非正規教員問題―筆者の体験を中心に―

髙江啓祐(35歳、中学校講師、岐阜県)

 

はじめに
 令和三(二〇二一)年秋、筆者は公立学校の教員採用試験に合格した。実に「教員」生活十三年目での合格であった。「教員」とかぎかっこを付けたのは、筆者が長年、教員は教員でも非正規教員だったからである。
 最近、非正規教員について論じた雑誌と書籍が相次いで世に出た。月刊誌「教育」(教育科学研究会、二〇二二年三月号)における「STOP! 教職員の非正規化Ⅰ」という特集が前者であり、佐藤明彦『非正規教員の研究 「使い捨てられる教師たち」の知られざる実態』(時事通信社、二〇二二年二月)が後者である。「知られざる」とわざわざ修飾されていることからもわかるように、非正規教員の実態はあまり知られていない。そこで、筆者のこれまでの体験を振り返りつつ、非正規教員問題について愚見を述べる。

一 大学時代から非常勤講師時代まで
 大学四年の夏、筆者は二つの自治体の教員採用試験を受けた。私立学校の採用試験については、何の知識もなかった。一方の自治体は、一次試験も通過できなかった。もう一方の自治体は、一次試験は合格したものの、ろくに対策もしないまま受けた二次試験の面接でうまく答えられず、受からなかった。
 教員採用試験に受からなければ、もう教員への道は断たれるのかというと、そうではないのが教員の世界の最大の特徴である。公立学校の場合、常に自治体ごとに講師登録を募っている。常勤講師(自治体や学校法人によって呼称は異なる)や非常勤講師の希望者は、講師登録をすれば何かしらのお誘いが来て、食いっぱぐれることはほぼない。また、私立学校も必要に応じて随時採用試験を実施している。こういう現実を知ったとき、苦労して教職課程を履修した大学生たちは、ああ、挫折しないで頑張ってよかった、と実感するのである。
 筆者の場合も、大学四年の秋に教員採用試験の不合格が決まり、どこかの学校からお誘いが来ることに期待して講師登録をした。そして、大学卒業後の居場所が決まらぬまま、十二月まで卒業論文に没頭した。
 親からも心配の電話が掛かってきた。大学卒業までに退去しなければならないアパートの大家からも、どうするのだという電話が掛かってきた。それでも筆者は呑気だった。
 それは大学卒業間近の二月であった。ある私立高校から、非常勤講師をお願いしたいという電話が掛かってきた。採用試験というより、ちょっとした面接だけで、筆者はあっさりと採用された。非常勤講師の採用試験など、大抵こんなものである。どこの学校も基本的に人手不足だから、教員免許を所有していてすぐに働ける人は、喉から手が出るほど欲しいのである。筆者は、あとから掛かってきた公立高校からの誘いは、よく考えずに断った。しかし、定時制高校からの電話は、断らなかった。非常勤講師は、授業の時間が重ならなければ、複数の学校に勤務してもよい。教員一年目の筆者は、日中は私立高校、夜間は定時制高校でそれぞれ非常勤講師として勤務した。次の年度には、月曜から水曜は私立高校、木曜と金曜は公立学校、夜は定時制高校で働いた。

二 私立学校の常勤講師時代
 三校の非常勤講師を掛け持ちしていた教員二年目の秋、自分の住んでいた都道府県からは離れた場所にある私立学校から電話が来た。非常勤講師ではなく、常勤講師の誘いであった。お金のなかった筆者は、在来線を乗り継いで遠方まで足を運んだ。書類と面接だけであっさり合格した。
 教員を志す人間の多くは、教育基本法や学校教育法といった教育法規は学習するが、労働基準法や労働契約法といった労働法はほとんど学習しない。当時の筆者は、実際に教壇に立つ身でありながら、私立学校の雇用の仕組みをよく知らずにいた。これについては、公立学校の非正規教員問題以上に語られることが少ない。佐藤明彦氏は、民間企業が人件費削減と長期的な人員調整のために一定割合を非正規にすることを書いている(前掲書。七一頁・一〇六頁)が、これは私立学校も全く同じである。佐藤氏は、民間企業の非正規社員を「調整弁」と表現しているが、言い得て妙である。
 少子化が進む昨今、ほとんどの私立学校は苦境である。とりあえず有期契約で採用して仕事ぶりを見て、残す価値があれば正規採用、そうでなければ雇止め、という流れが多い。
 高校の授業は「消化試合」が多い。進学校の場合、学年が上がると、多くの生徒は受験に使う教科だけを真剣に学習し、使わない教科の時間は何度注意されても内職する生徒が少なくない。また、難関大学の一般入試受験者が少数派の学校・学級ならば、そんなにハイレベルな授業は必要ない。さらに、高校は生徒数が決まるのが義務教育より遅いし、選択科目の人数やクラス数などなどによって、年度末の土壇場に教員が必要になることもある。以上のような諸事情で、高校は義務教育に比べて非常勤講師が多い傾向にある。非常勤講師であれば、教員採用試験に向けた準備時間は比較的多いが、待遇は担当する授業時数によって変動するため、非常に不安定である。
 非常勤講師もいろいろである。まず、教員採用試験の合格を目指している人。次に、家事や子育ての傍らに非常勤講師をしている人。そして、授業をする力は十分でも、担任、校務分掌、部活動といった多様な業務に不安を抱いている人である。
 さて、私立学校に常勤講師として採用されると、専任登用を目指して表向きは汗を流しつつ、雇止めや安定した人生を考えて「隠密行動」をする人も多い。堂々と就職活動をすると、裏切り者扱いされて専任登用の可能性が減るけれども、どうせ専任になれるだろうと甘く考えていると雇止めを食らうこともある。「あなたは今年度までです」という通告を秋以降に聞かされても、その頃には公立学校の教員採用試験は終了しているから、早め早めに動いておかねばならない。
 筆者は、合計四校の私立学校を、常勤講師として渡り歩いた。勤務状況がよければ自動的に専任登用してくれる学校もあれば、改めて専任採用試験を実施する学校もある。その学校の将来性を考え、専任登用の可能性を示唆されてもこちらから依願退職した学校もある。担任として一年生から二年生へと持ち上がり、まあ専任登用されるだろうと高を括って専任採用試験を受けたのに不合格となり、三月の最後の日、よく相談に乗っていた生徒から「裏切られた」と言われて去った学校もある。
 おそらく三年間は雇ってもらえるだろうと高を括っていたら、採用から一年後に「あなたは産休代替です」と告げられ、二年間で去った学校もある。私立学校の常勤講師は、一年契約で雇われ、二回契約更新されて三年間は働けることが多い。だが、所詮は「三年間いられるかもしれない一年契約」に過ぎない。油断は禁物である。
 公立学校の教員採用試験は、自治体によって違いはあるものの、様々な特例選考が設けられている。常勤講師をしていれば、一次試験の全てあるいは一部を免除、という自治体が多いと思われる。ただし、多くの自治体の場合、対象となるのは公立学校の勤務経験だけである。私立学校の職歴によって何らかの免除がある自治体は、ゼロではないが、少ない。せいぜい面接で経験を話せる点が有利という程度である。
 筆者は、四校目の私立学校でも、常勤講師のまま三年目を迎えた。公立学校の教員採用試験が終わった後に雇止めを通告されても路頭に迷うので、公立を受けることにした。無論、一次試験からである。多くの私立学校では、公立学校以上に部活動が盛んである。土日祝日も部活漬けだと、こっそり公立を受けるのはなかなか大変だ。しかし、コロナ禍のため部活動が少なくなり、どうにか受けることができた。一次試験は受かったが、二次試験は不合格であった。けれども、筆者の受けた自治体では、二次試験を受け、なおかつ次年度その自治体で常勤講師をしていれば、次年度は一次試験免除で二次試験を受けることができた。といっても、公立学校の講師任用の電話が来るのは年が明けてからである。話が来るまでは一抹の不安があった。だが、無事に公立学校の常勤講師となり、次の年度、二次試験からの受験で、筆者は採用された。

三 労働契約法第一八条
 私立学校に対して、これ以上書きたいことはない。いろいろと思うことはあるが、法に則っている限り、学校法人に非はない。ただ、公立学校の採用試験については、改善が必要であるように思われる。
 佐藤氏は、前掲書の中で、平成二五(二〇一三)年に改正された労働契約法におけるいわゆる「無期転換ルール」に言及している(八五頁)。
 労働契約法第一八条は、有期労働契約の通算契約期間が五年を超える労働者は、申込みをすれば期間の定めのない労働契約(つまり無期契約)へ転換されることを定めている。無論、同法第二一条に明記されているように、この法律は公務員に適用されるものではない。だが、教員採用試験もこの法律に準拠してはどうだろう。五年間現場に立った人間が不合格で、大学生が合格というのは、不思議な現象である。「四の五の言わずに講師は受験勉強をしなさい」という声もあるだろう。だが、非常勤講師はさておき、正規教員とほぼ同じ仕事をこなす常勤講師に、教員採用試験の準備をする時間が十分にあると言えるだろうか。働き方改革は進んでいるものの、教員は簡単に定時退勤できない。変則的な仕事が突然舞い込むのがこの仕事である。土日祝日も、毎日ではないが、部活動がある。定時退勤させてくれとか、部活動を全廃してくれと言いたいのではない。消防士が消火活動中に「勤務時間外なので帰ります」と言い始めたら困る。教員もそういう仕事である。だからこそ、教員採用試験の見直しを希望する。すなわち、何年か現場経験を積んだ講師は正規採用してもよいのではないだろうか。そして、私立が長かった筆者としては、その「現場経験」の中に私立学校の経験も入れてほしいという淡い期待もある。

おわりに
 令和四年度、筆者は正規教員としてはまだピカピカの一年生である。しかし、教員生活はいつの間にか通算十四年目となり、勤務した学校は合計九校となってしまった。教え子の中には、すでに教壇に立っている人もいれば、教員を目指している大学生もいる。だが、教壇に立ってはいても非正規という人もいるし、大学生の場合は教員の世界特有の雇用の仕組みをよく知らない人もいる。自分のこれまでを振り返ると、努力不足だったという反省はもちろんあるけれども、この世界特有の採用の仕組みは何とかならないものかという思いもある。非正規教員として汗を流す人や、これから学校教育の世界に飛び込もうとしている人のために、拙稿が少しでも参考になれば幸いである。

【参考文献】
教育科学研究会「教育」二〇二二年三月号
佐藤明彦『非正規教員の研究 「使い捨てられる教師たち」の知られざる実態』(時事通信社、二〇二二)
大石眞ほか『デイリー六法 令和4年版』(三省堂、二〇二一)
原昌登『コンパクト労働法 第2版』(新世社、二〇二〇)
公益財団法人 全国労働基準関係団体連合会『改訂7版 知らなきゃトラブる! 労働関係法の要点』(二〇二一)