【藤原昌樹】「日米地位協定の見直し」について考える -「対米従属」からの脱却を目指して-

藤原昌樹

藤原昌樹

波乱含みの石破内閣発足

 

 2024年10月1日、石破茂内閣が発足しました。

 石破氏は「総理による政治利用のための解散は憲法違反であり許されない」と長年言い続け、自民党総裁選においても「早期解散」を主張していた小泉進次郎候補を批判して「国民が判断する材料を提供するのは政府、新しい総理の責任だ」「解散は政権の延命や『野党の準備が整っていない今なら勝てる』というような党利党略目的でおこなわれるべきものではない」「与野党の本当のやり取りは予算委員会だ。解散するとしても予算委員会でしっかりと議論をしてからだ」と明言していたにもかかわらず、総理大臣に就任する前日の9月30日に自らの持論を覆し、予算委員会を開くことなく10月9日に衆議院を解散して10月27日に衆議院議員選挙が行われることになりました(注1)

 マスメディアやネット上では「『国会議員の間では不人気でも全国の党員や国民からの人気はある石破総理の支持率が下落する前に解散すべき』『統一候補を立てるなど野党が対自民党で共闘体制を整える前に総選挙を』などといった自民党内の声や、早期解散を強く進言する森山幹事長に抗えなかった」「予算委員会を開けば、質問に対する各大臣の不用意な答弁で政権にダメージを与えられる恐れがあり、それを避けるために解散総選挙を急いだ」などと言われていますが、その豹変ぶりと「言行不一致」が「国民ではなく自民党内を見ている」と指摘され、既に石破総理に対する国民からの支持は急速に低下し始めており、「石破内閣が史上最短の短命内閣となる」(注2)ことが現実味を帯びてきています。

 

 自民党総裁選から石破茂内閣発足、来たる衆議院議員選挙に至るまでの過程において批判的に検証しなければならない論点が数多く提示されていますが、今回は石破氏が自民党総裁選の際に公約として掲げていた「日米地位協定の見直し」について取り上げてみたいと思います。

 

石破茂氏と沖縄-「平成の琉球処分」と「日米地位協定の見直し」

 

 先般の自民党総裁選で、石破茂氏が沖縄の「党員票」を最も多く獲得したと報じられていましたが、正直なところ、石破氏が沖縄でこれほどの支持を集めたことに驚きました(注3)

 沖縄では、石破氏と言えば「平成の琉球処分」を思い出す人が少なくないものと思われます。「平成の琉球処分」とは、2013年11月25日、党の幹事長であった石破氏が沖縄県選出の自民党国会議員らを東京の党本部に呼びつけて「辺野古移設」の容認を迫ったことであり、当時、新聞に掲載された記者会見の写真が沖縄県民に大きな衝撃を与えました(注4)

 沖縄における石破氏に関する報道では「平成の琉球処分」に言及し、その記者会見の写真が使用されることが多々あり、今回の自民党総裁選で石破氏が総裁に選出されたことを伝える記事でも使われていました。

【写真】「平成の琉球処分」とも 石破氏と沖縄 – 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)

 

 9月17日に那覇市で行われた自民党総裁選の立候補者演説会において、石破氏は「普天間飛行場の辺野古移設を決めたことについて、(沖縄の)理解を得て進めてきたかと言えば、必ずしもそうではなかった」「党の方針として辺野古移設を自民党沖縄県連にお願いをしたこと、幹事長として沖縄選出国会議員のみなさんに大変なご負担をかけたことを終生忘れない」と詫びた上で、小泉内閣の防衛庁長官であった2004年8月に米軍のヘリコプターが宜野湾市の沖縄国際大学に墜落した事故で、沖縄県警が現場に立ち入ることさえできず、機体の残骸を米軍が回収したことを振り返って「これが主権国家なのか」と疑問を呈し、「運用改善で事が済むとは思わない」として「日米地位協定の見直し」に着手することを自らの公約とすることを明らかにしました(注5)

 

【一覧表】自民総裁選 沖縄関連政策アンケート 候補者の回答は? – 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)

 

 総裁選において「日米地位協定の見直し」に言及した候補者は石破氏だけであり、「日米地位協定の見直し」を強く望む沖縄県民からの支持を獲得することに繋がった―少なくともプラスに作用した―のではないかと思えます。

 

 石破氏は、9月27日の総裁選に勝利した後の会見で「(地位協定の改定を求める党県連など沖縄の声を)等閑視すべきだとは思っていない」と述べて、改めて「日米地位協定」の改定に強い姿勢で臨む考えを示し、10月1日夜に首相官邸で開かれた就任後初の記者会見でも「改定によって日米同盟に懸念が生じるとは全く思っていない。同盟強化に繋がる」「改定の議論は20数年にわたって何度も提起してきた」と強調し、「総理になったからといって、いきなりそれが実現するとは思っていない。だからといって諦めていいとは全く思っていない」と述べていました(注6)

 

 しかしながら、10月4日の衆院本会議における総理就任後初の所信表明演説では、沖縄の基地負担軽減と振興策に引き続き取り組むことを強調し、「米軍普天間飛行場の1日も早い全面返還を目指し、辺野古への移設工事を進める」と述べる一方で、総理就任前まで強い意欲を示していた「日米地位協定の改定」には一切触れることなく演説を終えています(注7)

 

 所信表明演説とは「総理が自らの政権で取り組むこと」を宣言するものであり、基本的に所信表明に入っていない事柄については「この政権では取り組まない」と言っているに等しいということになります。

 「日米地位協定の見直し」が我が国にとって非常に困難な課題であり、一朝一夕に成し遂げられるものでないということは自明なことです。だからこそ、総裁選の過程で石破氏が「日米地位協定の見直し」に取り組むとの強い意志を明言したことに対して、沖縄から少なからぬ期待が寄せられたのです。

 総理に就任した途端に手のひら返しをして所信表明演説で「日米地位協定の見直し」を封印したことに対して、最初から石破氏に疑念を抱いて期待していなかった人々が「やはりそうなったか」と受けとめる一方で、石破氏の言葉に多少なりとも期待をしてしまった沖縄県民が「沖縄に対する裏切り」であると受けとめたであろうことは想像に難くありません。

 

「日米地位協定」の概要(注8)

 

 「日米地位協定(日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定)」とは、在日米軍による施設・区域の使用を認めた日米安全保障条約第6条を受け、米軍の円滑な活動を確保することを目的として、いわゆる米軍基地の使用の在り方や日本における米軍等の法的地位について定めた条約です。旧日米安全保障条約とともに締結された日米行政協定を継承する形で、1960年1月、現行の日米安全保障条約とともに署名され、国会承認を経て同年6月に発効しました。

 

 その主な内容は、①施設・区域の許与および返還の在り方、②米軍の施設・区域内外の管理、③船舶・航空機の出入・移動、④米軍人・軍属等の出入国・移動、⑤日本国法令の尊重、⑥刑事裁判権、⑦民事請求権等を定めるものであり、全28条で構成されています。

 

後で詳しく論じますが、「日米地位協定」はその条文のみが効力を有しているわけではなく、合意議事録等を含む大きな法的枠組みであり、合意議事録や日米合同委員会(日米地位協定第25条に基づく協定の実施に関する協議機関)における合意、さらには「環境補足協定」(2015年9月署名・発効)と「軍属補足協定」(2017年1月署名・発効)の2つの補足協定(注9)に基づいて実際の運用が行われています。

 

頻発する米兵による性暴力事件

 

 「日米地位協定」の問題点が国民の間で広く認識されるきっかけとなったのは、1995年9月4日に発生した「沖縄米兵少女暴行事件」(注10)です。この事件で、沖縄県警が逮捕状を取ったにもかかわらず、米軍は「日米地位協定」第17条(注11)に基づき、被疑者である米兵の身柄を日本側に引き渡すことを拒否しました。このことをきっかけに沖縄県民の間で燻っていた反基地感情及び反米感情が一気に爆発し、「日米地位協定の見直し」のみならず、米軍基地の縮小・撤廃要求運動にまで発展する契機となりました。

 

 1995年10月21日に沖縄県宜野湾市で開催され、在沖米軍への抗議行動としては過去最大の約8万5,000人が参加した「少女暴行事件に抗議する県民総決起大会」では、①米軍人の綱紀粛正と米軍人・軍属による犯罪の根絶、②被害者に対する早急な謝罪と完全補償、③日米地位協定の早急な見直し、④基地の整理縮小促進などを求めることが決議されました。同決議は、事件直後に沖縄県議会が採択した抗議決議を踏襲したものです。

 この「県民総決起大会」がマスメディアで大きく報道されたこともあり、「日米地位協定」の問題性が、沖縄県のみならず全国的に広く認識されることに繋がったのです。

 

 事件の直後に開始された交渉を経て、日米両政府が「日米地位協定」第17条の運用改善をすることで合意し、「殺人、婦女暴行、その他の特定の場合」の「重大事件」に限って、起訴前の被疑者(米兵)の身柄引き渡しに米国側が「好意的配慮」を払うことを取り決めた文書を作成します。その他の事件でも、米国が日本の要請に対して「十分に考慮」することが決められました。

 

 しかしながら、この「運用改善」の合意が守られることはありませんでした。1998年7月に発生した米海兵隊員による轢き逃げで女子高生が死亡した事故で、米軍が「運用改善」合意に反して起訴前の被疑者引き渡しを拒否したのです。1995年の少女暴行事件の時と同様に、米軍は「日米地位協定」第17条に基づき、起訴されるまで被疑者の身柄を日本側に引き渡すことはありませんでした(注11)。この事件で「運用改善」に実効性がないことが明らかとなり、沖縄県民の激しい怒りが米軍と日米政府に向けられることになります。

 

 その後も、米兵による凶悪犯罪によって女性が犠牲になる事例が続きます。2016年4月、沖縄県うるま市で元米海兵隊員が20歳の女性を強姦目的で暴行して死亡させる事件が発生しました。路上の女性を物色しながら自家用車を走らせて、あらかじめ用意しておいた棒で散歩中の被害者を後ろから殴りつけて車内に引きずり込むという極めて凶悪な事件です。この事件の被疑者は、事件当時、既に退役して米空軍嘉手納基地でインターネット関連業務を請け負う仕事に従事していましたが、「日米地位協定」の「軍属」に該当しており、「日米地位協定」第17条に基づき、日本側が被疑者の逮捕や裁判をすることができなくなってしまう可能性がありました(注12)

 

 日米両政府は、「日米地位協定」における「軍属」の定義の不明瞭さが米軍の責任や管理体制を曖昧にしてしまい、軍属の規範を弱めてしまっていると考え、2017年1月16日、軍属の定義や範囲を明確にすべく、「日米地位協定」に付随する「軍属補足協定」(注13)を締結することとなりました。「軍事補足協定」の締結と同日に開かれた日米合同委員会において、軍属の範囲や軍属に該当する契約業者の被用者の認定基準などに関する合意が成立し、うるま市殺人事件の被疑者は軍属としての地位を持たないこととなり、裁判権が日本に移ることになりました。

 

 「軍事補足協定」について、当時の翁長雄志沖縄県知事が「今回の見直し(軍事補足協定の締結)が事件・事故の減少に直接繫がるものか明らかではなく、引き続き米軍関係者の教育・研修の強化に取り組んでもらう必要がある。諸問題の解決には地位協定の運用改善だけでは不十分である」とコメントしています。

 

 残念ながら、翁長知事の懸念は的中してしまいました。現在に至るまで沖縄では米軍人・軍属による性暴力事件が頻発し続けており、「日米地位協定」の「運用改善」や「補足協定」だけでは、米軍人・軍属による性暴力事件を抑止するには不十分であり、女性を守ることができないと言わざるを得ない状況が明らかとなってしまっているのです。

 

日本の警察が捜査できない-「沖国大米軍ヘリ墜落事故」(注14)

 

 2004年8月13日、宜野湾市の沖縄国際大学構内に、米軍普天間基地所属のCH53D大型輸送ヘリが墜落し、普天間基地に隣接する沖国大の本館ビルに激突して爆発炎上する事故が発生しました。墜落の衝撃で飛び散ったヘリとローターの破片は周辺の民家や車両に突き刺さり、ヘリの乗組員3名は負傷したものの、住宅密集地での大事故であったにもかかわらず、大学が夏休みで構内に人が少なかったことが幸いし、市民に負傷者や犠牲者が出なかったことは、まさに「奇跡」と言えるような「不幸中の幸い」であったのです。

 

 この事故によって、「軍事基地と住宅密集地が隣接していることの危険性」を改めて認識させられるとともに、1996年の日米合同委員会で合意された「米軍機は普天間飛行場周辺の学校などの上空を出来る限り避ける」という航空機騒音規制措置(「地位協定」の運用改善)が努力義務にすぎず、何ら実効性がないことが明らかになりました。また、その事故処理を巡って、「日米地位協定」の運用問題、捜査権の侵害、財産権、基本的人権の問題など日本の「主権」のあり方を問う重大な問題が浮き彫りにされることになりました。

 

 事故発生直後、約100人の米兵が普天間飛行場と大学を隔てるフェンスを乗り越えて大学構内に無断で侵入しました。既に宜野湾市消防本部から消防隊が米軍よりも早く大学に到着して消火活動にあたり、ヘリの乗組員を軍病院に搬送していたのですが、米軍は消火に成功した市の消防隊を立ち退かせ、道路も含めた事故現場一帯を封鎖しました。

 

 沖国大の教職員、事故を把握すべき宜野湾市と沖縄県の責任者、現場検証や事故処理を担当する沖縄県警や宜野湾市消防本部、事故について米側と協議する立場の外務省の担当者の誰もが、事故発生から一週間もの間、米軍によって現場の立ち入りを禁止されたのです。例外として現場への立ち入りを許されたのは、大学構内に宿営する米兵から注文を受けたピザ屋の配達員だけであったと言われています。

 

 米軍に所属するヘリの墜落によって大学の財産である建物を破壊し、周辺の民家にも多大な被害を与えたにもかかわらず、米軍は、後の損害賠償請求などに必要な現場保存措置どころか、刑事事件としての立件に必要な沖縄県警の現場検証や捜査を拒み、宜野湾市消防本部による検証活動も制限しました。100人近い米兵が大学構内に無断で「宿営地」を設置し、不法侵入と同時に日本側の捜査権を侵害し続けたのです。また、米兵らはメディアの取材活動すら威圧し、撮影するビデオカメラを取り上げようとするなど「報道の自由」をも侵害していたことが映像としても記録されています。

 米軍は、沖縄県警や消防本部を事故現場から締め出し、単独で証拠物件である事故機の残骸や破片、部品とともに機体の油などが付着した大学の立ち木を伐採し、オイルや物質が染み込んだ土壌まで掘り起こして撤去・回収するという「証拠隠滅」とも受け取れる処理を行ない、機体に使用されていた放射性物質の影響を検証した後で引き上げたのです。

 

 訓練から事故対応にまで至る米軍の一連の行動は、全て「日米地位協定」に基づいて行われていました。

 米軍が事故現場を占拠して沖縄県警の捜査を阻んだのは「日米地位協定の実施に伴う警備特別法」第13条の「財産権」を根拠にしていたとされています(注15)。すなわち、墜落機といえどもヘリは米軍の財産であり、同条によると「(米軍の財産について)捜索・差し押さえ・検証をするためには、米軍の権限ある者の同意が必要」となるのです。

 米軍が事故現場で沖縄県警による捜査・検証を阻んだことについては、刑法13条や米軍の公務中の事故を巡る「地位協定第17条10項(a)、同(b)に関する合意議事録」(注16)の解釈が問題となりました。合意議事録では「日本国は、合衆国軍隊の財産についての捜索、差し押さえ、検証を行う権利を行使しない」と規定した上で、但し書きに「合衆国軍隊の権限ある当局が、日本国の当局による…捜索、差し押さえ、検証に同意した場合は、この限りではない」と定めています。沖縄県警は、この合意議事録の規定を基に現場検証への同意を求めましたが、米軍から「明確な返答」を得ることができず、現場での捜査・検証を行うことができないという結果となりました。

 すなわち、米軍は、自ら同意さえ与えれば、沖縄県警による現場検証や捜査が可能となるにもかかわらず、あえて同意せずに現場から締め出したということになるのです。

 

 米軍優位の「日米地位協定」の壁が立ちはだかり、沖国大の構内に墜落した米海兵隊のCH53D大型輸送ヘリの残骸は、沖縄県警と米軍の合同現場検証が実現しないままに米軍によって撤去・回収されるということになり、航空機事故の真相解明に向けた「証拠の山」である墜落機の機体を米軍側が一手に収め、原因究明に当たるという極めて歪な構図となってしまいました。

 「沖国大米軍ヘリ墜落事故」は、「日米地位協定」が「被疑者である米軍の犯罪を立件するために必要な証拠保全や現場検証という捜査や検証が、被疑者側の同意を得ないと進められない」という矛盾を孕んでいることを改めて明らかにしたのであり、米軍の権利が過度に強められた現行の「日米地位協定」の弊害が凝縮して表れたと言うことができるのです。

 

「日米地位協定の見直し」を望む沖縄と「見直し」に否定的な日本政府

 

 沖縄は、米軍統治下の時代から現在に至るまで、長年にわたって繰り返される米軍人・軍属による様々な事件・事故、米軍基地に起因する騒音問題や環境問題などに悩まされ続けています。

これらの諸問題の抜本的な解決のためには「日米地位協定」の改定が必要であるとの立場から、沖縄県、米軍基地が所在する自治体や全国知事会、日本弁護士連合会などが、日米両政府に対して「日米地位協定の見直し」を求める要請をしてきました(注17)

 しかしながら、日本政府は一貫して「日米地位協定の見直し」には否定的です。米軍関連の事故や事件が起こるたびにわき上がる「日米地位協定」への批判や改定を求める声に対して、日本政府は日米安保条約が実現した1960年以来、「日米地位協定」が「NATО並み」の内容であり、「米国の他の同盟国と比べても不平等ではない」と主張してきました(但し、2018年以降、政府は「NATО加盟国間の相互防衛の義務を負っている国と、それと異なる義務を負っている日本の間では地位協定が異なるということは当然あり得る」と、政府見解を一部変更しています)(注18)。その上で「これまで手当てすべき事項の性格に応じた最も適切な取組を通じ、一つ一つの具体的な問題に対応してきているところであり、引き続きそのような取組を積み上げていく」との考え方を示して「運用改善」と「補足協定」による対応を積み重ねてきています。

 その結果、現在に至るまで「日米地位協定」は一度も改定されていないのです。

 

「日米地位協定」の改定によって問題は解決されない

 

 「日米関係史」「国際政治史」を専門とする研究者で、「日米地位協定」研究の第一人者でもある山本章子氏(琉球大学准教授)は、石橋湛山賞を受賞した著書『日米地位協定-在日米軍と「同盟」の70年』(注18)で、「日米地位協定の改定によって問題は解決されない」として、次のように論じています。

 

 日米地位協定が「NATО並み」であるという主張は、条文の文言については当てはまるが、実際の運用については当てはまらない。日米安保改定の際に日米両政府が別途作成し、長らく非公開だった「日米地位協定合意議事録」では、日米行政協定と変わらずに米軍が基地外でも独自の判断で行動でき、米軍の関係者や財産を守れる旨が定められているからだ。

 日米地位協定は、条文ではなくこの合意議事録にもとづいて運用されてきた。ここに最大の問題がある。

 日米地位協定への批判は、より対等な改定の要求へと結びついてきた。だが、21世紀初頭まで非公開だった日米地位協定合意議事録に従って運用されてきた事実は、日米地位協定の改定によって問題は解決されないことを意味する。したがって、日米地位協定を論じるのであれば、改定に消極的な日本政府の安全保障政策のあり方や、その根幹にある駐軍協定としての日米安保条約の側面にも本来は目を向ける必要がある。

 

 また、山本氏は「あとがき」で「日米地位協定は沖縄の問題ではなく、日米安保条約の問題であり、日本全体が問うべき問題にほかならない。本書がもし、日本社会がそうした認識を共有し、日米地位協定についての議論を深めることに多少なりとも寄与すればと願っている」と述べて同書を締めくくっています。

 

 私自身、我が国が「対米従属」から脱却するためには「日米地位協定」の問題を解決することが必要不可欠な条件の1つである―但し、「日米地位協定」を改定することが、我が国が「対米従属」から脱却するための十分条件ではない―と認識しており、「日米地位協定は沖縄の問題ではなく、日米安保条約の問題であり、日本全体が問うべき問題にほかならない」とする山本氏の認識を共有しています。

 

 今回は、総理大臣に就任した石破茂氏が自民党総裁選で「日米地位協定の見直し」を公約に掲げたことに触発されて「日米地位協定」の問題点について論ずることを試みてみましたが、紙幅の制限もあり、沖縄で頻発している「米兵による性暴力事件」と2004年の「沖国大米軍ヘリ墜落事故」などを概観することを通して「日米地位協定」の問題の極々一部に触れることしかできておりません。

 

 今後も「日米地位協定」の問題、ひいては我が国の「防衛・安全保障」の問題について考察し続け、論じていきたいと考えております。

 

 

 

(注1) 「石破さんがひょう変した」10月27日総選挙に“前言撤回”し党内で驚きの声…岸田首相のポスター剥がされ準備着々|FNNプライムオンライン

【解説】石破新内閣、苦渋のスタート? 早期の解散総選挙へ(2024年10月1日掲載)|日テレNEWS NNN (ntv.co.jp)

衆院が解散、首相就任後で戦後最短 27日投開票、異例の短期決戦 – 産経ニュース (sankei.com)

(注2) 【国民を舐めるな!】「自公」過半数割れは十分想定内.そうなれば,石破内閣は史上最短の短命内閣となり菅・石破・森山は嬉々として「泥船」に乗った事になる. :: 有料メルマガ配信サービス「フーミー」 (foomii.com)

(注3) 自民党新総裁に石破氏が選出 県内の「党員票」も石破氏が最多|NHK 沖縄県のニュース

(注4) [ニュース断面]次期衆院選へ各党準備 「平成の琉球処分」 影響は | 沖縄タイムス+プラス (okinawatimes.co.jp)

【写真】「平成の琉球処分」とも 石破氏と沖縄 – 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)

石破茂幹事長 記者会見 | 記者会見 | ニュース | 自由民主党 (jimin.jp)

地元自民5議員、辺野古移設容認 「あらゆる可能性排除しない」 – 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)

(注5) 自民党総裁選2024 立候補者演説会 沖縄 「THE MATCH」 (youtube.com)

自民党は沖縄と共にある候補者9人が那覇市で支持を訴える | お知らせ | ニュース | 自由民主党 (jimin.jp)

(注6) 日米地位協定の改定「沖縄の声、等閑視すべきでない」 石破氏意欲も具体的な日程示さず | 沖縄タイムス+プラス (okinawatimes.co.jp)

「日米同盟に懸念が生じるとは全く思っていない」 石破首相、地位協定改定で | 沖縄タイムス+プラス (okinawatimes.co.jp)

(注7) 令和6年10月4日 第二百十四回国会における石破内閣総理大臣所信表明演説 | 総理の演説・記者会見など | 首相官邸ホームページ (kantei.go.jp)

・石破茂首相が所信表明演説で沖縄に言及した部分は、下記の通りです。

「先の大戦中、沖縄では、国内最大の地上戦が行われ、多くの県民が犠牲になられたこと、戦後二十七年間、米国の施政下に置かれたことなどを、私は決して忘れません。基地負担の軽減にも引き続き取り組みます。在日米軍の円滑な駐留のためには、地元を含む国民の御理解と御協力を得ることが不可欠です。普天間飛行場の一日も早い全面返還を目指し、辺野古への移設工事を進めます。また、未だ全国最下位である一人当たり県民所得や、子どもの貧困の問題などの課題も存在します。沖縄振興の経済効果は十分に域内に波及しているのだろうか、そしてそれが、本当に実感していただけているのだろうか。沖縄の皆様の思いに向き合い、沖縄経済を強化すべく支援を継続します」

地位協定改定触れず 石破首相所信表明 辺野古移設を推進 – 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)

石破首相「辺野古への移設工事を進める」 衆院本会議で所信表明 沖縄振興策も強調 | 沖縄タイムス+プラス (okinawatimes.co.jp)

【石破首相の所信表明】日米地位協定を封印、沖縄県民軽視 基地負担軽減の実効性かすむ | 沖縄タイムス+プラス (okinawatimes.co.jp)

石破首相、日米地位協定に触れず 改定意欲から後退 就任後初の所信表明演説 普天間返還へ辺野古推進 | 沖縄タイムス+プラス (okinawatimes.co.jp)

[社説]石破首相の所信表明 地位協定改定なぜ封印 | 社説 | 沖縄タイムス+プラス (okinawatimes.co.jp)

<社説>石破首相所信表明 国民の納得は得られない – 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)

(注8) 日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(日米地位協定)及び関連情報|外務省 (mofa.go.jp)

日米地位協定Q&A|外務省 (mofa.go.jp)

地位協定ポータルサイト|沖縄県公式ホームページ (pref.okinawa.jp)

・日米安全保障条約 jyoyaku.pdf (保護) (mofa.go.jp)

日米地位協定の運用をめぐる主な論点と現状(上) (sangiin.go.jp)

日米地位協定改定に言及した石破新首相は本当に軍事通なのか NATOや自衛隊のPKO派遣などの例から見た地位協定の在り方(1/8) | JBpress (ジェイビープレス) (ismedia.jp)

日米地位協定 在日米軍と「同盟」の70年 -山本章子 著|中公新書|中央公論新社 (chuko.co.jp)

日米地位協定の考え方・増補版: 外務省機密文書 | 琉球新報社 |本 | 通販 | Amazon

日米不平等の源流: 検証地位協定 | 琉球新報社地位協定取材班 |本 | 通販 | Amazon

書籍詳細 – 本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」 – 創元社 (sogensha.co.jp)

書籍詳細 – 「日米合同委員会」の研究 – 創元社 (sogensha.co.jp)

世界のなかの日米地位協定 | 田畑書店 (tabatashoten.co.jp)

まんがでわかる日米地位協定 | 書籍 | 小学館 (shogakukan.co.jp)

日米地位協定 | その歴史と現在(いま) | みすず書房 (msz.co.jp)

〈全条項分析〉日米地位協定の真実/松竹 伸幸 | 集英社 ― SHUEISHA ―

(注9) 「環境補足協定」は、その主な内容として、①米国側が「日本環境管理基準」(JEGS)を発出・維持するとともに、同基準として、両国又は国際約束の基準のうち最も保護的なものを一般的に採用すること、②環境に影響を及ぼす事故(漏出)が現に発生した場合と施設・区域の返還に関連する現地調査(文化財調査を含む)を行う場合における施設・区域への立入手続の作成等を行うこと等を定めています。

また、「軍属補足協定(日米地位協定の軍属に関する補足協定)」は、「日米地位協定」が一般的な形でしか規定していなかった「軍属」の内容を国際約束の形で補足して明確化するものであり、①軍属の構成員の認定、②コントラクター(米軍との契約により特定の業務を行う業者)の被用者についての認定基準の作成、③コントラクターの被用者についての通報・見直しなどを定めています。

(注10) 沖縄米兵少女暴行事件 – Wikipedia

(注11) 「日米地位協定」第17条第5項(c)「日本国が裁判権を行使すべき合衆国軍隊の構成員または軍属たる被疑者の拘禁は、その者の身柄が合衆国の手中にあるときは、日本国より公訴が提起されるまでの間、合衆国が引き続き行うものとする」

(注12) 「日米地位協定」第1条(b)「軍属とは、合衆国の国籍を有する文民で日本国にある合衆国軍隊に雇用され、これに勤務し、またはこれに随伴するもの(通常日本国に居住する者及び第14条1に掲げる者を除く)をいう。この協定のみの適用上、合衆国及び日本国の二重国籍者で合衆国が日本国に入れたものは、合衆国国民とみなす」

・「日米地位協定」第17条第3項(a)「合衆国の軍当局は、次の罪については、合衆国軍隊の構成員または軍属に対して裁判権を行使する第一次の権利を有する(ⅰ)もっぱら合衆国の財産もしくは安全のみに対する罪またはもっぱら合衆国軍隊の他の構成員もしくは軍属もしくは合衆国軍隊の構成員もしくは軍属の家族の身体もしくは財産のみに対する罪(ⅱ)公務執行中の作為または不作為から生ずる罪」

・「日米地位協定」第17条第5項(c)「日本国が裁判権を行使すべき合衆国軍隊の構成員または軍属たる被疑者の拘禁は、その者の身柄が合衆国の手中にあるときは、日本国により公訴が提起されるまでの間、合衆国が引き続き行うものとする」

(注13) 「日米地位協定軍事補足協定」gunzoku-hosoku.pdf (pref.okinawa.jp)

(注14) 沖国大米軍ヘリ墜落事件 – Wikipedia

日米地位協定 在日米軍と「同盟」の70年 -山本章子 著|中公新書|中央公論新社 (chuko.co.jp)

日米不平等の源流: 検証地位協定 | 琉球新報社地位協定取材班 |本 | 通販 | Amazon

(注15) 「日米地位協定の実施に伴う警備特別法」第13条(施設又は区域内の差押え、捜索等)「合衆国軍隊がその権限に基づいて警備している合衆国軍隊の使用する施設若しくは区域内における、又は合衆国軍隊の財産についての捜索(捜索状の執行を含む)、差押え(差押状の執行を含む)、記録命令付差押え(記録命令付差押状の執行を含む)又は検証(検証状の執行を含む)は、合衆国軍隊の権限ある者の同意を得て行い、又は検察官若しくは司法警察員からその合衆国軍隊の権限ある者に嘱託して行うものとする。ただし、裁判所又は裁判官が必要とする検証の嘱託は、その裁判所又は裁判官からするものとする」

日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う刑事特別法 | e-Gov 法令検索

(注16) Taro-日米地位協定(本文、合意議事録対照表) (pref.okinawa.jp)

(注17) これまで沖縄県は、日米両政府に対して1995年11月(大田昌秀知事)、2000年8月(稲嶺恵一知事)、2017年9月(翁長雄志知事)に「日米地位協定」自体の見直しを要請してきました。それぞれの「見直し要請」の内容については、日米地位協定 在日米軍と「同盟」の70年 -山本章子 著|中公新書|中央公論新社 (chuko.co.jp)の巻末に、その要旨が掲載されています。

なぜ日本が不利?「日米地位協定」知られてこなかった問題点と運用の根拠とは – Yahoo!ニュース

日米地位協定の見直しに関する要請|沖縄県公式ホームページ (okinawa.lg.jp)170911_yousei_honbun.pdf (okinawa.lg.jp)

令和2年12月24日 「米軍基地負担に関する提言」に係る要請活動等について/声明・メッセージ/全国知事会 (nga.gr.jp)

・「米軍基地負担に関する提言」20201224beigunkichiteigen.pdf (nga.gr.jp)

・日本弁護士連合会「日米地位協定の改定を求めて-日弁連からの提言(新版)-」2024年3月 nichibeichiikyoutei_pam.pdf (nichibenren.or.jp)

(注18) 日米地位協定 在日米軍と「同盟」の70年 -山本章子 著|中公新書|中央公論新社 (chuko.co.jp)

なぜ日本が不利?「日米地位協定」知られてこなかった問題点と運用の根拠とは – Yahoo!ニュース

 

(藤原昌樹)

 


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