今回は『表現者クライテリオン』2021年7月号の掲載されている特別対談を特別に一部公開いたします。
公開するのは、前回に引き続き「孫子のための「財政論」 中央銀行の政治学」特集掲載、
大澤真幸先生と本誌編集委員の柴山桂太の対談です。
〇前回から読む
興味がありましたら、ぜひ『表現者クライテリオン』2021年7月号を手に取ってみてください。
以下内容です。
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柴山桂太(以下柴山)▼
先ほど政府の財政支出はベーシックインカムを実現する方向に振り向けた方がいいとおっしゃった、その点をもう少しお聞きしたいんです。
ベーシックインカムにはいろいろな形態がありますが、ここでは万人に生活できるだけの額を給付するという仕組みで考えましょう。MMTの理論家はベーシックインカムには消極的で、政府が「最後の雇い手」となる就労保証プログラムの方を強く推奨しています。
ベーシックインカムの問題点は、財政負担の大きさではなく、もっと別のところにあります。
例えば、高インフレが始まったらどうするのか。その場合、給付額を減らすか増税するかしないといけないんですが、そうなると給付に依存して生活している人は生きていけなくなる可能性がありますね。
そういう技術的な問題もあるんですが、もっと大きいのは、はたして労働と給付を切り分けてしまっていいのか、という問題です。ベーシックインカムの戦略は、働くことと生活することを切り離すというところにありますね。
これは資本主義にとってかなり大きな挑戦で、というのも資本主義はウェーバーが指摘したように、「勤労」の精神によって成り立つシステムだからです。与えられた仕事を天職と考え、真面目に働いてコツコツお金をためて家族を養う。
資本主義は、そういう宗教的とも言える精神によって支えられているわけですが、ベーシックインカムが実現すると、働かなくても生きるためのお金が給付されますね。
就労保証プログラムの場合は、労働と給付は切り離されていません。
政府が雇用し、その対価をもらって生活する。失業は社会から居場所を奪ってしまいますから、それを防止するという効果があるのはもちろんですが、他にも景気安定効果や、政府雇用の賃金水準を上げることでデフレへの転落を防止するという効果もあります。
大澤真幸(以下大澤)▼
最初のインフレの問題は、確かにベーシックインカムでは技術的な扱いが難しいと思います。ただ、それは就業保証でも完全にリスクが消えるわけではないでしょう。むしろ問題は、二つ目の方ですね。
就業保証プログラムで仕事を作るといっても、本人にとってはすごくつまらない仕事をさせられる可能性は高いでしょう。
政府が作る雇用といっても、おそらく特別な能力がなくても出来る仕事になってくるんだと思うんですよ。それに対して報酬を払う。
それって簡単にいうと、すごく自尊心を傷つけると思うんだよね(笑)。大したことをやっていないのにカネをもらっている、というふうになる。
それなら、ベーシックインカムの方がいいと思います。誰もがもらう権利がある、という方がね。
ベーシックインカムは、怠けて全員が働かなくなるんじゃないか、とよく言われます。だけど、「俺の人生はフリーライドだった、よかったなあ」と思う人はほとんどいないと思いますよ。
みんな、何かのために生きたいわけです。ところが今は、労働の成果は金銭的な報酬として表れているわけですよね。「あなたはこれだけの仕事をしましたね」と。
でも金銭的報酬と、あなたが世界に対してこれだけのことをした、生きている価値はこれくらいあった、ということとのリンクを切った方がいいと思うんです。
柴山▼僕は、ベーシックインカムも就労保証プログラムも、どちらも実行上のかなり大きな難点を抱えていると思います。
ただ、思想的な問題としていうと、資本主義の「勤労」の精神をどう暴走から防ぐかは、かなり大事な論点になってきていると思うんです。
勤勉の精神は近代の産物ですね。日本人は昔から勤勉だと言われているけれどもそんなことはなくて、資本主義体制になってから勤勉の美徳を内面化していった。時間を守る、遅刻をしない、自己管理をしっかりする、というのもそうですね。
この価値観は今も相当に強力で、例えば新自由主義と言われているイデオロギーも、つきつめると「自分の生活は自分でなんとかしろ」ということですね。あるいは「働かざる者、食うべからず」です。
ゼミの学生に、ベーシックインカムに賛成かと聞くと、だいたい六割から七割は反対だと答えます。
理由を聞くと、「働かずにお金をもらうのはどうかと思います」と。世代が新しくなっても、そこだけはあまり変わっていない。
もちろん、勤労が美徳であるという考え方はそれ自体としては正しいと思うんですが、新自由主義社会ではあまりに強力になりすぎていて、それが生きづらさのかなり大きな要因になっていると感じます。
何が問題かというと、働かない者、働いても大した成果を出さない者は社会的に無用、という考え方と結びついてしまうからです。
最近、マイケル・サンデルがメリトクラシー(実力主義、成果主義)の行き過ぎを指摘していますが、成功しなかった人は努力が足りなかったから、怠惰だったからだという社会的烙印を押され、成功者は過剰なまでに褒めそやされるという社会の悪しき分断が生まれている。
近代になって生まれや身分による差別は小さくなったかもしれないけど、今度は実力主義の差別みたいなものが大きくなって、しかもそれが差別とは意識されない形で世の中にあふれてしまっている。
この勤労精神の行き過ぎとも言うべき事態をどう解毒するかを考えるとき、一つの鍵となるのはやはり共同性の意識だと思います。
小さな集団でも国家でも、人類社会でもいいんですが、われわれは共同体の一員であって、共同性を分有しながら生きているんだという方向にいかないと、行き過ぎた実力主義みたいなものを乗り越えられないんじゃないか、と。
大澤▼今の問題意識は、ほぼ百パーセント共有します。
だからこそ、僕は最終的にはベーシックインカムがよいと思うのですが、実際にやるとすればいきなりベーシックインカム一本やりは難しくて、就業保証的なものにベーシックインカム的なものを組み合わせるという形で、だんだんシフトしていく必要があります。
いずれにせよ、そういう技術的な問題以上に大事なのは、今、柴山君がおっしゃったことなんですよね。
勤労といっても、結局は資本主義の市場でそれがどれだけ評価されたか、ということだけが問われているわけですからね。
商品が売れた、賃金が上がったという形で、金銭的な評価が労働の評価になっている。今は、それ以上に優れた人間を評価するシステムを持っていない。
もちろん、本当はいろいろありますよ。僕の本が売れなくたって、「大澤さん、いい本書いたね」って言ってもらえると、少しは書いてよかったと思うし(笑)。
でも、実際は出版社が困らないくらいには本が売れないと、「お前はダメだぞ」という感じになるわけじゃないですか(笑)。
僕らの基本は、そうした形になっているんです。だから、失業というのは非常にきついことになっているし、非正規労働の問題というのも、「人間としてどうなの」と言われているような、そんな感じだと思うんです。
他方で、どうもこれはおかしいぞ、とみんな思い始めていますよね、ジェフ・ベゾスがあんなに稼いでいる。じゃあ彼は人類四十億人分くらい価値のある人間かと言われると、さすがにそれはちょっとおかしいぞ、となっている。
資本主義の初期の段階では、勤勉に仕事をするということと、金銭的な報酬が上がるということが、かなりよく相関したんですよね。しかしある時期から、その間に齟齬が生まれてきた。そこを何とか、打開しなければならない。
こういうことも考えられると思うんですよ。例えば大澤が何かを書いた、それに原稿料のような報酬が払われるわけですが、本当のことをいうと、僕らは個人というより集合的に事をなしているわけです。…(続く)
(『表現者クライテリオン』2021年7月号より)
続きは『表現者クライテリオン』2021年7月号にて
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コメント
ベーシックインカムには反対です。
資本主義では勤労は成果主義になりがちですが、本来、勤労の基本は治安です。
ここを抜けた議論は机上の空論です。
私は女性の様に自ら共同体を作る能力があればベーシックインカムをすればいいと思いますが、男性は無理矢理にでも組織(勤労)に入れるべきです。男のズルさ、残忍さを忘れてはなりません。
そもそも男の勤労には、思春期のクラブ活動的な要素があります。つまり「個人のバカに暇な時間を与えれば何するか分からん」的な。
今回のコロナ禍での自粛規制が実証した通り、女、子供に対しての虐待が増えた。
こんな事は男を分かっていれば予想出来たこと。又、自粛規制により、己の共同体を壊され、個にされ、行き場の無くなった女性の自殺者が増えた事も… 女性は貧困位で死なんよ。
もっともっと、人間を知って考えてほしい。
ベーシックインカムを導入すれば格差は広がるよ。