お待たせしました、連載「日本のアンチモダン」を書かせてもらっている平坂です。
先月28日に拙著『最後の異端者 評伝 美輪明宏』が発売されました。デビュー作であり、自分の芸術・思想・文学における観察の歴史を集約したような一冊になりました。かなりの反響があるようで、Amazonのアート・エンターテイメント部門で50位以内にランクインし続けており、たいへん驚いております。皆様のおかげです。
この書は美輪明宏(旧芸名:丸山明宏)という歌手・俳優・演出家の人生を半分の章に、もう半分を戦後の左翼史・日本映画史・音楽史・アングラ演劇史・スピチュアリズム・LGBT問題などの美輪の態度、そして、それらの議論に美輪が及ぼしたものを解説しております。そのうち三島由紀夫との交際は20年におよび、彼と三島は「背中合わせ」の関係だったようです。昭和後期生まれからの「正しい昭和史」の概説書といえます。私の個人史を踏まえつつの概説は各書店さんが分類に困っており、文芸・映画・エッセイ・ノンフィクション・タレントどのコーナーでも確認できました。何の本とも判別できない総合的な書物になったという自負があります。
「おいおい、保守から外れてないか?売れ線か?」という話は出るのでしょうが、これがまったく違います。そもそも、左右の棲み分けは空間を同じくする者の距離でなりたち、水平軸の判断しかできません。その議論は一旦置いて、アウトサイダーか?オーソリティーか?という価値判断を要する場合は「垂直軸」に寄らねばなりません。正統のありかは異端との距離を探らねば見えることもありませんからね。つまり、歴史を省みることで「正しいか?誤りか?」という問いかけをすることが主題であって、タレント本では全くありません。
「最後の異端者」このタイトルは編集者さんに決めてもらったのです。「正しいこと」はおおよそ世論と時代が決めてしまい、あるレッテルが貼られてしまっては剥がすことが困難です。今の「ポリ・コレ」(政治的正しさの意)で昭和史のほとんどが「誤り」になる昨今、昭和史を「異端者の最後の人」を通じて知ることは有益です。なぜなら、正統がもはや溶けてなくなった時代にあっては、異端者も異端たりえないからです。ポリコレを正統としますか?それは保守ではないぞ?という異議申し立てがしたく、美輪さんを主題に書きました。保守がそれらの基準を示すことは、いわゆるその筋の専門家がやらないことです。
本誌読者の皆さんに特に知ってもらいたい文脈は、反米と反共の歴史です。
吉田茂によって鳩山一郎らの反米右派路線が断ち切られた時、日本は日本であることを取り戻すことが困難になりました。文化的な底流には日本浪曼派や三島ら「戦前派」があった。ここまではご存知かもですが、占領期の1951年に三島は芸術や美的次元で共振した16歳の少年と銀座で出会います。それが美輪明宏です。
美輪さんは戦中にあらゆる「色彩と理性と芸術」を奪われた人です。故郷の長崎では、出征兵士を見送る母親が軍人に打たれて血を流す姿を見ています。1945年には育ての母を亡くし、長崎の原爆投下では自身も被爆しました。歌謡曲の類も軍国主義によって禁止され、ブルジョワの家庭が大戦でことごとく壊れる。ところが、戦後のアメリカ一辺倒になびいていく(音楽や映画が特にそうです)社会に危機感を持っていました。よって、軍国主義時代より前の大正や昭和前期の文化やヨーロッパの芸術を愛するいわゆる「戦前派」として、身体的に反米を志向しているわけですね。
次に「反共」という問題は長くなりますが、共産主義という悪魔的な思想が「自由」や表現」を規制すること、少なくとも美がないことを彼らは察知していました。かといって、反共+親米の手打ちである自民党にも乗れない。よって、日本共産党が全学連(つまり学生運動)との縁を切る1950年代以降の流れから、学生だけの勝手連である「新左翼」の運動に三島たちがシンパシーを感じたのは歴史の必然というわけです。例の東大での討論を思い出してもいいですし、「ソ連とアメリカ、冷戦とは人工国家同士の“左翼の内ゲバ”である」という故・西部邁の名言も思い出していいでしょう。
そして「母恋いの歌」(竹中労)としての名曲「ヨイトマケの唄」を職業差別歌として長らく放送禁止にしていたのは、左派の党派性に縛られ、人権擁護を旨としたはずの某国営放送様であることも付記しておきます。これも戦後の欺瞞の一つでしょう。美輪が三島と共に活動ができたのは、ひとえに「戦後の日本がおかしい」この一点であり、愛すべき「日本らしさ」を歌や芝居で表現することだったと言っても過言ではありますまい。
したがって、アメリカ一辺倒の戦後日本に嫌悪感がありつつ、共産党独裁の反自由に対する敵視もある、日本とヨーロッパの価値ある文化を残したい三島との共闘者、と美輪さんを見ていきますと、そんな偉人がまだ生きていることに感動を覚えることもあるわけですな。
「なんでそんなに美輪明宏に詳しいんだ?」と問われれば、「三島由紀夫の相棒が芝居やっているのなら観るだろ」と答えます。二〇代に福岡市民会館等ですべての演目を二度以上、コンサートもかなり観ていますし、金髪の説教タレントである以前に、めちゃくちゃすごい人であるという審美眼があったからですね。フランス語のシャンソンという歌も大学で書き溜めた翻訳を載せてございます。というので、私も異端者の端くれとして正統の根拠を確かめられるのなら、生贄になってもいいという思いで書き上げました。
三島の死から55年後、ちょうど生誕100年に「最後の異端者」が出版でき、しかも日本を取り戻す動きとしての政局がドカンと動いており、ものすごいタイミングだなと慄いております。日本を中心に文化史・政治史・伝記を誰でも読める文体で書いてございますし、かなり難しいことを簡潔に書いてます。
扶桑社から1760円で発売中、お近くの本屋さん等でお求めください。
平坂のデビュー作ということで今後の人生の浮沈も同時にかかっており(笑)、どうぞお願い申し上げます。
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平坂純一 著 |
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