財政破綻論は罪深い。日本には、まだまだ政府支出が必要な分野がたくさんあるにも関わらず、そうした分野に携わる人々が、政府に必要な予算を要望しにくくなるからである。政府が予算を増やさない限り、根本的な改善など出来ない。関係者の誰もがそう考えているにも関わらず、世論が緊縮財政に傾いているので言い出せない。日本の公教育こそ、そうした分野の代表格である。
教員不足は深刻だ。小中高の公立校で、二〇〇〇人以上の教員が足りていないとされる。部活や生活指導で膨大な時間外労働を強いられている上に、産休や育休もまともに取れない。何より、「給特法」の壁があって、いくら残業をしてもほとんど手当てがもらえない状況にある。
「給特法」の正式名称は「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」で、一九七二年に施行された。公立校教員の勤務形態は特殊であるから、一般の民間労働者とは違う給与のあり方を定めるというのが法律の趣旨であるが、この法律がすさまじいのは、教員がいくら時間外勤務を行っても月額の四%しか残業代が出ないということだ。定時を越えた業務は、教員の自発的な労働と見なされ、正式な時間外労働として取り扱われない。五十年前に作られた前時代的な法律が今も改正されることなく残っているため、公立校の教員は「定額働かせ放題」になっている。
今の時代、残業代がつかない職業などない。地域の子供たちを預かり、必要な教育を施すという国家のもっとも重要な仕事に、まともな給与待遇で報いていないのだ。私立校や国立校は給特法の対象外なので、残業代も出るし労働基準監督署の指導も入る。公立校だけが不当に厳しい労働環境にある。これでは、教員志望の若者も集まらない。
状況を改善する道は一つしかない。給特法を改正し、公立校教員に適正な給与を支払うこと、残業を減らして人員を増やすことだ。それだけではない。これだけの酷暑でもまともに冷房が入っていない学校はたくさんある。教育の充実にはIT等の設備投資が必要だが、それさえ十分には進められていない。予算逼迫で非常勤の教員が増えたことが、教員間の技能継承を阻害し、教育全般の効果を引き下げてしまっているという声もある。
こうした教育現場の苦境に、政府はまともに対応していない。財政難を理由に、必要な予算をつけていないのである。実際、日本の公教育費(対GDP比)は、OECD諸国の平均をはるかに下回っている。これでは、日本は「未来世代に投資をしていない」と言われても仕方ない。
興味深いのは韓国の事例である。韓国の公教育は日本と同じで、教員が教務指導以外の多岐にわたる業務を行うが、政府がさまざまな支援策をとったことで、教員の残業はほぼなくなったとのことである。
日本の公教育の立て直しには、むろん、予算を増やす以外にも対策が必要だろう。だが、現場がいくら改善努力を重ねても、必要な予算が下りてこなければ、できることに限界があるというものだ。給特法の見直しによる残業代の支給や、必要な教職員の増員、義務教育費の国庫負担金の増額や、学校設備の改善に向けた公共投資の増額など、政府にしかできないことが無数にある。
岸田首相は事あるごとに「人への投資」を打ち出している。職業訓練の充実ももちろん必要なのだろうが、その前に、まずは国民教育の土台となる公教育の支援を優先すべきではないのか。財政破綻の亡霊に手足を縛られて、必要な予算を絞り続ける限り、日本の沈没は止まらない。
(本誌2023年9月号より)
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