何故、抗議活動家たちは他責思考でいられるのか?──思想や主張よりも重大な欠陥について(後編)

藤原昌樹

藤原昌樹

 

何故、抗議活動家たちは他責思考でいられるのか?

思想や主張よりも重大な欠陥について(後編)

藤原 昌樹

 辺野古沖事故の直接の当事者であるはずの抗議活動家たちや一部メディアは、自らの杜撰な安全管理を棚に上げ、その責任を「強硬に工事を進める政府」へと転嫁する姿勢を見せている。なぜ彼らはこれほどまでに当事者意識が欠如し、無責任な「他責思考」でいられるのか。
 後編では、彼らが「他責思考」に陥る根本原因を分析する。自らの責任を顧みず、あまつさえ「被害者のように」振る舞って平然としていられるのは、決して過激な「思想信条」のためではない。そこには、もっと「ショボい」理由が潜んでいる。

▼前編をまだお読みでない方はこちら

前編を読む

「反対協」の共同代表は何を語ったのか-平和ガイド育成講座

 事故から約1カ月後の4月18日、琉球新報社などが名を連ねる実行委員会が企画・運営する平和ガイド育成講座「沖縄戦の記憶継承プロジェクト 戦争をしない/させないために」で「反対協」の浦島悦子共同代表が講演し、事故の責任を否定するかのように語っていることが『産経新聞』や『週刊ポスト』が独自入手した音声データによって明らかとなり、波紋が拡がっています。

 浦島共同代表は、冒頭で「事故で心配をかけている」と詫びた上で「私たちは学校やご遺族に謝罪の申し入れをしているが、実現していない中でいろいろなことに追われている」「皆さんから励ましを励みにこの苦境を乗り越えていきたい」「悪意に基づく虚偽情報が本当に山ほど流されている」「これは違うよということをお伝えしたい」というところから語り始めています。

 事故当日について「実は修学旅行の生徒たちが海に出るというのは知らなかった」と振り返り、「海上チームにお任せしていた」と釈明しました。

 また、天候について「波浪注意報が出ているから出航してはいけないということはない」「冬場はずっと(波浪注意報が)毎日出ており、2、3カ月の中で出ない日が1日か2日」との認識を示し、「(事故)当日はとても穏やかだったという『うみんちゅ』(沖縄方言で海の人)の証言もある」として「(『不屈』と『平和丸』が)荒れた海に出たというのは間違いだが、それがすごく流布されている」と語っています。

 その他、「普段の抗議行動で使う航路とは違う危ないところを通った」と言われていることについて「私たちは違和感を持っていて徐々に明らかになると思う」と語り、「高校生が抗議活動に参加していた」と学校に対するバッシングが拡がっていることについて「これは明らかに間違いで、ホームページにも出しているが、普段は抗議活動に使っている船だが、その日は海の美しさや工事の状況を見学する純粋な学習だった」と説明しています。

 しかし、沖縄気象台によると「今年2月に波浪注意報(警報含む)が出ていた期間は28日中15日間、3月は31日中20日間」であり、明らかに浦島氏の説明とは異なります。
そして、事故当日は現場海域に波浪注意報が発表され、「明らかに白波が立ち、危ない状態」(捜査関係者)で、気象・海象条件が大型作業船を使った作業中止基準を超えたため、辺野古移設工事の作業を一部中止するほどの海況であったことが明らかとなっています。

 また、「高校生が抗議活動に参加していた」と言われていることについては、確かに事故当日に『朝日新聞』が誤報を出しましたが、その日のうちに訂正されています。
現在、「反対協」や同志社国際高校が厳しい批判に晒されているのは、「平和学習」と称して生徒達を抗議船に乗せていたこと、生徒達の安全安心を確保する義務があったにもかかわらず、その責任を何ら果たしていなかったことなどについてであり、浦島氏の弁明は自分達の責任から逃れるための詭弁であり、「ピントがズレている」と断ぜざるを得ず、「『反対協』の共同代表である浦島氏(に限らず、『反対協』の関係者全て)が事故をめぐる状況を全く理解することができていないのではないか」との疑念を拭うことができません。

 浦島氏は、事故をめぐる報道についても「『産経新聞』や『右派的な週刊誌』が、ちょっとしたことに尾ひれはひれをつけて違う方向に持っていって報道している」と批判し、「そういう報道に接したときには鵜呑みにするのではなく考えてほしい」と呼びかけました。

 そして、「こういう事故が起こってしまい、なかなか声も上げづらい状況ではあるけれども、私たちがやっていることは基本的に間違っている訳ではないので、沖縄の平和運動や平和学習が萎縮したりしないように自信を持って(活動を)頑張っていきたい」と語って講演を締めくくっています。

 事故発生から約1ヵ月しか経過しておらず、海上保安本部や運輸安全委員会による捜査も端緒に就いたばかりで、事故の全容が明らかになるまでには相当の時間を要するものと考えられている状況において、琉球新報社が、事故の当事者である「反対協」の共同代表に講師を任せたことに驚かされます。それ以上に、「反対協」の共同代表の立場にあるにもかかわらず、「事故についての自分達の責任を全く感じていない」と受けとめざるを得ない内容を語る浦島氏の「当事者意識」のなさと「他責思考」には絶句してしまいます。

 「開いた口が塞がらない」とは、まさにこの事です。

【最新号】

表現者クライテリオン 2026年5月号

【特集】リベラルの終焉──ここから始まる“自由”の再生

何故、抗議活動家達は「当事者意識」を持たずに他責の姿勢でいられるのか

 辺野古転覆事故をめぐって、「何故、直接の当事者である『反対協』をはじめとする抗議活動家達が『当事者意識』を持たず、『他責思考』でいられるのか」と不思議に思われる方は少なくないでしょう。

 彼らが左翼活動家であることから、恐らく、多くの方が「過激な思想にハマっていて、徐々に一般的な常識から遊離していってしまったカルト的な人たちだ」と無意識に想定しているのではないでしょうか。
 しかし、実態はもう少し「ショボい」ものなのではないかと考えています。

 「辺野古移設工事」は、既にポイント・オブ・ノーリターンを過ぎてしまっており、仮にいま直ぐに工事を止めたところで、辺野古の海が元の自然の状態に戻せる訳ではなく、よほどの馬鹿でなければ、彼らもその事は承知しているに違いありません。
 もちろん、変えられない現実に対しても反対の声を上げる示威運動自体は重要なことです。しかし、これまで何度も本誌の拙稿で論じてきたように、彼らの夢物語的な言説には、そうした厳しい現実認識が欠如しています。
 それでも辺野古の抗議活動が一向に止まる気配がなく続いているのは、抗議活動家達の主たる目的が、もはや「辺野古移設を阻止すること」ではなく、「辺野古移設工事」を遅延させることによって一日でも長く「抗議活動を続けること」が目的となってしまっているからであると考えられます。

 彼らは「辺野古移設工事に反対する抗議活動」に参加することによって、「政府が理不尽に沖縄に基地を押し付けようとしていることに抗議して撤回させる」「自分達は沖縄のために政府と闘っている」との大義名分のもとで、「自分は社会のために、人々のために役立っている」という満足感が得られるのです。その「満足感」が(抗議)活動の目的となっているのであり、言い換えれば、抗議活動家達の「生きがい」となっているのです。

 実際に活動している人たちの多くは年配者ですが、彼らは確固たる信念をもって活動に加わっているという訳ではなく、言うなれば自分たちの自己実現のために、ちょっとした地域活動や自治会活動をしているのに近い感覚で参加しているのだと思われます。
これまで書いてきたような彼らの杜撰な安全管理やあまりに雑な事故後の対応は、むしろそう解釈しないとしっくり来ないものです。

小林よしのり氏が喝破した運動の自己目的化

 かつて「薬害エイズ事件」で「HIV訴訟を支える会」の代表を務めた漫画家の小林よしのり氏は、薬害エイズ訴訟が「和解=原告の実質的勝利」という決着を見たにもかかわらず、運動に参加した学生たちが「運動」そのものを自己目的化しようとしていることに対して「日常に復帰せよ」と厳しく批判し、代表を辞任しました。その顛末を描いた「運動の功罪-日常へ復帰せよ!」(『脱正義論 新ゴーマニズム宣言Special』所収)で、「支える会」には「日常」に耐えられなくて入ってくる学生まで出現していたことを明らかにしています。

 また、評論家の浅羽通明氏は、社会運動に参加する若者について「学生をはじめとして、こうした社会運動やボランティアに参加する人は、むしろ職能をはじめとする確固とした『個』がない人がけっこういるわけですよ。言い換えれば、仕事や家庭で日常を送っている自分に自信というか、プライドを見いだせない人は少なくない…(中略)…そういう人の中には、何らかの社会運動に参加することで、そうした特別な運動に加わっている自分、普通の俗人とは違う自分、正義にいる自分を獲得して、それを己のプライドの源泉としてゆくというタイプがけっこう見うけられる」と喝破しています(「脱正義論【入門編】裏切られた平成の正義」『脱正義論 新ゴーマニズム宣言Special』所収)。

 辺野古の抗議活動には、年配者のみならず若者も参加していますが、彼らの中には、「薬害エイズ事件」の「支える会」に参加していた若者達と同じように、「自分探し」の果てに抗議活動にたどり着き、(本人が自覚しているかどうかは別として)「特別な運動に加わっている自分」「正義にいる自分」という自己像を獲得するために参加している人も含まれているものと思われます。
 彼らにとっては、己のプライドを保つことができる自己像の獲得が主たる目的なのであり、そのためには「辺野古移設を阻止すること」ではなく、「辺野古移設工事が一日でも長く続くこと」が最も望ましいということになるのです。

 恐らく、辺野古の抗議活動の現場においては、より広い一般社会からは「非常識だ」「迷惑だ」などと非難されるようなことであったとしても、抗議をする仲間達の「狭い社会」の中では、仲間内だけで通用する独自の「物語」が形成されることで、沖縄のために抗議活動の先頭に立ち、理不尽な政府に立ち向かうヒーローやヒロインであるかのようにお互いに称賛しあい、他所では味わうことができない充実感を得ることができるのでしょう。

 今回の事故で亡くなられた「不屈」の金井創船長は、『沖縄・辺野古の抗議船「不屈」からの便り』(みなも書房)と題する2冊の書籍を出版しています。同書で金井船長が辺野古の海について「船を走らせるとなると本当に怖い海」と記していることや、転覆した抗議船「不屈」の操船の困難さについて言及していることなどが注目されていますが、その他にも金井船長が「抗議活動で移設工事を止めることができる」とは信じておらず、「辺野古移設工事が完了することを遅らせることによって一日でも長く抗議活動を継続すること」を目的としていたことを読み取ることができます。

 同書の帯には「辺野古の海の番人・われらが金井船長は今日も荒れた弾圧の海に愛船『不屈』を漕ぎ出す」「平和と環境、人権の実現のため、荒ぶる国家権力に対し身体を張り非暴力で闘う『海のガンジー』」というように、金井船長を抗議活動のヒーローとして称える推薦文が記されています。

 あくまでも私の推察でしかありませんが、金井船長は、辺野古で抗議活動の仲間たちと過ごすことで「生きがい」や「満足感」を得て、抗議船の船長として抗議活動に参加することによって、他所では得られない高揚感を味わっていたのではないでしょうか。
そして、辺野古にいる活動家達の多くが、金井船長と同じように「生きがい」や「満足感」を得て高揚感を味わうことを求めて抗議活動に参加しているのだと思えてなりません。

 彼らが抗議活動に求めているのは、実際に「辺野古移設工事を阻止すること」ではなく、抗議活動によって得られる「生きがい」なのです。

 「辺野古移設工事が完了する」、もしくは(既にその可能性はないものと思慮しますが)「辺野古移設工事が中止される」ことによって、抗議活動をする必要がなくなったとき、彼らは喪失感に襲われ、新たな抗議活動の対象を探し求めていくのではないでしょうか。

責任感のない運動に未来ある若者を巻き込むな

 辺野古の抗議活動の場において、彼らは自分達の側に「正義」があるとする独自の物語の中に生きており、その物語の中で自らを「沖縄のために悪い政府と闘うヒーロー」として振る舞っているのです。
 彼らの主たる目的が「物語(=抗議活動)」の継続である以上、彼らにとって今回の辺野古転覆事故や2024年の安和桟橋でのダンプカー死傷事故などといった事故や不祥事は、その「物語」を妨げる出来事でしかありません。
 自らを「正義」とする物語においては、現実世界における活動の結果に対して真剣に向き合うインセンティブが働くはずはなく、その結果として、「反対協」の抗議活動家達に見られる「当事者意識」の欠如や「他責思考」に繋がっているのです。

 今回の事故からの教訓は、「おじぃ、おばぁ達の年甲斐もない自己実現や、確固たる『個』がない人たちの『自分探し』に、未来ある若者たちを巻き込むな」ということです。思想の問題ではありません。組織論的に「彼らには今後も高校生の行事を任せられるような安全管理や、それに責任を取るような組織づくりができる訳がない」と考えるのが、事故後の彼らの対応を見た時の「常識的な判断」なのではないでしょうか。

 辺野古における無謀な抗議活動の犠牲となられた方々―今回の事故でお亡くなりになられた武石知華さんと2024年の安和事故で亡くなられた警備員の男性―のご冥福と、今回の事故で負傷された同志社国際高校の生徒のみなさんが一日も早く回復し、平穏な日々を取り戻すことをお祈りいたします。  (了)

表現者クライテリオン 2026年5月号(通巻126号)

【特集】リベラルの終焉
ここから始まる”自由”の再生

2026年4月16日発売

【特集座談会】
新しい政治哲学は地方から生まれる
東 浩紀 × 藤井 聡

【特集鼎談】
「自由」から自由になる原理
辻田真佐憲 × 柴山桂太 × 浜崎洋介

執筆者 : 

CATEGORY : 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

メールマガジンに登録する(無料)