【特別座談会】ポリコレを棒にして叩く人々を恐れるのが文学・思想なのか

啓文社(編集用)

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ポリコレ,コロナ,自粛

今回は『表現者クライテリオン』2021年5月号の掲載されている特別座談会を特別に一部公開いたします。

公開するのは、前回に引き続き、「コロナ疲れの正体 暴走するポリコレ」特集に掲載の座談会です。

メンバーは東浩紀先生・辻田真佐憲先生・本誌編集の藤井聡・浜崎洋介の4人です。

興味がありましたら、ぜひ『表現者クライテリオン』2021年5月号を手に取ってみてください。

表現者クライテリオン,コロナ,ポリコレ

以下内容です。

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ポリコレを「棒」にして叩く人々、それを恐れて委縮する文学

浜崎洋介(以下浜崎)▼

(中略)数年前に町田の総合高校か何かで、生徒が教師を呼びつけて、「お前の小さい頭で考えてみろよ、アッ」とか言いながら挑発して、それで煽られた教師が、ブチ切れて生徒を殴ったという事件がありましたよね。
でもね、これはプラグマティックに言えば、「殴るのもアリ」だと僕は思いますよ。少なくとも、そこで引き下がれば教師と生徒との関係は終わり、警察を呼ぶ方が早いという話になりかねない(笑)。

藤井聡(以下藤井)▼

そこはええやないかと(笑)。

浜崎▼そうですね。でも、それで、どうなったかというと、結局、いつもの如く殴った教師が悪いということになって、校長が出てきて謝ったんですが、後から、あれは生徒側が教師を嵌めて、その体罰風景をスマホで撮って拡散し、教師を辞めさせようとしていたのではないかという疑惑が出て来てしまった。

しかしそうなると、ますます、この悪ガキは誰が教育するんだという話になりかねない。いや、だからこそ、こういう高校生には、心の底から「お前、ふざけるな」と言って譲らない大人が必要なんですよ。しかし、それを「体罰厳禁」の一言で封じてしまえば、そこに人間の「真心」が現れる余地はなくなってしまう。

 ちなみに、東さんはよくご存知だと思いますが、例えば文芸誌を出している大手出版社などは、完全に「ポリコレ棒」を恐れていますよ、怯えていますよ。でも、かつての文学、批評というのは、こういう人間の「真心」に触れるためにこそあったわけでしょう。安吾にしても、吉本にしても、中上にしても、みんな「ポリコレ批判」を書き連ねていますからね。

それが今や、文学者の方が「ポリコレ合唱団」ですから。その不自由感たるや、って怒っている文学者、批評家がいないってこと自体が、もう文学が終わっている証拠ですが(笑)。

藤井▼その意味じゃ、文芸批評家なり、文学者なり、言論人なりが、「コロナ」という共通試験問題を解いて試されたわけですね。

浜崎▼今で言えば、そうなりますよね。

藤井▼そういう意味では、単純なコロナ脳になっていろんな人がリベラルでも保守でも「試験に落ちはった人が一杯いはった」っていうことなんですね(笑)。

徹底自粛派はめちゃくちゃ悪いやつら

藤井▼でも一応言っておくと、「コロナなんて何にも怖くないやんけ!」と言っているのも完全アウトだと思う。

例えば僕は「自粛派」ではないけれど、しばしば誤解されますが「アンチ自粛派」でもない。常に是々非々で自粛すべきはすべきで、すべきでないものはすべきでない、と。メリット、デメリットをその場、その場において判断しようじゃないかと主張している。
それを分かりやすく「半自粛」と言っていて、「反自粛」ではないんですよ。それが自粛派からは「アンチ自粛派」に見られるし反自粛派からは時に「自粛派」と見られもしますから、結果的に仲間は極端に少なくはなりますが、それは仕方がない。

 さらに言うと、そんな是々非々の最適値なんて現実的に実現が難しいけど、それを目指すという姿勢を貫くことで状況が「改善」していくことになる。つまり、答えがないことが答えだと開き直りつつ、「改善」を志し続ける、というのが、プラグマティズムだと思います。

浜崎▼ほんとにそうですね。でもコロナ自粛は、そういう「TPOに応じて、振る舞いや言葉を出し入れすることを学ぶ」という機会自体をすべて奪っているんですね。

藤井▼そう、だから「徹底自粛派」っていうのは相当「悪」なんですよ。めちゃくちゃ悪いやつらです。

徹底自粛の皺寄せは学生に来ている

東浩紀(以下東)▼

この一年間、テレワークとオンライン推進によって、多くの人々は日常的にZoom とかSlack とかで業務をやっているし、新入社員が一年間ほとんど出社しないで誰にも会わないまま過ごしたりしている。そこではいま浜崎さんがおっしゃったような、TPOで行動する知恵を学ぶチャンスは確かに失われたでしょうね。

浜崎▼まさにそうで、先ほども東さんがおっしゃったように、その皺寄せが来ているのが学生ですよ。議論のTPOを一番学ばねばならない時に、何も学んでないわけだから。

辻田真佐憲(以下辻田)▼

大学教員の側でも弊害は大きいでしょう。先日、Zoomであるアカデズム系の研究会に久しぶりに参加したんですが、やはり最初の段階では、みな厳しい質問も来るのでそれぞれ緊張している。ところが、三時間、四時間やっていると疲れてきてだんだんと大雑把なことを言い始めるんですよ。
とはいえ、それがあって初めて分野横断的な、豊かなコミュニケーションが発生するんですよね。

 本来なら、そこからさらに打ち上げに行って、ようやく本当に面白い議論ができるはずなんです。自分たちの防衛線を解いて、専門分野をまたいで交流して、もっと広い知を考えられる。でも今はもう、時間が来ると「はい、終わりです」と言われてしまう。せっかく面白く転がりそうだった話がバサッと切られちゃうんですね。

 最初の一、二時間は確かに勉強にはなるけれど、それは論文でも読めばいいわけです。会の向こう側にあった、終わった後の飲み会の価値は完全に無視されている。それは、学会以外にもあらゆるところに当てはまると思いますね。

(中略)

藤井▼社交というものがなくなることによるダメージは、全人類的なもので、全国民、全国家が受けていると思いますけど、その被害のダメージは日本において特に大きいと思います。いろんな….(続く)

(『表現者クライテリオン』2021年5月号より)

 

 

続きは表現者クライテリオン』2021年5月号にて!

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『表現者クライテリオン』2021年5月号
「コロナ疲れの正体 暴走するポリコレ」
 https://the-criterion.jp/backnumber/96_202105/

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コメント

  1. 熱く激しく時にクールに生きようぜ より:

    言論人としては立場上、半自粛と言うでしょうね。

    しかし、私はこう考えます。

    真夏にマスクなど出来ないものはできませんし、デスクワーク、半導体工場のクリーンルームなどでマスクしてるのとは違います。またマスク会食とは一口食べることにマスクですか?そんなことやってる人を見たことがありません。家族で外食に行きアクリル板越しはいただけませんし、役所など公的機関のビニールシートにマスクだと役人の声が聞こえません。

    さらに新しい生活様式など私は今更受け入れられないですし、過剰な感染対策の飲食店などには私は行きませんので、そういった飲食店が潰れるならどうぞご勝手に。と思っております。補償には否定的ではなく感染対策が嫌な人もいて、そういう人は過剰な感染対策の店には行かないと言いたいのです。

    私はコロナは風邪だと思ってるので風邪ではないとは決して思えません。思えないものについて、半自粛だ、なんて言うつもりも到底ありません。

    この馬鹿騒ぎに限りませんが、平成日本で経済苦による自殺、家庭不和はやりようによって防げたはずですが日本人は防いで来ませんでした。経済苦に対してコロナ死は自然淘汰だと思っています。空から隕石が降って来たり、大地震が起きたりする自然淘汰は「あること」なのである程度は仕方のないことです。

    なので私は反自粛を貫き通します。

    恐らく、自粛と補償をすれば元の世界に戻ると思っている人々がいるでしょうが、一度壊されたものはなかなか元には戻りませんし、供給力を考えると例えお金を貰っても永遠に自粛など出来ません。ゼロコロナなど有り得ません。

    政府も他人も企業もあてにならないと、私は成人してから今日までの日々で学んだので、決して自分がそう思わないことに首を縦に振りません。

    毎回、政治や世論は何かあると騒いで来て、その度に余計なことをして日本を壊しただけの結果になっています。

    その犠牲者が年間自殺者3万人、2万人であると思います。年間不審死も含めると相当な人数の同胞を度重なる馬鹿騒ぎで何年間も殺し続けています。馬鹿騒ぎするのはいいですが、セーフティネットを作るなり何か手当しろよと言いたいのですが、日本人は直ぐに忘れて無かったことになり、毎回何も改善されることはありません。

    日本は何かやったらやりっ放し、言ったら言いっ放しのそればっかり。だから日本経済は低迷し国力は衰退し続けると思ってます。今だって自粛派から聞こえて来るのは主に「自粛しろ」「封じ込め」だけですから、国力や経済の観点など一切ありません。取り敢えず目の前の地球より重い自分の命だけを考えてますよね。

    後々また何も手当や改善もしないのですから、自粛などしない方がよくて、私は反対方向に思い切り引っ張りバランスを取るべきといつも考えてます。

    またバランスで考えると、人生100年時代などと馬鹿が2013年春には言ってましたが、行き過ぎた高齢化社会はいかがなものか?とも思い、感情を抜きに考えると高齢者は早目に亡くなってくれた方がいいと思えます。経済にしても肉体にしても自然治癒力があります。西洋医学で心臓さえ動いていれば良いというような感覚には私は反対でして、高齢化などでの免疫力低下による死は、肉体の自然治癒力が無くなったから死んだ、と考えれば良いのではないのでしょうか。

    一方、経済苦による死や機会喪失は単なる肉体の老化による死とは異なると私は思います。経済苦による家庭不和や失業を原因とした自死によって死ねない人々は、運が良いのか悪いのか分かりませんが、生活保護受給者になるかと思いますが、なかなかそこから抜け出すのは難しいと思います。ですので今の制度の生活保護には、なるべくなら人々をそこへ堕としてはならないと思います。

    何もかも日本はめちゃくちゃですが、めちゃくちゃなクセに何か背中がむず痒くなる様なことがマスメディアなどから時折伝わって来ます。

    というのも世論を気にしたり、良かった頃の日本や日本人のイメージで日本国や日本人を語る、或いは日本人を信じると言ってみて協力だのを煽る人々がいますが、私は「何を都合の良い時だけお花畑が言っとるんだ」としか思いません。

    平成から日本は悪くなる一方なので、たぶん今の日本人はろくでもない人々の集まりなんですから、政治は当面の間は余計なことは一切しない方がいいのだと思います。

    恐らく昭和なら爺さんなどが「ゴチャゴチャうるせーよ、コロナか何か知らんがなんともないわい、こんなもん」と言って殴られて無理矢理に学校や職場に行かされたと思います。

    そう言ってた爺さんが学校から帰ると肺炎で死んでしまってた。みたいなそれで良いと思います。

  2. 大和魂 より:

    先ほど、やっとの思いで表現者クライテリオンを購入できまして、これからなるべく先入観を排して素直にじっくりと読む予定です。

    そして実際に読む前の感覚として、今回のクライテリオンの試みは、西部ゼミナールで言うところの鳩山由紀夫や大門実紀史の回に相当するような画期的な取り組みと、この先の社会の楔にでもなればと捉えているところです。

    最後になりますが、藤井編集長始め表現者クライテリオンに携わる皆様のご活躍を心より祈念いたして結びといたします。

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