第二次世界大戦映画の最高傑作です。
実際の映像や発言を貼り合わせた、ヒトラー、ムッソリーニ、チャーチル、スターリンが煉獄で再会し、最後の審判を待つという誠によく出来た紙芝居でした。どうも、ご無沙汰しています。平坂純一です。
ロシアの鬼才アレクサンドル・ソクーロフ監督の最新作のこの映画、ご覧になった方、これからご覧になる方もいらっしゃるのではないでしょうか?2022年のウクライナ侵攻直前の公開で、カンヌ映画祭では公開を中止にした大問題作として宣伝されていますね。
上記の「独裁者」の四人が互いの顔や風体から、果ては政治思想や戦争責任まで罵り合いながら煉獄の門へ歩くダンテの「神曲」を思わせるシーンは、YouTubeの予告でも観れますが、その映像美は、20世紀の戦争が神がかった偉大さを帯びていたことを感じさせます。なんと馬小屋にキリストが横たわっいて、「皆と一緒に最後の審判を待つ」とうごめきながら呟いているのに、ヒトラーやスターリンに冷たく「役立たず」と悪態を突かれていました(笑)。そのほか、ヒトラー憧れのナポレオンは天国に召されていて、そんなバカなと笑ってしまいました。
前半はウィット過剰な乾いた笑いの連続で、ロシア映画特有の間延びもあり、やや冗漫な気がしました。しかし、後半は圧巻でした。やがて、煉獄には大衆が集い、大河のようにうねりを帯び始める。四人の独裁者は死したうねる大河に向かい、それぞれが演説を始める。ワーグナーが流れはじめ、ムッソリーニが「大衆は私を愛し、私は大衆を愛す」と絶叫する。ヒトラーは神を否定してみせ「党があるのみ!今こそ大衆が私を求めている」と吐き捨てるようにまくし立てる。スターリンは「戦友たち・・」と情感に満ちて、チャーチルは憤然と「共産主義者とファシストだらけだ」と嘆いてみせます。こう書くと「ああそんなもんか」ですが、実際に目の前に並べられると、けっこう鳥肌が立ちます。
私の所感では、ヒトラーは言葉が多く伝わっているのもあり、通り一遍の観念的な男で「つまらん」。ムッソリーニは笑顔に愛嬌があり「レーニンの社会主義はスターリンが堕落させた!(ソレル由来の結束主義に社会主義の本道があると言いたい)」とスターリンに問い詰めるシーンは見応えがある、とてもいい男。チャーチルは母親と女王陛下想いのスーパー凡人。そして、一番人間味があって深い言葉を吐いていたのはスターリンに思えました。もちろん切り取り方もありますし、ロシア人の作った映画故の贔屓はあるのでしょうが、全体的に扱いは公平で、ただ、ヒトラーやムッソリーニより何枚もスターリンが上手な男であることは伝わるところでしょう。
当然ですが、ドイツ語、ロシア語、英語、イタリア語で四人は一方通行に話すので、言語的に会話は成り立っていません(笑)しかし、AIなしでまあまあのリアリティある会話が再現できていて、更に彼らの言葉の重さ、背負った罪の重さ、現代に射程ある国家のあり方など、全く今日的な映画に思えるのだから不思議な気分がします。公開時期もドンピシャです。フライヤーには、久米宏氏が「プーチンもこの映画に出しちまえ!」と書かれていた気がしますが、うん・・そういうことじゃないよね。
四人の「独裁者」による神の領域と視点でもってする政治神学的な「議論」も聞けます。ああ、いいな、ヨーロッパの擬似君主たる「独裁者」とは、そんな歴史と思想が共有できて・・・と思ってしまう。この壮大な紙芝居に、教養のない田舎者のアメリカンや、責任逃れでモゴモゴとしか話さない日本人は出てきません。歴史を背負った重い言葉が一人の政治家の口からバンバンと出てきたことなどないのですし、今後もないのでしょうから。
この映画の日本版を作ろうと脳内キャスティングしまして、田中角栄・西部邁・三島由紀夫・立川談志・石原慎太郎が黄泉の国で酒を片手に談じ合う「反戦後民の時の時」という企画を考えましたが・・・そんな映画は受け手の知性がまあまあやばいこの国では流通しえないのでしょう。
なお、この映画は今週末まで東京、福岡、中京で公開、今後も展開される。ロシア映画が軒並みAmazonプライムで削除されている現状、再上映やDVD化もかなり先だろうから観ておいて損はない。
最後にソクーロフ監督のオンラインイベントを開いた、渋谷ユーロスペースさんに拍手したい。
編集部より
映画『独裁者たちの時』の詳細はこちら
http://www.pan-dora.co.jp/dokusaisha/
上映情報はこちら
http://www.pan-dora.co.jp/dokusaisha/#unit_theaters
渋谷ユーロスペースは明日までの公開です!(編集部スタッフも駆け込む予定!)
*6/19追記 公開期間延長されました!
https://eiga.com/movie-area/98000/13/130301/
平坂純一先生も寄稿。表現者クライテリオン最新号も是非お手にお取りください!
創刊5周年記念シンポジウム開催が決定!
7月1日(土)14:30〜17:50@新宿
是非お申し込みください!
https://the-criterion.jp/symposium/230701-2/
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