2025年6月23日、沖縄は戦後80年目の「慰霊の日」を迎えました。20万人を超える沖縄戦の犠牲者の死を悼む慰霊祭が県内各地で営まれ、激戦地となった糸満市摩文仁の平和祈念公園では、沖縄県と県議会が主催する「沖縄全戦没者追悼式」が開催されました(注1)。
戦後80年の節目の年ということもあり、今年の「追悼式」には、石破茂首相や衆参両院議長、最高裁判所長官、国連の軍縮担当上級代表の中満泉事務次長や日本原水爆被害者団体協議会(「被団協」)の田中重光代表委員らが招待され、県内外から約4,000人が参列しました。三権の長が揃って参列するのは戦後50年目の「追悼式」以来、30年ぶりのことです。
今年342人が追加されて24万2,567人の戦没者の名が刻まれた「平和の礎」には、早朝から手を合わせる人たちの姿が絶えず、子供からお年寄りまで幅広い世代の人たちが花や線香を手向けていました。私自身、昨年まで「慰霊の日」には「追悼式」の中継を見ながら正午に黙祷を捧げていたのですが、今年は妻と連れ立って「平和の礎」に赴き、「追悼式」に参列してきました。
これまでにも拙稿で何度か言及していますが、「沖縄全戦没者追悼式」において、県知事の平和宣言(注2)には拍手や歓声が沸き、首相の式辞(注3)に対して罵声や野次が飛び交うなど「慰霊のための祈りの場」にあるまじき立ち居振る舞いをする輩が出没し、式典会場の周辺でシュプレヒコールを上げる活動家達と警察が対峙することが恒例行事のようになってしまっています(注4)。
残念ながら、今年もまた「戦没者を慰霊する儀式の場」に到底相応しくない、私たち沖縄県民にとって「恥ずべき光景」が繰り広げられてしまいました(注5)。
「追悼式」で玉城デニー知事が「平和宣言」を読み上げる時には、参列者は静粛を守り、知事が降壇する際に拍手が沸き起こる一方で、石破茂首相の挨拶の際に、その途中で会場にいた一人の男性が「声を上げろ、ウチナーンチュ」「やがて戦争になるぞ」「沖縄を戦場にするな、聞いているのか」などと怒号をあげ、退場させられたのです。
警備スタッフが男性を会場の外に連れ出すまでに時間がかかってしまい、その間、男性は大声で叫び続けていたのですが、会場内で男性を称えるかのような大きな拍手が起こったことには驚かされました。『琉球新報』が、その男性が騒ぐ様子を撮影した動画をネットで配信しています。男性が会場の外に連れ出されると、今度は会場の別の場所から「沖縄の米軍基地を撤去しろ」との怒鳴り声が響きました。その時点で石破首相の挨拶は終わっていなかったのですが、石破首相は何事もなかったかのように最後まで挨拶を続けました。
沖縄県民の1人として、本来であれば厳かな雰囲気で執り行われるべき「儀式の場」において、毎年の恒例行事のように「恥ずべき光景」が繰り返されてしまっていることを、沖縄の地に眠る戦没者に対して申し訳なく思います。
「慰霊の日」翌日の『八重山日報』は、「首相へのやじ 沖縄の品位下げるだけ」と題して「沖縄全戦没者追悼式で、毎年見慣れた光景になってしまったのが、首相のあいさつを妨害する会場内外からの激しいやじや怒号だ…こうした行為は厳粛な慰霊の雰囲気を乱す」「沖縄の品位を下げるだけだ」「やじや、それに呼応する拍手は、戦没者を悼む式典を一種の政治ショーにしてしまう。式典は本来、沖縄が心を一つにして恒久平和を世界に発信する大切な場のはずなのに。戦没者たちも、式典にイデオロギーを持ち込む人たちの言動を喜ばないだろう」と論じて「日本は民主主義国家であり、誰でも首相に抗議する権利はある…抗議したい人は政治的な訴えが認められている別の場所でアピールすべきだ」「ルールを乱してまで式典を騒がせるのは、あえて衆目を集めようとする精神的な幼稚さでしかない」「そもそも式典の客人に対して失礼であり、ウチナーンチュの面目をつぶすものだ」「この光景が毎年の恒例行事になっていることは、沖縄が抱える病巣の一つとも言える」と断じています。
『八重山日報』が、「追悼式」の場を乱した男性の言動をはっきりと非難したのに対して、『沖縄タイムス』と『琉球新報』両紙は、「追悼式」の場を乱す振る舞いをした男性を戒めたり、非難したりすることはなく、称えるかのように報じています(注5)。
両紙の報道に接して、憤りを通り越して呆れてしまいました。
『沖縄タイムス』は、「慰霊の日」翌日の記事で「石破茂首相のあいさつ中、大宜味村の男性(59)が『沖縄を戦場にするな』『ウチナーンチュ、声を上げろ』などと叫んだ。警察官らに会場から連れ出されたが、参列者から拍手も起こった」と騒動の様子を伝えた後に続けて(恐らく、その男性にインタビューをした上で)「男性は、先島諸島などの軍事力強化を懸念し『戦後80年経ったが、声を上げて主張しなければ何も変わらない。おとなしいままでは、沖縄は戦場に向かっていく』と危機感を募らせた」と男性の主張を伝えています。
また、『琉球新報』は6月24日の記事で、玉城デニー知事による「平和宣言」について「肝心(ちむぐくる)がこもっていた」と評価する声を紹介し、「知事のしまくとぅば(沖縄方言の意)や英語を交えた発信には、好意的な意見が相次いだ」と高く評価したことに続けて、「首相のあいさつ中、50代男性が『沖縄を戦場にしないと約束しろ!』などと抗議。退席となり、周囲が騒然となった」と報じました。さらに前述したように、『琉球新報』は、男性が騒ぐ様子を撮影した動画をネットで配信もしています。
『沖縄タイムス』『琉球新報』両紙の記事では、「追悼式」の場における男性の言動に関する自らの評価を明らかにしている訳ではありません。仮に今回の報道のあり方について「男性の言動を肯定するのか」と非難されたとしても、恐らく、彼らは「報道機関として騒動の様子(事実)を客観的に伝えているのであり、自らが何らかの評価を下している訳ではない」と反論するものと思われます。
しかしながら、「追悼式」における男性の言動について非難せず、何ら否定的な論評を加えることなく紙面で伝え、さらにはネットで動画を配信して広く報道していること自体が、「追悼式」での男性の言動を肯定的に捉えて同調していることを意味しています。
普通の読解力を有する読者であれば、『沖縄タイムス』『琉球新報』両紙の記事が「沖縄を戦場にするな」「沖縄の米軍基地を撤去しろ」などと叫んだ男性の言動を「肯定的に捉えている」、もしくは少なくとも「容認している」と理解するに違いありません。
最近よく聞く表現を使えば、『沖縄タイムス』『琉球新報』両紙の「説明のしぶり」が、「追悼式」の場で叫んだ男性を称える「文脈」であると看做さざるを得ないのです。
以前にも拙稿で論じましたが、沖縄では、毎年4月頃からテレビや新聞などで「本土復帰記念日」(5月15日)に関する話題が取り上げられることが増え始めて、それに引き続いて「慰霊の日」(6月23日)や「沖縄戦の歴史」に関する報道や特集番組などが多くなります。
特に今年は「戦後80年」の節目の年ということもあり、『沖縄タイムス』『琉球新報』両紙は「沖縄戦」に関する特集にかなり力を入れていました(注6)。
『沖縄タイムス』は「鉄の暴風 吹かせない」とのテーマを掲げて、「シマぬ記憶 地域の沖縄戦」「悲しや沖縄 戦争と心の傷」「『沖縄戦80年』社説」など様々な特集を組んでいます。特に、今年が「平和の礎」建立から30年の節目でもあることから、6月10日時点で「平和の礎」に刻銘されている全24万2,567人の氏名を同日から22日にかけて毎日4ページずつ計52ページにわたり掲載したことが話題を呼びました。
また、『琉球新報』は「“新しい戦前”にしない」とのタイトルで「沖縄戦を通して軍の実相を考察する」キャンペーンや「太平洋戦争末期の1945年のきょう、沖縄戦をめぐり何が起こっていたのか」を日めくり的に記録する「きょうの沖縄戦1945」と題する特集を組んでいます。
沖縄戦の終結から80年もの長い年月が経過し、沖縄戦の語り部として活動されてきた方々が鬼籍に入られたとのニュースが相次ぎ、沖縄戦の「記憶の継承」の課題が「待ったなし」の段階を迎えている現在、『沖縄タイムス』『琉球新報』両紙が、長年にわたって「沖縄戦の歴史」を語り継ぎ、沖縄戦の「記憶の継承」のために努めてきた意義とその重要性を否定すべくもなく、その積極的な取り組みには敬意を表するものです。
しかしながら、ここ数年、『八重山日報』を除く沖縄のマスメディアでは、我が国で「南西諸島の防衛力強化」が急速に進められている現状を「新しい戦前」と呼び、戦前期の「国家総動員法」や「軍機保護法」など戦時体制と重ね合わせて「沖縄は軍事化が進んで沖縄戦の前のような状況になっている」「日本は『戦争ができる国』づくりから『戦争準備』へ大きく踏み出したのではないか」と危惧する論調が拡がっています。
また、『琉球新報』『沖縄タイムス』のみならず、NHKや民放の報道番組でも、現在の「防衛力強化」及び法整備の動きについて「戦争準備ではないのか」「戦争に向かっているようだ」「日本が防衛力を強化すること自体が戦争に繋がる」「平和憲法に反する」などと否定的に論ずる場面が多く見受けられます。
現在、我が国で進められている「防衛力強化」は、中国の拡張主義に基づく軍備増強や強引な海洋進出などで急速に緊張の度合いが増している国際情勢に対する懸念の高まりを背景にしているのであり、それを戦前期の戦時体制に準えて否定的に論ずることには違和感を覚えます。
沖縄のマスメディアが「沖縄が再び戦禍に巻き込まれることがあってはならない」との強い思いを抱いていることを疑うものではありません。
しかしながら、沖縄のオジィやオバァ達が体験した苛酷で悲惨な「沖縄戦の物語」と、我が国の「防衛力強化」について否定的に論ずる議論を安易に結び付けて広く流布しようとすることは、戦没者を冒涜する独善的な行為であるように思えてならないのです。
玉城デニー知事は、「戦後80年平和宣言」(注2)で「世界に目を向けると、現在の世界各地の戦争・紛争は、第二次世界大戦後最も多いとされており、また、核保有国による核兵器使用の可能性を示す動きもあるなど、安全保障環境はより一層複雑さを増しています」との認識を示し、追悼式後の報道陣の取材に応じて「抑止力の増強だけで平和を維持できるものではない。真に国民が理解できる専守防衛に徹して、諸外国との対話による平和外交を構築することが、沖縄の求める恒久平和の実現につながる」と力説しました(注7)。
「(現在の世界の)安全保障環境がより一層複雑さを増している」というのは、まさにその通りであり、ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルとイランの対立・交戦とアメリカの介入(イランへの攻撃)、ミャンマーの紛争などをはじめとして、現在、世界では露骨なパワーゲームが繰り広げられています(注8)。この「露骨なパワーゲーム」は、我が国にとって決して他人事ではなく、高みの見物を決め込むことが許されるものではありません。
我が国、そして沖縄を取り巻く国際環境は年々厳しさを増しています。
例えば、国際社会からの度重なる警告や制裁を物ともせずに核実験や弾道ミサイル発射実験を繰り返している北朝鮮が、核兵器とICBМの技術を完成させて実戦配備をするのは、もはや時間の問題であると言わざるを得ません。現段階で国際社会が北朝鮮の核・ミサイル開発を止める有効な手段を有していないということは明らかです。
また、『八重山日報』を除く(『琉球新報』や『沖縄タイムス』など沖縄の報道機関も含む)マスメディアがほとんど報道することがないために、沖縄から遠く離れた本土在住の日本人のみならず、沖縄本島に住む沖縄県民の大多数も危機感が薄いと言わざるを得ませんが、東シナ海や南シナ海における漸進的な膨張を進める中国が、尖閣諸島の接続水域や日本領海への侵犯を急増させ、中国船籍の船舶による領海侵犯が常態化しています。
具体的には、『八重山日報』が毎日、尖閣周辺を航行する中国艦船について伝えてくれているのですが、この記事を執筆している2025年6月26日に「尖閣周辺で中国艦船が航行するのは219日連続となり、過去最長を更新した」と報じています(注9)。
その信憑性については様々な見解があるものの、「中国が2027年までに台湾に武力侵攻をして『台湾有事』が発生する」(注10)とまことしやかに語られるなど、近年、中国が東アジア地域における覇権を握ることを目指して攻撃的な拡張主義を一層強めていることは紛れもない事実であり、我が国や台湾をはじめとする周辺諸国にとっての脅威となっていることを否定することはできないように思えます。
玉城知事が語る「抑止力の増強だけで平和を維持できるものではない」ということは、決して間違っているという訳ではありません。しかし、玉城知事や「追悼式」で叫んだ人は「こちらが『非武装の姿勢と非暴力の態度』を示せば相手から攻めてくることはなく、平和が保たれる」という「平和主義」や「性善説」に基づく前提で「戦争反対」を唱えているようにしか思えません。「戦争反対」と唱えていれば侵略も戦争も防げるのであれば楽なものですが、そんなに簡単なことではないことを現実が証明しています。
もう少し空疎に響かない「戦争反対」を唱えてくれるようになることを期待せずにはいられません。
「沖縄戦の悲劇」を繰り返さないことこそが、真の意味で沖縄の地で眠る戦没者の霊を慰めることに繋がるのだということに異論の余地はないように思えます。そのためには、「抑止力の向上で地域の安定を追求すること」と「対話と相互理解による緊張緩和と信頼醸成」のいずれもが必要とされる車の両輪であるという至極当たり前のことを改めて確認するところから議論を始めていかなければならないのではないでしょうか。
———
(注1) 戦後80年沖縄全戦没者追悼式の開催|沖縄県公式ホームページ
(注2) 平和宣言(Peace Declaration、和平宣言、평 화 선 언)|沖縄県公式ホームページ
(注3) 令和7年6月23日 戦後80年沖縄全戦没者追悼式における内閣総理大臣挨拶 | 総理の演説・記者会見など | 首相官邸ホームページ
(注4) 【藤原昌樹】ドラえもんとのび太が知らない「沖縄慰霊の日」 | 表現者クライテリオン (the-criterion.jp)
(注5) 首相へのやじ 沖縄の品位下げるだけ | 『八重山日報』
(注6) 「戦後80年」の記事一覧 | 沖縄タイムス+プラス
(注7) 「抑止力だけで平和維持できず」 専守防衛と平和外交要求 玉城知事 |『八重山日報』
(注9) 尖閣周辺に中国船2隻 219日連続航行 | 『八重山日報』
(注10) 中国人民解放軍の〝実力〟を徹底解剖『日本人が知らない台湾有事』小川和久 | 文春新書
(藤原昌樹)
<編集部よりお知らせ>
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元陸将補・軍事評論家 矢野義昭先生による新刊『日本の真の国防4条件』の刊行を記念し、特別講座を開催いたします。
本講座では、単なる技術論にとどまらず、「核武装」の是非を思想的側面からも深く問い直します。矢野先生自らが問題提起を行い、参加者とゼミ形式で議論を交わす双方向型の講座です。質疑応答の時間をたっぷり確保。直接質問し、意見交換ができる貴重な機会です。
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講師:矢野義昭(軍事評論家/元陸将補)
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書籍『日本の真の国防4条件』の内容紹介はこちら
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