岸田政権は、今年(二〇二三年)六月、外国人単純労働者 の受け入れの大幅拡大を決め、事実上の日本の移民国家化 への道筋をつけてしまった。永住可能、家族の帯同も可能 という外国人労働者の在留資格「特定技能二号」の対象分野 を拡大し、全産業分野(一二分野)に認めることを閣議決定 したからだ。今後五年間に最大三四万五一五〇人を受け入 れるということだ。
私は岸田政権の決定を大いに憂いている。後述のように、日本の国柄を多くの日本人が望まない方向へと変えて しまう恐れがあるからだ。また移民国家化はグローバルな 投資家や企業関係者ばかりを利するという点で不公正であ る。加えて経済面でも理念の面でも移民推進論の論拠は説 得力がほとんどない。
なぜ、日本は、移民の大量流入で社会的混乱に陥っている欧州諸国の事例から真摯に学ぼうとしないのか疑問だ。 欧州の事例を知る最も良い文献は、英国のジャーナリスト D・マレーの著した『西洋の自死』(東洋経済新報社、二〇一八 年)であろう。この本は、英国をはじめとする欧州諸国が 主にイスラム教徒の移民の大量流入によって、近年、ナ ショナル・アイデンティティ自体が大きく変えられつつある事態を描き出したものだ。
欧州各国では、大量移民の影響で民族構成が大きく変わりつつある。『西洋の自死』で挙げられている数値をい くつか紹介したい。欧州各国のもともとの国民(典型的には 白人のキリスト教徒)は近い将来、少数派になってしまう。 二〇一一年のイギリスの国勢調査によれば、ロンドンの住人のうち「白人のイギリス人」が占める割合はすでに 四四・九%に過ぎない。
二〇一四年にイギリス国内で生まれた赤ん坊の三三%は、少なくとも両親のどちらかは移民である。ある研究者 の予測では、二〇六〇年までにはイギリス全体でも「白人のイギリス人」は少数派になると危惧される。スウェーデンでも今後三十年以内に主要都市すべてでスウェーデン民族は少数派になると予測されている。
民族構成が変わるだけでなく、欧州諸国の宗教文化的性格も変容する。二〇一六年に英国(イングランドとウェールズ) で生まれた男児のうち、最も多かった名前は事実上、「モハメッド」だった(もともとアラビア語である「モハメッド」を英語で表す際、複数の綴り方がある。些細な違いの複数の綴りを同じものだと捉えて集計すれば、「モハメッド」が一番多い男児の名前とな る)。ウィーン人口問題研究所は、今世紀半ばまでに十五 歳未満のオーストリア人の過半数がイスラム教徒になると予測している。
日本を移民国家化する決定がなぜなされてしまったの か、その背景を確認しておきたい。
背景にあるのは経済政策の変容である。政治におけるグ ローバルな投資家や企業の声が非常に大きくなってしまったためである。これは日本に限らない。いわゆる新自由主義に基づく現行のグローバリズム路線が世界中に及ぼしてきた災厄である。
グローバル化、つまり国境の垣根を低くして、ヒト、モ ノ、カネ、サービスの移動が自由になり、活発化する現象 が生じると、半ば必然的に、各国の政治に対するグローバルな投資家や企業の政治的影響力が強化されてしまう。彼らは、自分たちがビジネスしやすい(稼ぎやすい)環境を準備しなければ、資本を他所へ移動させるぞと各国政府に圧力をかけることができるようになるからだ。
例えば、彼らは「人件費を下げられるよう非正規労働者を雇用しやすくする改革を行え。さもなければ生産拠点をこの国から移す」「法人税を引き下げる税制改革を実行しないと貴国にはもう投資しない」などと要求できるようになった。
実際、各国政府は、グローバルな投資家や企業の要求を聞き入れ、彼らが稼ぎやすい環境を整備する構造改革を実行してきた。具体的には、各国政府は、グローバルな企業 や投資家に好まれようと、法人税率の引き下げ、労働関係の基準や規制の削減、電気やガス、水道などのインフラ事業の民営化、株主重視の企業統治改革の断行などの政策を進めてきた。
移民や外国人労働者の大規模受け入れもグローバルな投資家や企業に大いに好まれる政策である。人件費を引き下げるからだ。
グローバルな投資家や企業の影響力が強くなった反面、 各国の一般庶民の声は政治に反映されにくくなった。また、改革の結果、作られた各国の制度やルールはグローバルな投資家や企業には有利だが一般庶民には不利なものであるため、前者(エリート層)と後者(庶民層)との間で経済的格差の拡大や意識面での分断が生じた。
日本も例外ではない。例えば、日本の大企業(資本金一〇億円以上)は、構造改革が本格化した一九九七年と比べれば、二〇一八年には株主への配当金を約六・二倍も増やしている。その一方、従業員給与は減少している(一九九七 年を一〇〇とすれば二〇一八年は九六)(相川清「法人企業統計調査に見る企業業績の実態とリスク」『日本経営倫理学会誌』第二十七号 (二〇二〇年))。
移民受け入れ推進派は、論拠として様々なものを挙げる。しかし、どれも正当だとは言えない。以下では、推進 派の持ち出す主な四つの論拠に反論を提示したい。これらはマレーが『西洋の自死』のなかで挙げている論拠でもある。①経済…移民が増えれば経済が豊かになる、②少子高齢化…少子化のせいで移民を入れなければ経済が回らない、③多様性(ダイバーシティ)…移民は文化的に我々を豊かにする、④宿命論…グローバル化は時代の不可避の流れであり移民も止められない。
①「経済」について
経済に関する移民受け入れ推進派の議論を検討する際に忘れてはならないのは、前述のとおり、移民推進はグローバルな企業や投資家には有利だが、各国の一般庶民にはあまり望ましくない政策の一つだという点である。
米国の労働経済学者ジョージ・ボージャスは、『移民の 政治経済学』(白水社、二〇一七年)のなかで米国の経験を踏まえ、その点について明快に論じる。ボージャスの分析をまとめると次のようになる。
・ある労働者集団に移民が一割増えると、約三%賃金が下落する。
・労働者から企業(投資家や経営者)に多大な所得移転が起きる。つまり、労働者には不利に、企業や投資家には 有利に働く。
・国家財政面での恩恵は自明ではない。短期的にはゼロか、悪化と見るのが妥当である。すなわち社会保障費 や教育などの増加分が、税収の増加分を上回る。
・国家財政面での移民の寄与は長期的にはプラスに転じることもあるかもしれない。しかし、実証的知見がほ とんどなく不明である。
つまり移民受け入れは、莫大な富を労働者から企業に移転させる政策であり、公正だとは言い難い。国の財政にも 少なくとも短中期的には寄与せず、かえって悪化させることが少なくない。
ボージャスの議論を踏まえ、日本経済の現状を考えてみたい。日本経済の停滞は一九九〇年代後半からデフレ状況が続いていることによる。日本のGDPの五割以上は家計消費からなる。だが家計消費は一九九〇年代後半以降、ほとんど伸びていない。これがデフレの主要因である。だとすれば、日本経済を回復軌道に乗せるためには、家計消費 を伸ばすことに重点を置くべきだ。
だが、大規模移民の受け入れという政策は、賃金の低下 を招き、家計消費を伸ばすという目標と真っ向から対立す る。
②「少子高齢化」について
欧州諸国でも少子高齢化は深刻だ。マレーは少子化の経済的要因を強調する。ある調査によれば、英国人女性の大半は二人以上の子どもを持ちたいと考えている。だが、若い夫婦を取り巻く経済的要因のゆえ、多くの夫婦はあまり子どもを持とうとしない。
さらにマレーは、学校のみならず、国や地域社会の将来像も、夫婦が子どもを持ちたくなるかどうかを左右すると推測する。国や地域社会の将来について楽観的見通しがあれば、多くの子どもを生み育てようとするだろう。自分の国や地域社会が近い将来、民族的・宗教的分断に悩まされるのであれば、多くの夫婦が子どもを積極的に持ちたいと思わなくなるのは当然ではないかと指摘する。
従ってマレーは、少子化対策としては、移民受け入れ政策ではなく英国の若者が子どもを安心して生み育てられる ような経済的環境を整えること、また、子どもを持ちたくなるような、つまり、将来、子どもが幸せに暮らせるような安定した国や地域社会を形成することのほうが大切ではないのかという主張を行う。
マレーの主張は日本にも概ね当てはまる。・・・<本誌に続く>
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