本メールマガジンの読者の方から以前、シリア情勢に関する質問がありました。「マスコミでは化学兵器による非人道的な攻撃をアサド政府軍が行っていると報道していますが、これまで数々の化学兵器による攻撃のなかで、政府軍のものとは断定できないものがほとんどで(OPCW調べで)逆に反政府軍による化学兵器攻撃は4件?確認されているとききます」「アメリカ側(軍産、タカ派等)が支援する反政府側の自作自演の、アメリカお得意の濡れ衣スペシャルローリングサンダーではないかとも考えれるのでは」との疑問をお持ちであるとのことです。
米英仏軍が空爆を行うに至った、今年4月の「シリア軍(政府軍=アサド政権)による化学兵器を使用して反体制派支配地域を攻撃したのでは」という疑惑については、現在化学兵器禁止機関(OPCW) が調査中ですので、事実関係がどうであるかについて予想をするのはあまり意味がないように思います。ただいずれにしても、国際的に十分な合意がない段階で空爆を行なったことに、強い正統性があるとは言えないだろうと私は思います。
また、これまで明らかになっているところでは、2011年にシリア内戦に突入して以降、アサド政権軍・反政府軍・イスラム国のいずれにも化学兵器使用の形跡があるとされていますし、アメリカが支援してきた反体制派というのも「民主化のヒーロー」というには程遠く、イスラム過激派も混じっていたりして非常に複雑です(青山弘之氏の『シリア情勢』に、多数の勢力がさまざまな利害に基づいて合従連衡を繰り返してきた様子がまとめられています)。なので、一方的にアサド政権のみに「悪」のレッテルを貼るわけにはいかないとも思います。しかもアサド大統領は、民主化デモへの対応は暴力的でしたが、元来は開明的な政策も採ってきた指導者で、父アサドの代も含めて国家の運営が比較的安定しており、だからこそ「アラブの春」のような反乱がシリアでは成功しなかったとも言えるでしょう。
ところで、「アメリカお得意の濡れ衣スペシャルローリングサンダー」かどうかはともかく、アメリカはもはや覇権主義的な意志を持って介入しているわけではなく、その能力もないと捉えておくことが重要かと思います。アサド政権はもともと反米・反イスラエルですから、反体制組織を支援することであわよくば政権を転覆できるのでは、と当初は考えたのかも知れませんが、その取組は全く成功せずむしろ混乱を招いただけでした。その結果ロシアが、アサド政権を支える形でイスラム国や反政府軍を制圧し、強い影響力を確保するに至っています。今後アメリカは中東に対して、イスラエルやサウジアラビアの地位を維持するために多少の介入でバランスを取るぐらいで、それ以上のことはしないしできないのではないでしょうか(今回の空爆もその程度の意味しかないかもしれません)。
イラク戦争などはアメリカの侵略性が際立っていてある意味ハッキリしていましたが、シリアに関してはアメリカもヨーロッパも「アラブの春」に安易に反応し、曖昧な見通しで介入を始め、どうして良いか分からなくなった(特に欧州は難民問題も抱えています)というのが大まかな現状ではないでしょうか。その一方でロシアは、欧米の介入を一貫して「主権侵害」として非難するとともに、堂々とアサド政権側について、反体制派やイスラム国に対する大規模な空爆を行いました。それが中東にとって良いことであるか俄には判断できないものの、方針は明確かつパワフルです。
シリアという国ではアラブ人が、北のトルコ人、南西のユダヤ人(イスラエル)、東のクルド人に囲まれたような民族配置になっていて、地政学的状況が極めて複雑であろうことは専門家でない私にも容易に想像できます。ロシアに支えられたアサド政権と同様、かつてエジプトやイラクに「抑圧的な親米政権」が存在していたように、自由民主主義的な「正義」を捨てて割り切るのでない限り中東への介入は難しいのでしょう。しかし正義を捨てるわけにもいかないから手詰まりを迎えている、というのが欧米の直面する大きな課題なのだと思います。
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