本日は8月16日発売、『表現者クライテリオン2024年9月号 [特集]指導者の条件』より、特集論考をお送りいたします。
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「かつての日本人」李登輝が日本の教育で学んだことを、
いま、日本の指導者は思い返すべきではないか。
「指導者の条件」と聞いて、真っ先に浮かんだのは李登輝総統でした。四年前に永眠された李氏は生前も偉大な指導者として海外からの支持も厚い政治家でしたが、これからも歴史的功績者、また人格者として語り継がれていくことは確実でしょう。
今回の原稿の依頼を受けて、李氏の自伝を読み返してみたところ、現在の日本の指導者との差が明確に記されており、国民が現政権に対して募らせる不満と憤りの理由が見えてきました。
国民の岸田政権への意見として、「他の派閥を気にしてばかりで、信念を持った政治をしていない」「国民の生活状況が分かっていない」「海外にはばらまくが、国民にはケチすぎる」などが目立ちます。つまり、国民は岸田首相の、信念がないこと、国民をよく見ていないこと、日本より他国を優先すること、現実的に必要な行動を起こさないこと、などに対して憤りを感じているようです。ニュースを見れば、首相の「責任転嫁」や「論点ずらし」などのキーワードが頻出し、「責任感に著しく欠ける政治家」というイメージも根強く浸透しています。
これらの国民の不満を意識しながら李登輝氏の自伝を読むと、まるで現代の日本国民のために総統が言葉を残してくれたのではないかと感じるほど頷いてしまいました。
李氏は「指導者の条件を問われると、私は『絶対に不可欠なもの』として真っ先に『信仰』を挙げます」と説明します。李氏自身は政治家としての軸を立てるため、信仰心の重要性に気づきキリスト教徒に改宗しますが、ここでいう「信仰」とは既存の宗教に所属することのみを意味しません。李氏は、信仰とは哲学のことであり、強い信念を抱くために必ず必要なものであると言います。そして信仰のないところに使命感もないと言います。信仰なり、フィロソフィーなり、政治を超えたところにある「何か」を自分のうちに持たずに政治を行うと、使命感が稀薄になり、実行するエネルギーも弱くなる。昨今の指導者にはそういう傾向が見られるような気がします。
信仰の欠如。これが日本の政治家の大半が抱える問題だと言えるでしょう。
信仰がなければ目指す理想もありません。グーグル・マップを利用するには、目指す目的地を設定しなければルートが提案されません。目的地の入力なしにはルートが示されないように、政治もまた明確なゴールに対するヴィジョンがなければ適切な道筋も見えてきません。この目的地の不明確さが現政権の迷走の理由です。政治家自身がどこに向かいたいのか、どこに日本を向かわせたいのか、と
いう明確なイメージができていないのでしょう。それが、首相にその場しのぎのゆるい対応を繰り返させ、国民の不満を募らせる原因です。
李登輝氏のいう「信仰」とは「死生観」も含まれます。李氏は、キリスト教に道を求めた理由として、儒教には明確な死生観がなく、与えられた命を公に尽くすことで救われるというヨーロッパの死生観に共感したのだと話し、キリスト教を信仰しながら『武士道』を書き上げた新渡戸稲造と自身を重ねています。
李氏は「指導者が死について真剣であれば生にも真剣になり、それが善政につながる」と言います。残念ながら、死にも生にも真剣な指導者という善政の条件が日本に欠けているということは、国民の誰もが頷くところだと思います。
李氏は小我を捨て大我で仕事をする政治家を、「自分が死んだ後に誕生するものに意味がある」と認識する者と捉えていました。それは江戸に巨大都市を築くという使命を、その完成を見届けることができないと知りながら、自分の死後も引き継がれるよう計画を整えた徳川家康を思い出させます。自分が目にすることができる成果ではなく、国の継続的で建設的な豊かさの実現に向けた政治を目指すこと。それが「公に尽くす」ことの意味だと李氏は理解していました。それは任期を無事に終えるという保身のあり方では到底行われない政治です。
また、李氏は政治家には「権力掌握を目的とする者」と「仕事を目的とする者」の二種類の人間がいると話し、「凡庸な人間が権力を持つと、幸福感と快楽を感じ」る危うさを訴えます。「権力にとらわれない政治家は堕落しません」と言い切る李氏は、権力をいつでも放棄する覚悟で総統としての任務についていたと話し、台湾開発の功績者である後藤新平を「仕事を目的」とした有能な指導者として挙げています。
有能な指導者とは、…(続きは本誌にて…)
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