門馬 直美 著 『ベートーヴェン 巨匠への道』 講談社/2020年8月刊 の書評です。
書評者:佐藤慶治
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この書評は『表現者クライテリオン』2021年1月号に掲載されています。
以下内容です。
本年は、「楽聖」ベートーヴェンの生誕二百五十周年であり(誕生日は本誌の発売日でもある十二月十六日)、ベートーヴェン関連著書が、新刊・復刊ともに複数、刊行されている。
本書もそのような中の一つであり、二〇〇一年に亡くなられた音楽評論家の門馬氏が、一九八七年に出版した研究エッセイ集のリバイバルである。
ベートーヴェンの伝記的著作は世に数多いが、本書は計二〇話よりなる一話完結型のエッセイ集の形をとる。ベートーヴェンの生涯を追ってはいるが、「『ベートーヴェンに関することども』といった内容をもち、ベートーヴェンの人間性とその音楽を多角的にとらえてみようという意図」で書かれており、「英雄交響曲の謎」や「ベートーヴェンと宗教」等、個別の主題が深く掘り下げられる。
全二〇話の中で、特に本誌テーゼとつながるのが、「『歓喜』の背景─日本人とベートーヴェン」であろう。
門馬氏も指摘するように、ベートーヴェンはモーツァルトと並んで最も日本人に親しまれているクラシック作曲家の一人である。その理由として、エッセイでは「短調で自分の心情を吐露するというロマン的傾向」が第一に挙げられる。
ベートーヴェンは、主に貴族制から共和制・民主制への移行期にヴィーンで活動したが、当時のヴィーンにおける喜劇的イタリア・オペラの流行には同調せず、その音楽が「しかめつらしくて、きびしすぎ、ものものしいとして敬遠されても」よほどのとき以外には、自分の信念を貫いた。
そしてそこに短調で、自らの「苦悩を通じての歓喜」や「闘争を通じての勝利」を盛り込んだのである(これは有名な交響曲第九番が好例であろう)。
日本人は、歌謡曲や伝統邦楽の例にみられるように、従来、短調的な音楽を好む傾向があり、また、現実を直視するよりもそこにロマンを求め、彼岸の思想のように「苦悩を通じての歓喜」に大いに共感する。
更に、天才であるはずのベートーヴェンが、いかにも人並み以上の苦労をして曲を作り上げたというエピソードは有名だが(難聴になりながらの作曲や、また直筆楽譜の推敲の痕跡は他の作曲家の比ではない)、これも一つの「道」を極めるという、いかにも日本人好みの側面と言えよう。
だからこそ日本においてベートーヴェンは、敬意をもって「楽聖」と呼ばれるのである。
またベートーヴェンは、音楽を、一部の特権階級だけのものではなく、庶民のために解放した一人でもある。
これに関するベートーヴェンの思想は、日本の年末の恒例となっている交響曲第九番の歌詞、
「時流が強く切り離したものを再び結び合わせすべての人々は兄弟となる」
からも読み取れる。
この思想については、グローバル化の推進によって格差社会化が進む現代日本においても、再び見直したいものと言えるだろう。
本来、今年は様々な関連コンサート等が行われていたはずだが、残念ながらコロナ禍によってキャンセルが相次いでいる。
本書は、ベートーヴェンが人生においてどのような苦悩・闘争を持ち、曲を作ってきたかを深く読み解くものであり、「楽聖」に興味をお持ちの方に広く読んで頂きたい。
(『表現者クライテリオン』2021年1月号より)
他の連載は『表現者クライテリオン』2021年1月号にて
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