野口 剛夫 著 『ベートーヴェンは怒っている! 闘う音楽家の言葉』 アルファベータブックス/2020年12月刊 の書評です。
書評者:加藤真人
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この書評は『表現者クライテリオン』2021年7月号に掲載されています。
『表現者クライテリオン』では、毎号、様々な特集や連載を掲載しています。
ご興味ありましたら、ぜひ本誌を手に取ってみてください。
以下内容です。
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ベートーヴェンは、難聴でありながら《運命》や《第九》など誰もが知る名曲をいくつも残し、後世の音楽界に多大な影響を与えた、音楽史上もっとも重要な作曲家の一人である。
二〇二〇年はベートーヴェンの生誕二百五十年であり、これを記念し日本でも彼の作品を取り扱った演奏会が数多く開催予定だった。
しかし同時期に拡大した新型コロナウイルスの影響もあり、残念ながらそのほとんどが中止に追い込まれた。
本書では、そんなベートーヴェンが残した手記・日記・メモの言葉を道標に彼の人生や音楽、求めていた世界を辿っていく。
彼の言葉の端々からは、音楽への常人離れした情熱がひしひしと伝わってくる。
自分の作品や演奏に決して満足することなく、真の芸術を音楽の中で実現しようと生涯もがき続けた。
たとえ世間から高い評価を受けようとそんなことには一切関心を寄せず、演奏にミスがあれば公演中でも容赦なく奏者を叱責した。
また彼は、富や名声を得るために大衆迎合的な作品ばかりを書く作曲家に対しても激しく非難しており、自分は俗情に左右されるのでなく真に理想的な音楽・芸術を追い求め生きているのだ、という強い自負が見受けられる。
俺は大衆のために書くのではない
――教養ある人のために書くのだ!(六一頁)
このような彼の人生観は、この一文に端的に表れているように思う。
そんな、周囲からすれば過剰なまでの音楽への情熱をもったベートーヴェンだったが、彼自身も常に生活の困窮に喘いでおり、金を得るために仕方なく作品を書くこともしばしばあったという。
その意味で、彼は決して聖者ではなかった。しかしその中でも崇高な音楽への理想は全く失われておらず、むしろそのたびにその思いを強くしているように思われる。
本書の最後には、コロナ禍において音楽界までもが自粛ムードに飲まれ、演奏会中止を甘んじて受け入れる音楽関係者に対する野口氏の批判が述べられている。
著名な音楽家や団体までもが
「苦しい状況の中、演奏会が出来るだけでもありがたい」
「おうち時間でも、リモートで出来ることもある」
「音楽の力で、今こそみんなに元気を」
などと言って無観客演奏会のオンライン配信やリモート合奏など行っている。
しかし音楽は精神の糧であり、今この瞬間に全てを賭け燃焼する生の演奏活動にこそ音楽の真の価値は宿る。
コロナ禍ですっかり弱腰になってしまった音楽家に、その価値を体現できるとはとても思えない。野口氏はこのように現状への憤りを露わにし、自身も対面での演奏会を開くなど抵抗を続けているという。
理想の音楽への情熱を失ってしまった現在の音楽家・演奏家たちの体たらくをベートーヴェンが知ったら、きっと怒りのあまり墓の下から蘇ってくるに違いない。
(『表現者クライテリオン』2021年7月号より)
他の連載などは『表現者クライテリオン』2021年7月号にて
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