国を滅ぼすのは釣った魚を食べられない者たちである

亡國善哉

 

「例えばあなたが海辺で三十センチほどの魚を釣り上げたとして、それを近くの自家まで持って帰って食べようとした時にまず何をするだろうか?」

 そう質問された時、既に魚が死んでいればまず内臓を取り出し、身を下ろしたり食べやすい大きさに切ろうしたりするという人がいるかもしれない。

 確かに店で買った魚ならばそれでも構わないだろうが、しかし魚には鱗が付いており、それを落とさなければ食べにくいか食べられないものなのだ。

 店で切り身ばかりが売っているからと言って流石に切り身のまま水中を泳いでいると子供が思っているというのは誇張だろうが、釣ったばかりの魚には鱗が付いているということを忘れている人は一定数いるはずである。

 思考に現実性が欠けるというのはこうしたことであり、人は普段から関わりが薄い物事については現実性が欠けやすい。

 

 例えばどこかで電車の脱線事故が起きたからと言って国内の電車を全て運行停止にしてバスや自家用車で代替すれば良いと言う者は少ないが、原子力発電所で事故が起きれば国内の原発を全て停止して火力発電や太陽光発電で代替すれば良いと言う者はそれよりも遥かに多い。それは自分たちが使っている電気がどこから来ていて、現実的にどれほどの供給量があるかや、各々の発電方式における効率性や危険性についてまるで理解できていないからである。

 そして実際にそれを行った結果としてどうなったかと言えば、非効率かつ不安定な発電方法に片寄ったことで平時でも電気料金は高くなり、原油の輸入価格が高くなれば、国内の電気料金も高騰したことによって原発が稼働している地域とそうでない地域で電気料金に大きな格差ができてしまった。

 それは鱗を落とさずに魚を焼いて食べたら鱗が上顎に刺さったということや、電車の脱線事故が起きたので国内の電車を全て運行停止にしたら全国各地の道路で大渋滞が起きたというようなものであり、少しでも知識や想像力を持っている者からすれば起きて当然の問題であって、むしろなぜそれを想定もせずに国内の電車の運行停止などという大それたことを行ったのかと頭を抱えるだろう。

 

 家の窓を外したら雨風や鳥や泥棒が入り込んでくるようになり、床板を全て剥がしたら室内を歩けなくなり、柱を切り落としたら天井が落ちてくるということすらも分からない愚者たちに家の管理はできないように、電気や水道やガスや食料がどのように自分たちの生活に関わっており、それが供給や生産できなくなってしまえばどうなるかを想像できない者たちには国家の運営は不可能である。

 そうした衆愚こそが国を滅ぼす下手人だが、その多くは自覚を持たないまま国を滅ぼしていくものである。

 誰もが受ける学校教育で国家や公について教えず、人を正しく育てなくなったその時にその国の将来的な衰退と滅亡は決定しており、それを嘆いたり悲しんだりするのは結構だが、端から見れば非常に間の抜けた話である。国家の保守と繁栄を意図するならば、最も軽んじてはならないのは教育である。人が賢智や善良ならば国は繁栄し、蒙昧や下劣ならば衰亡する。

 国家の本質を語るに雑学は必要無く、国家とは本当にただそれだけのものである。