木原稔防衛相は記者会見で「現時点で土地取得も含めて計画を白紙にする考えはない」と述べていましたが、4月11日に臨時会見を開いて「住民生活と調和しながら訓練の必要性を十分に満たすことは不可能と判断した」「地元の状況についての把握・分析・検討が不十分だったと評価している」と説明し、土地取得を含めた計画断念を表明しました。
陸自第15旅団の師団規模への格上げ計画は堅持するとしており、沖縄本島内で別の訓練場用地を探す見通しですが、訓練場の整備計画そのものが極めて厳しい状況に陥ってしまったと言わざるを得ません。
我が国が自衛隊を中心に「南西諸島の防衛力強化」に努めること自体は「国民の生命と財産」を守るために避けて通ることができない道であることは明らかであり、少なくとも、我が国が「防衛・安全保障」において米国に依存し、従属している「半独立」の現状から脱却し、「独立した主権国家に相応しい防衛・安全保障体制」を構築するための第一歩であると評価することができます。
一方、特にメディアを通して沖縄で拡がる「南西諸島の防衛力強化」に対する反発は、「こちらが武器を捨てて争う意思がないこと、すなわち『非武装の姿勢と非暴力の態度』を示せば相手から攻めてくることはなく、平和が保たれる」「特殊な状況下における例外を除けば、基本的に人間は平和主義者である」と考える「性善説」と「平和主義」を前提にしており、未だ「夢物語」から覚めることが出来ていません。
混迷が深まり、緊迫の度合いが高まる国際情勢の下で「平和」―戦争がない状態―を維持するためには、政府が推し進める「防衛力強化による抑止力の向上」と、平和主義者たちが求める「対話と相互理解による緊張緩和と信頼醸成」は、どちらか一方の道を選ぶことができる二者択一の選択肢などではなく、その両方を同時に追い求めていかなければならないという「ごく当たり前のこと」を確認するところから始めていかなければならないのです。
今回の陸自訓練場の整備計画を巡っては、周辺住民からの強い反発が生ずる蓋然性が高いことは誰の目にも明らかでした。この反発は、沖縄県民の1人として私にも理解できるものです。政府は、計画を実現するための戦略性に欠け、住民への事前説明や関係者への根回しなど必要な手順を怠ってしまいました。その結果、ようやく半独立から独立へ第一歩を踏み出した次の瞬間に足元を滑らせた、という顛末となってしまったのです。住民からの強い反対に直面してから右往左往し、計画の実現そのものが危ぶまれる事態に陥っている政府の姿は、下手な大根役者による、たいして面白くもないスラップスティック(どたばた喜劇)のようであり、果たして我が国の「防衛・安全保障」を彼らに委ねても良いものかどうかとの強い不安を覚えてしまいます。
(注1) 安保環境に「脅威」84%、対中国91%・対北朝鮮87%…読売世論調査(読売新聞オンライン) – Yahoo!ニュース
(注2) 沖縄県うるま市の陸自訓練場計画、保守・革新超えた撤回要求に発展…「丁寧な説明」求める声:地域ニュース : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)
(注3) 沖縄本島に初の地対艦ミサイル部隊配備 うるま市の陸自分屯地 | NHK | 沖縄県
・陸自 与那国島に「電子戦部隊」など 県内2か所に追加配備|NHK 沖縄県のニュース
・ 国民保護法とは – 内閣官房 国民保護ポータルサイト (kokuminhogo.go.jp)
・武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律 | e-Gov法令検索
・シェルター整備、離島限定 政府方針 台湾有事、先島を優先 – 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)
・政府、シェルター整備の指針策定 沖縄・先島、住民が2週間避難 | 共同通信 ニュース | 沖縄タイムス+プラス (okinawatimes.co.jp)
・先島5市町村に避難施設 政府方針 「台湾有事」念頭に – 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)
・ 防衛強化へ16空港・港湾 南西有事念頭、平時から活用―北海道・福岡・沖縄など7道県・政府選定:時事ドットコム (jiji.com)
・那覇空港と石垣港の整備に97億円 政府が「特定利用空港・港湾」に正式決定 沖縄県 | 沖縄タイムス+プラス (okinawatimes.co.jp)
・石垣港と那覇空港「特定利用」に決定 全国16カ所、整備に370億円 沖縄県内ほかの候補地は見送り – 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)
・急ぐ政府 慎重な沖縄県 有事の際の攻撃対象の可能性を懸念 那覇空港と石垣港「特定利用空港・港湾」に指定 | 沖縄タイムス+プラス (okinawatimes.co.jp)
・国家安全保障戦略について | 内閣官房ホームページ (cas.go.jp)
・「総合的な防衛体制の強化に資する公共インフラ整備」に関するQ&A |内閣官房ホームページ (cas.go.jp)
(注4) 石垣市、竹富町、与那国町が武力攻撃を想定し協定 避難や救護・食料で相互応援を明文化 沖縄 – 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)
(注5) ミサイル配備「断念を」 うるま市民の会、集会に400人 – 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)
・「ミサイルを持ち帰れ」座り込む市民を機動隊が排除し騒然 陸自勝連分屯地での連隊発足式典を前に 沖縄・うるま市 | 沖縄タイムス+プラス (okinawatimes.co.jp)
・「標的にされる」「私のお金でミサイルを買わないで」 沖縄本島初の地対艦ミサイル部隊 式典へ市民ら座り込み抗議 県警が排除 | 沖縄タイムス+プラス (okinawatimes.co.jp)
(注6) <社説>「特定利用」指定 政府はリスクも説明せよ – 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)
(注7) [社説]「有事」住民避難 これで本当に守れるか | 社説 | 沖縄タイムス+プラス (okinawatimes.co.jp)
・[社説]防衛インフラ整備 軍事利用の拡大を懸念 | 社説 | 沖縄タイムス+プラス (okinawatimes.co.jp)
(注8) 沖縄県うるま市の陸自訓練場計画、保守・革新超えた撤回要求に発展…「丁寧な説明」求める声:地域ニュース : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)
・陸自、うるまに訓練場 石川のゴルフ場跡 取得を計画 | 沖縄タイムス+プラス (okinawatimes.co.jp)
・「火種は抱えたくない」沖縄県議選に逆風 自民は警戒 陸自訓練場に地元が反対 玉城デニー知事の判断も焦点 | 沖縄タイムス+プラス (okinawatimes.co.jp)
・防衛省、地元への説明が後手に うるま市石川の陸自訓練場計画 保守地盤だが根強い反対 市議会でも反発広がる | 沖縄タイムス+プラス (okinawatimes.co.jp)
・陸自訓練場の撤回へ意見書 沖縄県議会、全会一致で可決 | 共同通信 ニュース | 沖縄タイムス+プラス (okinawatimes.co.jp)
・うるま市で陸上自衛隊訓練場の整備計画に反対する集会 |NHK 沖縄県のニュース
・「断念を勝ち取ろう」1200人超える集会 陸自の訓練場計画 予定地の沖縄・うるま市で 決議を採択し政府に要請へ | 沖縄タイムス+プラス (okinawatimes.co.jp)
・予算成立 訓練場白紙にしない うるま計画 防衛相見解 | 沖縄タイムス+プラス (okinawatimes.co.jp)
・陸自のうるま市訓練場計画 防衛省が断念を検討 沖縄県内での反発受け 今後、別の用地確保を検討 自民県連、防衛相に要請 | 沖縄タイムス+プラス (okinawatimes.co.jp)
・【速報】防衛省、うるま市の陸自訓練場の新設計画を断念へ 用地取得も見送る方向 | 沖縄タイムス+プラス (okinawatimes.co.jp)
・うるま陸自訓練場計画を断念 防衛相がおわび「住民生活と調和、不可能」 沖縄本島内で代替地模索へ – 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)
(藤原昌樹)
〈編集部より〉
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