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【書評】『デヴィッド・ボウイ 無を歌った男』ー田中孝太郎

From 田中孝太郎 

田中 純 著 『デヴィッド・ボウイ 無を歌った男』 岩波書店/2021年2月刊 の書評です。

書評者:田中孝太郎

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この書評は『表現者クライテリオン』2021年7月号に掲載されています。

表現者クライテリオン』では、毎号、様々な特集や連載を掲載しています。

ご興味ありましたら、ぜひ本誌を手に取ってみてください。

以下内容です。

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デヴィッド・ボウイは「変化」の代名詞のような人物である。

「無」(Nothing)の概念

音楽性もファッションも目まぐるしく変わり、一つのスタイルを堅持することはなかった。だが、ボウイには、キャリアを通じて変わらぬモチーフがあった。「無」(Nothing)の概念である。

本書は「無」という概念を軸に、ボウイの作品と思想を解き明かす重厚な作家論である。

 ボウイの楽曲には、「無」(Nothing)という語が頻出する。「無」は一見空虛な語であるが、ボウイは積極的に選び取っている。

There is nothingI can do“という歌詞には、「僕にできることは何もない」と同時に「無が存在する、それが僕にできることだ」という意味も宿る。

ボウイは、無を実在として捉えているのである。これを著者は「無のパラドックス」と呼ぶ。

無による価値の創造は、「あらゆる価値を平準化してしまう受動的ニヒリズム」に対抗する力を持つ。いわば「能動的ニヒリズム」である。

 ボウイの楽曲には、「わらべ歌」の要素もある。歌詞や旋律に明快なパターンの反復があり、聴き手は子守唄のような懐かしさを感じる。加工した声による小鬼のようなコーラスや、メルヘンチックなサウンドも、わらべ歌的世界を演出している。

だが、その世界は悲劇的である。宇宙飛行士は孤独に宇宙をさまよい、地球の寿命はあと五年で尽きるというニュースが流れ、恋人たちの頭上を銃弾が飛び交う。

 ボウイは時折、外国語や呪文のような言葉、隠語などを楽曲に忍び込ませる。吃音のように単語の一音目を反復したり、[s]のような歯擦音を強調したりもする。

こうした手法は聴き手に違和感を与え、言葉の意味を捉えにくくさせる。了解困難な発音・発話は、言語を習得する以前の幼児の世界へと聴き手を誘う。

このとき歌は、「言葉」ではなく「音のイメージ」となる。わらべ歌に親しんでいた時代をさらに遡るのである。

ボウイが完成させた、晩年(レイト)のスタイル

 不穏なわらべ歌や音のイメージによって、ボウイは何を表現したのか。それは「生と死の移行・通過(パサージュ)」である。

「いまだ生まれきっていない」幼児の世界と、
「いまだ死にきっていない」亡霊の世界をボウイは行き来する。

ロックの全盛期からやや遅れてデビューした彼にとって、死は「ロック・スターの没落」と重なる切実な問題であり続けた。精神を病み自殺した異父兄の存在も、作風に影響を与えた。

 老いと病に直面した晩年のボウイは、死というテーマを極限まで深化させる。ここに、単なる円熟ではない、翳りの底で輝きを放つ「晩年(レイト)のスタイル」が完成する。

「無のパラドックス」を駆使したボウイは、生と死、有と無を媒介するシャーマンであった。

 私が初期のボウイの作品のみならず、後期から晩年にかけての作品にも魅せられた理由はここにあったのかと、心の底から納得した。

 ところで、ボウイが生きていたら、コロナウイルスに翻弄され、ディストピアの気配すら漂う現代社会に向けて、どんなわらべ歌を歌っただろうか。

(『表現者クライテリオン』2021年7月号より)

 

 

他の連載などは表現者クライテリオン』2021年7月号にて

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