先週、フォーリン・アフェアーズという雑誌のサイトに、「これから我々はどんな世界に住むことになるのか?」(Which World Are We Living In?)という特集が掲載されていました。今後の世界の基本的なあり方について考えるためのビジョン、いわば「世界観」のようなものを6つ挙げて、それぞれ1名の専門家が論考を寄せています。個々の見解には納得できる点もできない点もありますが、大まかに我々人類がどのような道を歩んでいるのかを議論する上で、なかなか参考になる特集だと思いました。
1本1 本がそれなりに長い論考ではありますが、「6つの世界観」を要約するとそれぞれ以下のようなものです。
(1)現実主義的世界(Realist World):人類の歴史は大国間の勢力争いによって動いてきたし、これからも同様である。今後の世界の行方は、アメリカ・中国という2つの大国が協調的な関係を築いていけるかどうかにかかっている。中国のパワーは多くの欧米人が想像する以上のものであり、また欧米が作り上げてきた「リベラルな国際秩序」がこのまま持続するに違いないと楽観することもできない。場合によっては、台湾のような問題を引き金として、国際秩序に破局が訪れる恐れもある。
(2)リベラルな世界(Liberal World):ここ何年かで生じているブレグジット・トランプ現象・移民排斥運動などは、いずれも「リベラルな国際秩序」に対する挑戦で、世界は「非リベラリズム」(illiberalism)の時代に突入したかに見える。しかし、最終的には「リベラルな秩序の再興」以外に道はないし、恐らくそうなるはずだ。ユートピア的楽観主義で言っているのではなく、政治・経済のシステムがかつてないほど相互依存を深めているため、どの主体にとっても結局はそれが最も合理的だからである。
(3)部族的世界(Tribal World):人間は集団を作る動物であり、集団のアイデンティティこそが人間の基本的な振る舞いを形作ってきたし、今後もそれは変わらない。アメリカではアナリストも政策立案者も、イデオロギー・経済システム・国民国家といったものを分析するばかりで、人々が実際のところ強固に抱いている集団アイデンティティ(民族、地域、宗教など)を無視してきた。これらに対する無関心が、ベトナム戦争やイラク戦争のような失敗をもたらすとともに、トランプ現象のような自国のナショナリズムの理解を妨げている。
(4)マルクス的世界(Marxist World):大戦後の数十年間、ケインズ政策の成功などによって、マルクスの理論は時代遅れになったかに思われていた。しかし過去40年ほどの歴史をみれば、労働者に対する資本の優位、慢性的な賃金の抑制、独占的大企業による市場支配、階層の再生産、政治による変革手段の喪失など、資本主義経済はマルクスが描いた通りの道をたどりつつある。スターリンや毛沢東とは違う、民主的に資本主義を制御するための新たな形の政治が必要だが、その手段は未だ見つかっていない。
(5)技術的世界(Tech World):近代の世界史の主要な動因が何であったかについて、民主主義・植民地主義・ナショナリズム・戦争など様々なものが挙げられるが、「産業革命」の衝撃に比べればそれらは全て取るに足りないものだ。蒸気機関・鉄道・電気などの発明が政治や経済の全てを一変させたのである。そして今起きようとしている「デジタル革命」は、産業革命を上回る変化をわずか10年程度でもたらし、人間の労働の大部分を置き換えるだろう。それを前提として政治・経済の制度を作り変えることが、現代の最も大きな課題である。
(6)温暖化する世界(Warming World):現代の世界には重要な政治的・経済的変化がいくつも生じているが、今後の世界を左右する最大の要因は気候変動だ。気候パターンが変われば、地政学的状況も一変する。界面が上昇し、農地が枯れ、激しい嵐や洪水に襲われるなどして、居住不可能になる土地が生まれるからだ。国際的緊張も高まると思われ、今のところ現実のものとはなっていないものの、水源をめぐる戦争だって生じ得る。主要国が協調して気候変動に対処できるかが、人類の未来を決めるのだ。
これらの中でもとりわけ興味深かったのは、歴史学者スティーヴン・コトキン氏による「現実主義的世界」の描写と、法律学者エイミー・チュア氏による「部族的世界」の描写です。
コトキン氏は、中国が21世紀に強力なライバルとなることをアメリカ政府が予期できなかったのは、戦前のイギリスがドイツの台頭を許したのに似た失敗であると言います。つまり、自由主義に対する過信から、「権威主義的(非民主的)国家は、発展したければ権威主義を捨てて自由世界の仲間入りをする必要があり、そうでなければ停滞するしかない」という思い込みがアメリカ側にあり、これが致命的な間違いだったというわけです。実際、アメリカ主導の開かれたグローバル経済システムに、中国は民主化することなくうまく入り込んできて、アメリカと肩を並べるまでに国力を高めました。
また、そうした地政学的大変動を招いた一方で、アメリカをはじめとする欧米諸国は内政においても大きな間違いをおかしたとコトキン氏は言います。グローバル・エリートが牽引してきた経済成長は、企業の利益を高める一方で、一般労働者の賃金は長期的に伸び悩んでいます。つまり現代の経済システムは、国内社会の大部分を占める非エリート層(庶民、労働者)の利害をないがしろしており、その結果として「内側からの復讐」に見舞われている。そして、自由民主主義を掲げていたはずの欧米諸国が「エリート主導のグローバル化」にかまけているうちに、「国内の多数派」という自由民主主義の基盤を脆弱化させてしまい、政治的混乱を生み出しているというわけです。
「部族的世界」を描写するチュア氏は、まず心理学や脳科学の実証研究などを取り上げて、「特定の集団への帰属意識」がいかに強く人間の性格や振る舞いの形成に寄与しているかを説明します。その上で、政治や経済のエリートたちがその事実にまったく関心を払わず「イデオロギー」や「制度」ばかりを分析してきたことが大きな問題で、それがベトナム戦争、アフガン攻撃、イラク戦争といった対外政策の失敗の原因だと指摘します。そして、エリートの多くが自分は“Post-Tribal”な世界、つまり民族意識や部族対立などが問題にならない世界を生きていると思い込んでいるが、それは大間違いであると言います。
東南アジアにおける華僑のように、民族的には少数派に属するグループが経済の主要部分を支配している場合がありますが、同じようにイラクで長きに渡って権力を振るっていたサダム・フセインはスンニ派で、シーア派が多数を占めるイラク国内では少数派でした。そういう「少数派による支配」の構造は、いったん崩れると国内で多数派の不満が爆発して無秩序化するわけですが、アメリカの指導者はそのような民族間・宗派間対立についての理解が浅く、イラク問題を典型として何度も失敗をおかしてきたのだとチュア氏は指摘します。
この「支配的少数派」への反乱というのは、民族間対立の激しい途上国によく見られる現象ですが、今はこれがアメリカで「エリートに対する庶民の反乱」という形で生じているとチュア氏は言います。面白いのは、トランプ氏も大金持ちなのになぜ庶民から支持されるのかという話で、もちろんアメリカの「白人民族主義」に訴えているという点は重要なのですが、それだけではないということです。彼が「教養あるリベラルなエリート」たちから「政治的配慮(Political Correctness)が足りない」「下品だ」「本を読まない」「ファストフードをむさぼり食っている」と馬鹿にされる姿や、単刀直入な言動、服の着こなしといったキャラクター全体が、白人低所得層のあいだで「俺たちの仲間だ」という本能的な共感を生んでいて、これは政策への支持以上に根強い「トランプ族」という集団アイデンティティ現象なのだそうです。
上記の6つの世界観をめぐる論考は、標題から分かる通りまったく異なる立場から書かれているのですが、いずれも多かれ少なかれ(特に1〜4は)、「近年の経済成長を牽引してきたグローバルエリート」と「その恩恵を受けることがなかった先進国の中産階級」の対立を、現代世界における主要な構造的問題として認識していて、こうした理解が一種の常識になっているということがよく分かります。日本国内では階層間の対立が比較的緩やかで、そのような理解を前提とした「世界観」が語られることも少ないと言えますが、労働分配率の低下や賃金の二極化は日本でも生じている現象で、欧米なみの亀裂が生じる前に軌道修正を考える必要があります。
またそもそも日本人は、国際政治や市場経済がどのような方向に進んでいるのかを、歴史的なスケールで俯瞰的に捉えるような議論が苦手です。国家や企業を動かしている世界観の変化、対立、多様性などに鈍感なままでは、深刻な失敗を招く可能性が高い。上の6分類にこだわる必要はありませんが、「時代」や「世界」を理解するための大きな枠組みを持つことに、我々はもっと力を注ぐべきでしょう。
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