改題第5号(通巻第83号) 読者からの手紙

研究のススメ

 独楽のように回転している物体にある方向から力を加えたとき、そこから回転方向に90度ずれた方向にその物体が動く現象を「ジャイロ効果」という。回転している独楽がなかなか倒れないのはこのジャイロ効果があるからで、この性質を利用して自律走行できるモノレールが「ジャイロモノレール」。100年前に実在していたが今では失われた技術・理論で、その真偽すら疑われていたが、作家の森博嗣が実機を作成、その理論が正しかったことを証明した。氏の著書『ジャイロモノレール』には、ジャイロモノレールについての平易な解説、その復活までのドキュメンタリーとともに、何でもいいから「研究」してみることのススメが説かれている。著者によれば、「研究」とは「勉強」や「調査」ではない。まだ誰も知らない謎を解くことだ。不思議なことは身の回りに溢れているし、人間の数よりも多い。あなたにもきっと、解いてみたい謎があるはずだ、と鼓舞してくれる。

 仮に、人々がそれぞれ自分で取り組むべき「研究」を見つけ、余暇を活用してそれに取り組んだら、どうなるだろう? 思いもよらない発見や創造が、次々に生まれるのではないか。それは社会の生産性を上げもするし、文化的な豊穣さをももたらすだろう。そして、それらの発見や創造それ自体が、次の誰かの「研究」を生み出し、またそれが発見や創造を生む、という正のスパイラルを生むだろう。

 では、個人がこういった「研究」に取り組める社会とは、どんな社会だろう。一言で言うなら、それは「余裕のある社会」ということになろう。ここでいう「余裕」とは、一つにはもちろん経済的な余裕だが、もう一つ、文化的な余裕というものも必要だろう。他者が自分には理解できない行動を取っていたとしても、自分に耐えられない被害が及ばない限りは許容する、ということが一般的な態度であるような社会。他者に寛容で、そうであるが故に自分も他者にそれを期待できるような社会。

 二つの余裕のうち、マクロ=社会的には、まずは経済的余裕を取り戻すことが先決、ということになろう。貧すれば鈍するという言葉に象徴されているように、今の我が国を覆うこの「みっともないまでの余裕のなさ」は、端的に貧しさに起因するルサンチマンや将来不安がもたらしているように見えるからだ。そのためにはデフレ脱却が最優先であり、その処方箋は本誌編集長をはじめとする方々によってもはや証明されていると言ってよく、一読者がここで改めて繰り返す必要はあるまい。

 では。それまで文化的な余裕を取り戻すことは到底不可能なのだろうか。そうではあるまい。ミクロ=諸個人のレベルで、文化的余裕を取り戻すための小さな火を灯す試みは、このような社会状況下であってもやはり可能なのではないだろうか。

 つまり、我々一人ひとりが、森博嗣のいう「研究」に取り組めるような余裕を取り戻すために、何ができるだろうか、ということを「研究」できるのではないか、と思うのだ。

 我々は、ただ生きているだけで必ず誰かの役に立っているし、逆に誰かのお世話になっている。その意味で、誰にでも社会の一員としての「公人」の部分があるはずである。

 その「公人」の部分、つまり自分の生活における社会との関わりという文脈の中で、その社会をより暮らしやすいものにするために解くべき「謎」は何かないか、それを探してみる。見つかれば、どう解くかを考えてみる。

  一日のうちの何分か、一月のうちの何時間かをそれに割く。ある程度まとまったら、公表することを前提に、形(文章)にしてみる。「何を研究したか」をまとめられたら最上だが、「何を研究したいか」の段階であっても、きっと誰かの役に立つだろう(たとえば、その「誰か」は未来の自分や家族かもしれない)。

 それらを集めて磨いてみれば、(川端先生が述べられていた)「このような社会を築くべし」という「構想」にまで体系化することができるのではないだろうか。

 ところで、人間には「公人」の部分もあれば、当然「私人」の部分もある。私人としての研究として、自分の人生で追求してみたい何ものかを探し、取り組むこと。「公人」としての研究が「研究に取り組むための研究」なのだとすれば、私人としての研究は、まさにそれによって可能にならしめんとする「研究」の方である。

 恐らく人によって千差万別であろう。「何をやってみたいか」を集めてみるだけでも、読む人の内に眠っている活力が目覚め、湧き出てくるような物語集になるのではないか。かつてアメリカの作家ポール・オースターが、国民一人ひとりの物語を集めた『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』のように。

投稿者 : 

  • 佐々木雅彦(39歳、大阪府在住、兵庫県職員)

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