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【柴山桂太】W杯スーパースターの脱税事件

From 柴山桂太(京都大学大学院准教授) 

サッカーのW杯で日本は敗退しましたが、世界的なお祭り騒ぎはまだ続いています。久しぶりに勝ち進んでいるイングランドは大変な盛り上がりのようで、衛星放送のニュースを見ていると、広場に集まった観客がビールや水をかけあって大騒ぎしている光景が流れていました。

一方、敗退が決まったブラジルの国民は大変な嘆きようで、怒った若者がユニフォームを土に埋めたりしていました。日本でも勝った、負けたで大騒ぎする光景がニュースに映し出されるようになりましたが、サッカー熱の高い国に比べると、日本人などまだおとなしい方なのでしょう。

この盛り上がりに、ある意味では「水を差す」記事が、ニューヨークタイムズの電子版に出ていました(記事へのリンク)。サッカーのスーパースターの脱税騒動を素材に、グローバル化の暗部を指摘する内容です。

今大会でも活躍したクリスチアーノ・ロナウドは現在、スペインの税当局から脱税の嫌疑をかけられています。2011年から2014年の間に、本来納めるべき1470万ユーロ分の肖像権収入を租税回避地(タックス・ヘイブン)に隠した廉で、検察の厳しい追求を受けているのです。

著者(この記事を書いたガブリエル・ズックマンは租税回避問題の専門家として知られる経済学者です)によると、1470万ユーロは小学校の先生800人分の給料や、1000人の乳がん患者を治療できるほどの額とのこと。ロナウドだけではありません。他のスーパースター、例えばリオネル・メッシも同様の脱税容疑で有罪判決を受け、懲役21ヶ月を言い渡されています。(罰金を払って収監は回避されました。)

どちらのケースも、肖像権収入を所得から切り離し、租税回避地の会社の収入にする手口が問題視されました。

世界中の子供達があこがれるスーパースターがなぜ、脱税などという不名誉な行為に手を染めたのか。著者は、彼らが悪い人間だったからではなく、グローバルな節税業者(global tax evasion industry)にそそのかされたからだろうと推測しています。

パナマ文書やパラダイス文書が明らかにしたように、超富裕層を相手に節税手段を提供する業者は無数にあります。ペーパーカンパニーの設置や、オフショアの銀行口座の解説、隠れ蓑になる財団などを提供して、資産を実質的な所有者から切り離してしまう。

こうしたサービスを提供する業者の存在そのものは合法ですが、租税回避のみを唯一の目的としてペーパーカンパニーを利用するのは違法になります。今回のケースでは、税当局を欺く目的でペーパーカンパニーを設立したと判断されたわけです。

これは現代のグローバル経済が抱える最大の問題の一つです。ロナウドの肖像権は、それを利用するナイキ社などにとてつもないカネをもたらす一大資産です(推計では資産価値は10億ドル以上)。これだけのカネを生む資産を税当局の目から隠すことは、法律的にも道義的にも正当化できません。

この仕組みを是正するには何が必要か。違法行為を行った節税業者に厳しい罰則を科すのは言うまでもないとして、それ以上に著者は、超富裕層にきちんと課税することを求めています。よく、富裕層増税は経済を痛めると言われるが、肖像権収入に課税してもロナウドのパフォーマンスは全く下がらないだろうというわけです。

超富裕層の税逃れは、もちろんサッカー選手だけに見られるものではありません。グローバル経済の全体で起きている現象です。超富裕層への富の集中は、税構造のこうした歪みによっても助長されています。これから世界的にポピュリズムのうねりが高まる中で、ここは確実に狙い撃ちにされていくことになるでしょう。

スポーツの世界は、上と下の収入差が桁違いに大きい分野です。そのこと自体は誰も反対しない。ロナウドやメッシが、何十億円もの所得を得ることは(それで所属チームの経営が成り立つなら)とやかく言われる話ではないように思います。今回のW杯で活躍した選手も、これから世界中の子供達の人気者になって、莫大な肖像権収入を得ることになるでしょう。

しかしそのことと、グローバル経済の「隙間」を利用して税逃れをすることはまったく別問題です。今回の脱税事件で、スポーツ選手の税逃れにはこれから厳しい目が注がれることになるでしょう。さらに大事なのは、そうした税逃れを助長するグローバル経済の「隙間」を、各国で埋めていくことであるように思えます。

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