【書評】多民族の狭間で翻弄された、西ウクライナのユダヤ社会の悲劇――岡村元太郎

啓文社(編集用)

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皆さん、こんにちは。
「表現者クライテリオン」編集部です。

本日は『表現者クライテリオン』11月号より書評をお届けします。

多民族の狭間で翻弄された、西ウクライナのユダヤ社会の悲劇
岡村元太郎

 

野村真理 著

『ガリツィアのユダヤ人【新装版】
ポーランド人とウクライナ人のはざまで』
人文書院/2022年6月刊

 

 本書は、中世以降のガリツィア(現在のウクライナ南西部)におけるユダヤ人・ポーランド人・ウクライナ人の民族間関係の歴史を、特にユダヤ人の境遇に着目しながら辿ったものである。

本書を読むと、ユダヤ人の悲劇的な歴史は彼らにとって唯一の選択肢であった「ユダヤ人的」な生き方の必然的な帰結であるとも思わされるとともに、そのあまりの悲惨さに恐ろしさを覚える。またウクライナの独立に寄与する一方で過激ともいえるナショナリズムの起源についても触れられており、ロシアとの戦争を解釈する上でも本書を手に取る価値はあるだろう。

 

 十四世紀にポーランドは現在の西ウクライナへ進出し、現地のルーシン人=ウクライナ人を農奴として従え、西欧への穀物輸出を拡大した。その際、ポーランド貴族から農地の使用権を賃借し、ルーシン人農奴の管理と搾取を代行することで生活していたのがユダヤ人である。

十七世紀ごろから農業が衰退してくるとポーランド貴族は農民のルーシン人に借金をさせてまで酒を売りつけ収入を確保した。そしてその際も、酒の製造・販売、そして貸金を実行していたのはユダヤ人である。

 

 しかしそのユダヤ人も、決して裕福であったわけではない。ポーランド貴族は、ユダヤ人にのみ不当としか言いようのない重税を課していた。その中にはユダヤ教徒の安息日に欠かせないロウソクに対する税など信仰に付け込んだ税も含まれていた。

 

 第一次世界大戦末期、ポーランド人とルーシン人がそれぞれ民族自決権を主張し始めたとき、両者にとってユダヤ人は「寄生者」でしかなくなった。一九一八年にポーランド・ウクライナ戦争が勃発すると、ガリツィアのユダヤ人は完全な中立を守っていたにも関わらず、ポーランド人のほとんどはユダヤ人の中立違反を確信しており、同年十一月ユダヤ人への報復が始まった。

ルヴフ(リヴィウ)を制圧したポーランド兵によってユダヤ人街に火がかけられ、燃えさかる建物から逃げ出そうとする者は、銃や銃剣で火の中へ追い返された。このような暴力的な攻撃はポグロムと呼ばれその後も各地で発生した。

そして第二次大戦が始まると、ナチス・ドイツと結託したウクライナ人の手によるホロコーストで、ガリツィアの地からユダヤ人は姿を消した。ポーランド人は大戦後にポーランドへ移住したため、これによりガリツィアはウクライナ人の土地となり現在に至る。

 

 著者は、当事者ではない外国人研究者が歴史的事象や民族的心情を分析し、是非を問うことに本質的につきまとう越権者の「ためらい」から逃れられないと述べる。

しかし、ガリツィアはウクライナの中でもとりわけ複雑な背景を持つ土地で、ポーランド、ウクライナ、オーストリア、ドイツ、ロシアと多数の民族が衝突を繰り返してきた舞台であり、その狭間で翻弄されてきたユダヤ人の目線で歴史を辿ることは、ウクライナがいまも戦場になる理由を解釈する上でも重要な意義を持つだろう。

 

野村真理 著

『ガリツィアのユダヤ人【新装版】
ポーランド人とウクライナ人のはざまで』

 

 

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